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003

 正義っていうのは何だろう。


――正義とは、倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正ないし衡平にもとづく道徳的な正しさに関する概念である。


 ……なるほどわからん。どうしてこう辞書とかってわざわざ理解しにくい書き方するんだろうね。


 辞書に頼らずとも委員長殿の言った言葉の意味を考えてはみたが、結局難しく考えれば考えるほど、思考の深みへとはまってしまった。

 

 正義っていうのは何だろう。

 

 普通に考えるなら、それは良い意味を持つ言葉だ。

 正義の味方。

 高校生にもなれば大体斜に構えて、何だよそれださいぐらいの感想を呟きそうなものだが、そんなことを言う誰だって、小さい頃には憧れる。強くて、格好良くて、みんなを守ってくれるヒーロー。


 俺だって……憧れていた。銀剣を始めた頃は、そんな風になりたいと思っていた。

 現実では叶わない物語の主人公に、ゲームの中でならなれるかなと思っていた。

 あの時までは……そんな風になりたいと思っていた。

 それが、今は。


 レティシアは、俺が正義と戦うためにこんなプレイスタイルになったんだと言った。


 正義と戦うとは、一体どういうことなんだろう。


 正義の敵は……悪だ。


 そう考えると、それは当たり前で、その通りのことなのかもしれない。

 自分の意志のままに、回りのことなんて気にすることも考えることもせず、ひたすらに戦い、相手の善意も誇りも踏み砕く。

 別に世界を滅ぼそうとか、そんなことを言い出すつもりはあるはずもないが、ユキのプレイスタイルは一般的な感覚から言ったら、間違いなく悪に分類されるものだろう。


 だけど、そんな当たり前のことを、あのレティシアが言うとは思えなかった。


 レティシアの言う正義とは何なんだろう。

 そして、悪となってまで、俺が戦いたかったものがあったんだとしたら、その『正義』とは一体何なんだったのだろう。


 

 ◇  ◆  ◇


――ブライマル自由都市連合 辺境の村ユミリア

 蒼天月 19の日


「こんばんは、ユキ」


 虹色の泡に包まれた視界が晴れれば、晴れ渡った夏の空。

 カンナと出会った頃には春だった季節は、すっかり現実を追い越してしまった。

 真夏の陽射しを避けて、木陰に座り込んで涼むのは、相変わらずな黒髪の剣士殿。

 

「こんばんは。そんな座ってばっかで戦争とか行かないの?」


 燦々と陽射しが降り注ぐ下でこんばんはも妙なもんだと思いつつ、そんな挨拶を返すと、何故かカンナから微妙に冷めた視線を送られたような気がした。


「……別に、今戦争に行って、聖堂騎士団(テンプルナイツ)やエルドールの人と鉢合わせたりすると面倒ですし」

「そ、そっか……」


 なんか悪いことしたっけな、と思うのはまあいつものことながら心当たり多すぎて考えるだけ無駄なんですけどね。

 戦争に行く当てもないのにきっちりログインするカンナはやっぱりジャンキーだと思いました。


「私だったらむしろ聖堂騎士団(テンプルナイツ)やエルドールの敵方に入ってぶっ殺しまくるけどね」

「ゲスの純粋結晶みたいなユキと一緒にしないでください」

「ですよね」


 自分でもゲスな発言とわかってやっているので、ダメージも何もなかった。確信犯が手に負えない好例である。

 

「ユキは自国の人と戦う時とかもそんななんですか?」

「うん、そうだよ」


 当然、と俺は答える。

 銀剣には傭兵システムというものがあり、対所属国の戦争でなければ、他国の戦争に傭兵として参戦することが出来る。当然そういう場では、同じ国に所属するもの同士が敵味方に分かれて戦うこともあり得るのだが、ユキさんは同胞にも容赦の無いことで悪い方向に有名だった。


「煽りに身内びいきとかあったら不公平でしょ。ジークでもネージュでも敵方に居たら当然ぶっ殺して踏むよ」

「なんなんですかねその意味不明な筋の通し方は……怒らないんですか、みんな」

「ネージュはこの前2日ぐらい口を聞いてくれなかったよ……」

「バカなんですね、ユキは」


 至極真顔のそんな感想。 


「……ちなみに、レティシアさんはどうなんですか」

「幸い今まで敵同士になったこと無いからね……煽ったらどうなるか、ちょっと……」


 カンナにも中の人にだいぶ酷い目に遭わされたけれど、レティシアに至っては一体何がどうなってしまうのかちょっと想像がつかない。もしかしたら現実から銀剣の世界にお引っ越ししなければならなくなるかもしれない。さよならリアル。


