004
―アグノシア帝国 帝都エクスフィリス
蒼天月 19の日
「よう、遅かったな」
「あれ、ジーク?」
未だに踏み入るには若干躊躇を覚える、『故郷』とでも言うべきアグノシア帝都エクスフィリス。
レティシアの呼び出しに応じて、盟約市アル=ニグロス経由で降り立った俺を迎えたのは、赤髪の友人だった。
「レティシアのお使い?」
「違えよ、最近お前が女の子の尻追っかけ回してばっかであんま話してなかったからな。お上りさんのお迎えついでに」
「誰が女の子をおっかけまわしてばっかりなのさ……」
むしろ追っかけ回されてたというか、あれ、これもしかしてモテ期って奴ですかね? 踏んだり詰られたりするのをモテ期とは言いませんね、知ってました。
肩をすくめて、歩き出す。そうすると、辺りからの注目をそれとなく集めている気がした。戦場では別として、目立つのは苦手だ。ほら、中の人がぼっちの性で、なんか変なところを見咎められているんじゃないかという気がしてですね……生きててすみません。
伏し目がちにあたりを覗う挙動不審な俺にジークは肩をすくめた。
「視線は居心地悪いか? あれだけ戦場では悪目立ちするっつーのに」
「戦場とはやっぱり別だよ……なんだろうね、みんな」
「ま、悪名高き煽り屋とラウンドテーブルの幹部が一緒に歩いていればそれなりに注目集めるだろ」
そう言われてみれば、今までもジークとは良く戦場を供にしていたけれど、集合場所はいつだってシルファリオンだった。
前線都市であるシルファリオンと、レギオン城を抱く帝都エクスフィリスでは、住む人が異なる。エクスフィリスには、やはり国家間戦争に本気で取り組む大手レギオン所属の人が多く、それ故に、色々な事柄に敏感なんだろう。
首筋がちりちりする。あまり良い感情を抱かれていないという感覚は、どうやら間違ってはいないようだった。
――ねえ、なんなの、ユキって人。ろくなプレイもしない癖に、ジークさんと仲良くしちゃって……。
――どうせネカマだよ、気持ち悪い。
……なんだか凄く的外れな敵意も投げかけられて居た。いや、世間一般的にはネカマには間違いないんですけど、ネカマプレイしてるわけでもないし、気持ち悪いって言われるとちょっと傷つくんだぞ。
ジト目で見上げたジークが、後頭部をかきやる。
「いや、なんだろうなぁ……。戦場で助けたりすると、懐いてくる子が多くてさぁ」
「へえへえ。良いですねー、好青年さんは、どこでもモテテ」
ジークの見た目は、俺とは別の意味で現実とはかけ離れていて、筋骨隆々の体に逆立った赤毛の、どちらかと言えば蛮族の戦士という感じだったが、それでもモテるものはモテるようだ。やはり大事なのは内面と言うことなんだろうか。
……ですよね。戦場で煽りまくる嫌な奴と、守ってくれる騎士様じゃ、そりゃ、ね。
「ひがむなよ、お前には居るだろ、踏んでくれる可愛い女の子がさ」
「何か違うと思わない?」
「まぁ俺は踏まれるのはご免というだけだな」
「私だってご免だよ」
ぷくっとむくれて見せると、ジークに微妙な顔をされた。失礼だよね、ユキさんこんなに可愛いのに。
なんだかいらっとするので、嫌がらせにジークといちゃつくふりでもしてやろうかと一瞬思ったけれど、すぐさま頭をふってその考えを追い払った。
女の子キャラをやってるのは自キャラが可愛いからであって、いちゃつくなら女の子以外はご免なのである。男に言い寄られたこともないわけじゃないけど、次に戦場で見かけた時に八つ裂きにしておいたのは良い思い出です。
中央広場を離れれば流石に注目を向けてくる人も少なくなり、俺は安堵のため息をつく。
「あー、なんか肩こるなぁ。エクスフィリスって昔からこんなだったっけ」
肩を回してみせる俺に、ジークは鼻を鳴らして、それから少しだけ真面目な目をした。
「昔はお前がそんな睨まれるようなことしてなかったからだろ」
「……そうだったかな。でも昔のことなんてそんな思い出せないや」
嘘だ。ジークの突っ込みはいつだって直截で的確だった。
あの頃は人の視線なんて気にすることは無かったような気がする。一緒に遊ぶレギオンの仲間が全部だったから……回りのことなんて気にならなかったのだ。
回りの……世界の視線を知って、さて、それは成長したと言っていいのやら。
「まぁ、今は特にぴりぴりしてるってのはあるかもな……クロバールと全面戦争だぜ? ただでさえ普段から負けが込んでるってのに」
「みんなやっぱり戦いたくないものなかな。強い相手とはさ」
「どうだろうな。俺も、あんま一方的にやられる戦いばっかだと気が滅入るのはあるけどな。まぁ、負ける戦いよりは勝てる戦いのが良いってのが、世の大勢だろうよ」
「まぁ、ね」
「それに、自分の好む好まぬに関わらずメンバーのやる気にも気を遣わないとならないからなぁ。お前レギオンマスターやってる時はそういうこと気を遣わなかった?」
「私はほら、負けなかったから」
そんなことを嘯く。そして負けた途端にレギオン解散と相成ったのだから、自分でも笑えない冗談だと思う。
「……まぁ、負けないために今回の会議があるわけなんだけどな……一筋縄じゃ行かなそうだぜ」
ジークも自虐込みの発言だというのは解ったんだろう。
深く突っ込むことなく、道の先にある建物を見上げた。
先日訪れたラウンドテーブルのレギオン城とは逆方向、帝城を取り巻く、白亜の壁の城塞。
プレイヤー向けの会議室の中でも最大を誇る中央議事堂で、今日の会議は予定されていた。
アグノシアの主要レギオンによる、対クロバール戦争の作戦会議。
クロバールのシステムを真似てなのか、アグノシアでもレギオンの連絡会が設けられるようになったのは、俺がマスターをやめてからしばらく立ってからのことらしい。クロバールのように、レギオン城の主たるレギオンだけでなく、中堅のレギオンマスターまで交えて、というのがアグノシアらしいところなのか。効率性でいったら、人が増えるほど意志決定は鈍重になる。クロバールのやり方の方がよほど、システムとしては効率的なのだろうけど。
「どんな感じ? 連絡会って」
俺の質問に、ジークは後頭部をぼりぼりとかきやって、ため息をついた。
「めんどくせえよ」
「まぁ、ジークそういうの苦手そうだしね」
「ああ、ほとんどレティシアに任せっきりだ」
幅の広い肩をすくめてみせるジーク。その言葉に偽りはないのだろう。最初に出てきた面倒くさい、という言葉も含めて。
レティシアのメッセージには、こう書かれていた。
――私の言葉の意味は、今日の会議できっと、わかるんじゃないかな。
正義と戦う……。
なんだよ正義と戦う会議って。
レティシアの発言は相変わらず思わせぶりで……だけど、きっと意味のあることを言っているのだろう。
いつものことだった。昔から。
見上げた、白亜の城壁にぽっかりと空いた神殿のような門。
そのきざはしに立つ、白銀の髪の旧友に向かって、俺は手を上げて見せた。