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久々の更新になってしまい申し訳ありません! ちょっと文字数少なめですが、お届けします。
弁当がないことに気付いたのは、食堂に向かう裕真の背中を見送ってからだった。
朝の記憶が無い。昨日も昨日とて、というか日付上は今日。銀剣三昧で寝付いたのも遅く、朝はぼんやりとしていた。
メールやメッセージを送ってくる相手もほとんどいないので放置気味のスマートフォンをみやると、母親から、お弁当忘れてったわよ、の一言。
教室でまともに喋る相手が裕真ぐらいしかおらず、そして俺はいつもは弁当持参、裕真は食堂での飯なので、自動的にいつも一人飯だった。
……寂しくなんてないからね、栂坂さんもいつも一人飯だし。仲間が居るのは心強いことだ。
みんなが談笑の花を咲かせる中、静かに飯を食うソロ二人。ふとした瞬間に目が合う。
「あの……良かったら一緒に食べます?」
……なんて展開になることはこれまでも、そしてこれからも無いだろう。勿論自分から声をかけるなんて選択肢はあろうはずもなく。やっぱ寂しい。人生は寂しい。
弁当がないのを先に思い出していれば、たまには裕真と一緒に食堂に行くのも良かったが、出遅れてしまった。混み合う食堂はスタートダッシュが肝心。今更長蛇の列の後ろに着く気にもなれず、俺はとりあえず総菜パンでも買い求めることにした。パン屋の方はそろそろ混雑のピークは過ぎているころだろう。まともなパンが残っているかは疑問だが、とりあえず午後活動するだけのエネルギーが得られれば良い。
立ち上がって、扉に向かう。自然と栂坂さんの席の横を通らざるを得ない。表情も存在感も薄いクラスメイトは相変わらず一人静かに、文庫本を読みながら小ぶりな弁当箱をつついていた。
……普段ならちらりとこちらを見て、興味なさそうにまた文庫本に視線をもどすのだけど、今日は、視線さえ向けられることは無く。
なんだか、敢えて俺と目が合わないように頑張っている風にさえ見えた。
――……信じてますから。待ってますから。
「……っ」
あの時の景色がフラッシュバックしかけて、慌てて顔を背ける。
そりゃ……信じるとか、待っているとか、現実じゃ滅多に使わないような重くて綺麗な言葉。そんなものを交わした後で、こんないつも通りの日常、どんな顔をすれば良いのかわからないか。俺もわからない。
……もしかして、クロバールとの戦争なんとかするまで、ずっとこんな感じなんだろうか。顔会わせるたびに気まずくて、恥ずかしい発言思い出して……。
ゲームの中の言葉を現実に持ち込んでしまった選択に、やはり少しばかり後悔して暗澹たる気持ちになりつつ、俺は教室を後にした。
◇ ◆ ◇
近所のパン屋さんが昼時になると開いてくれる販売スペースは、やはりもうだいぶ人もはけて、閑散としていた。ついでにパンの状況も閑散としていたが、そこは覚悟の上だ。
サンドイッチか何か一つと、甘い菓子パン一つ。そう狙いを決めて、売り場を物色するが、どうも菓子パンは総じて売り切れらしかった。
甘い物で疲れた心を癒やしたかったのだけど、と、後頭部を掻きつつ、無い物をねだっても仕方が無い。ハムと卵のオーソドックスなサンドイッチを手にとって、大柄なパン屋のおばちゃんに代金を支払った。
身を翻した、その視界の脇に、栗色の髪が揺れた。
「もしかして、甘いパンをお探しでしたか? 四埜宮くん」
「え……っ?」
何故ここに、なんて言う言葉は適切じゃない。恐らく俺より少し先に来てパンを買った帰りで、同じこの学校の生徒である以上、この場所に居ることは何も問題ないことのはずなんだろうけど。
少し悪戯げで、少し意地悪げな微笑みは、ゲームの中で見慣れた表情そのもの。
「レ……藤宮さん」
クラス委員長殿が、こんな下級市民に何のご用でしょうか。
「四埜宮くんが、随分残念そうにパンを眺めてたから、菓子パン欲しかったのかなーって。ごめんね、私が最後の一個買っちゃった」
馬に人参よろしく、小倉クリームパンというまたすこぶる美味しそうなパンを吊して揺らしてみせる藤宮さんは、天性のSの才能があると思いました。
「別に、早いモノ勝ちなんだからわざわざそんなこと言わなくても。というかわざわざ言う辺り嫌がらせでしょうか……」
「そんなぁ、嫌がらせなんて人聞きの悪い」
笑顔だけはいつも通り完璧に。だけど、なんかレティシアのキャラをそこはかとなく滲み出させながら藤宮さんは言った。
「ただ、ちょっとこれを口実に四埜宮くんとお話がしたかっただけだよ。今日私も急な委員の用事で遅れちゃって、お昼一緒に食べる人居ないんだ。だから、一緒にどうかなって思って」
「あ、いえ結構です」
思わずこう、生存本能的なものに突き動かされてあとずさった俺に、藤宮さんはまたにっこり満面の笑みを向けてきた。
「はい? うん? それとも、喜んで?」
……回避不能イベントって怖いよね。