 呆れたカンナのため息。


「全く、そんなまでしてユキはなんで煽りプレイなんてするんでしょうね」

「なんでだろうね、ほんと。考えれば考えるほどわからなくなっちゃうよ」


――正義と戦う、なんて。


 レティシア――藤宮さんは、アドバイスなんて言ったけど、その言葉はむしろ俺を混乱に陥れるばかりだった。

 

 カンナはどう考えるんだろうか。


「……カンナは、正義で居たいって思う?」

「どうしたんですか急に、中二病ですか」

「うるさいな。自覚はあるけどカンナには言われたくないよ」


 同類なんとやらである。同属なんとかか。

 そうすまして言い返してみたものの、次の言葉に何故か俺は凍りつかざるを得なかった。


「お昼ずいぶんゆっくりしてたみたいですけど、何か言われたんですか。一緒に教室に戻ってきたレティシアさんに」

「あ……う、うん。まぁ、そうなんだけど」


 座って抱えた片膝に頭を預けて、俺を見上げた、カンナの眼差し。

 それが、なんだかやけに寒々としているような気がして。いや、きっと錯覚なんだと思いたい。


「本当に、ユキは言葉に弱いんですね。言葉責めとかお好きですか?」

「何急に言い出してるの……」

「気持ち悪いですよ、ヘンタイネカマさん」

「もう一回言ってください」

「……」

「……正直ごめんなさい」

「きも……」


 冗談は冗談らしい顔で言うべきだと思います。カンナも栂坂さんも、レティシアも藤宮さんも。

 『あんなこと』あったんだから、もう少し優しくなってくれてもいいんじゃないかなと思うんですけど、ゲームの世界だろうと、そんな物語みたいに甘くないってことですよね。


 はぁ、と場をリセットするカンナのため息。

 そうですね、何事もありませんでした。これからの正義の話をしよう。


「レティシアさんがどんな文脈で言ったのか知りませんけど、それは、誰だって正義でありたいんだって思いますよ。悪者になって、みんなに嫌われたい人なんて居るわけないじゃないですか」

「まあ、そうだよね」

「でも……あのカンディアンゴルトの聖堂騎士団(テンプルナイツ)の人や、PKをしてきた人達や、私を糾弾してきたエルドールの人達も、きっと、自分たちは正義だと思ってると思うんです。悪いと思っている……許されないと思っていることをやれる人なんてそうそう居ないんですから」


 そう言うカンナは中空に視線を漂わせて、どこか遠いところを見ていた。


「そう思うと、正義っていうのも、怖いものだなって思います。答えになってるかわかりませんけれど」

「……そうだね、難しいね」


 そんな曖昧な返事しか出来ない自分を情けなく思いつつ、片頬を掻いた。

 人の数だけある正義。ある人にとっての正義が、ある人にとっての悪。

 知っていたはずのことだ。


「ユキは正義の味方に、なりたいんですか?」

「そう思っていたよ、昔はね」


 未だに穏やかな痛みを覚える回想。守りたいと思っていて、守れなかったモノ。

 だけど、素直に答えられるようになったのは、少しはマシになったと言って良いんだろうか。


「まあ、良いんじゃ無いですか。何を志そうと人の自由で」

「だから昔はって言ってるじゃない。こんなことしてて正義の味方になれるだなんて、思ってないよ」

「そうですね、どう考えても地獄に落ちると思います」


 随分はっきりと言うもんだと、俺は苦笑した。


「ま……私も、一般的に言ったら地獄行きなんじゃないですかね。味方に剣を向けて、恩ある人を裏切って」

「なら一緒に地獄に落ちるしかないんじゃないかな」


 どこかにそんな台詞があったなと思いつつ、ついつい口を滑らせてしまって。

 冷めた眼差しが俺を射た。 


「ちょっとそれは気持ち悪いですね……」

「か、カンナがそういう話の流れを作るから!」


 本当、いつになったらこの子に優しくして貰えるんでしょう、俺……。


 そんなくだらない会話の中に、舞い込むトークの通知。


「どうしました?」

「トーク通知だけど、どうやら時間みたい」


 差出人はレティシア。用件は読まないまでもわかった。

 始まるのだ、気の向かない、だけど、アグノシアの未来を占う会議が。


 ……そこで俺は、あの言葉の意味を得ることができるんだろうか。

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