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ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている  作者: 紫花
同級生に踏みつけられたことってありますか?
7/131

006


 帰った。(終業後に)



 夕食後、ベッドでごろごろしていると、スマートフォンが震えた。


――今日はやれるんだろ? 銀剣。


 そんな数少ないアドレス帳登録相手である裕真からのメールに、少しばかり逡巡があったのも確かだった。

 

 いつもなら裕真に急かされるまでもなく自室に戻り次第、銀剣にログインしている。

 もちろん、怖い黒髪の同級生のことが鳩尾当たりにもやもやした憂鬱さをもたらしていたせいだが……まぁ、それでもゲームを遊びたい気持ちが消えてなくなるわけでもない。

 ゲームを引退するとかそんなことは露ほども思うはずもなく、それならログインを躊躇っていたところで、何か良いことがあるわけでもないし、何かが解決するわけでもないのだ。


 深呼吸を一回して、気持ちを前向きに切り替える。


――もう上がるよ。今日お前んとこ確かレギオンの活動休みだろ。戦争行こうぜ。

――おっけー。シルファリオンのいつもんところでな。


「よっこらせっと」


 ベッドで伸び上がると、俺は仮想現実インターフェースを手に取った。

 

 下では、母親と雪乃がなにやらテレビを見ながら会話をしている。親子にして、女同士、母と妹は随分仲が良い。まぁ、俺も雪乃とは一緒にゲームもやるし、仲が悪いわけではないが、男としては女子トークにはついて行きがたい。母親を女子と呼んでいいのかは別にしてね。あと、それを母親の前で言ってはならぬのも別としてね。親父は今日も今日とて残業だ。

 

 インターフェースを頭に被り、スイッチを入れると、視覚野に電磁波が直接に像を結ぶ。マシン自体の起動画面の後、シャローモードで映し出された銀剣のログイン画面に向かって、俺はコネクトコマンドを呟いた。


 心臓を高鳴らせながら、初めてこいつを頭に被ったときの感覚を、未だにしっかり覚えて居る。

 初めてゲームにログインしたときの気持ちも。


 脳波同期がディープモードに移行し、周囲の感覚がふっと消える。

 温い水をくぐるような感覚は、アプリケーション層のセッション確立によるものだというのを、ゲーム雑誌の記事か何かで読んだ記憶がある。


 ステートチェックの文字列が、泡のように浮かんでは消え、やがて、ふわふわと浮遊感のあった足が、固い地面を捉える。

 目を開けば、そこはもう異世界だ。



―アグノシア帝国 国境の山岳都市シルファリオン

 花咲月 3の日


 標高が高いシルファリオンの空は、薄い色にけぶっていた。花咲月は春の初め。山間の街にはまだ春の足音は遠く、あちらこちらに固い根雪が残っている。夏に向かいつつある現実の季節より大分涼しげだ。

 アグノシア帝国の、対クロバール共和国前線基地としても機能しているシルファリオンには戦支度を整えたプレイヤーが何人もたむろしていた。俺は、そんな中をすり抜けて、街の端の炭焼き小屋の前へと向かった。


 遠目にも目立つ赤い髪に向かって、手を振る。


「お待たせ」

「遅え、一日待ったぞ」

「嘘つくな、ちょっと遅れただけでしょ」

「そんななよなよした気持ち悪い走り方してるから遅れるんだよ。てかお前もうなんかすっかり仕草が女の子で……なんか、その、すまん……」

「キモいとかならまだ解るんだけど、なんで謝るのさ……」

「友達として道を正してやれなくて……」

「失礼な」


 炭焼き小屋の玄関の石段に腰を下ろして手を振る偉丈夫が裕真のキャラクターだった。『Sieg』というネームタグが頭の上に浮かんでいる、ジークが、奴のプレイヤーネーム。

 言われて、炭焼き小屋のガラス戸に映り込んだ自分の姿を少し確認する。

 自分も、現実の自分の姿ではない。


 ミディアムショートの、陽射しを映し込んで明るく煌めく金色の髪。眼にかからないように前髪をとめた×字のヘアピンがワンポイント。ちょっと幼げな感じを残した顔立ちに、ジークと比べれば随分小柄で華奢な体は、丸みをおびた、間違いなく女の子のものだ。


「いつも通り可愛いけど?」


 口から紡がれる声も鈴を鳴らしたように澄んで高い。


「はいはい気持ち悪い」


 そんな言葉は言われ慣れたものだ。ガラス戸の中の女の子が可愛らしく舌を出してみせる。

 これが、俺のキャラクター『ユキ』だった。


「昨日はどうしたんだよ、お前がログインしないなんて天地がひっくり返ってもあり得ないと思ってたんだけど」

「人を廃人みたいに言うのやめてくれるかな」

「廃人だろ」


 頬を膨らませて、だけど、まぁその日は朝まで銀剣だったのだから否定しても無駄というものだ。


「いやまぁ、昨日はほんと寝てなかったから。流石に体力持たなくて」

「それだけか?」


 意味ありげな問いかけに、俺は横目に赤髪の偉丈夫を見上げた。


「どういうこと?」

「なんかお前今日一日様子おかしかったじゃねぇか。後ろの席と、なんかあったんだろ」

 

 こういうことにばかり嗅覚の効く親友に、ため息をつく。

 

「まぁ、とりあえず戦場探そうか。準備整えながら、色々話すよ」

「そうすっか、今どんな状況だろう……」


 ジークは中空に指を滑らせてメニューウィンドウを開く。世界地図を開けば、今の大まかな状況が古びたデザインの地図の上に映し出される。それを横合いから覗き込んだ。


「クロバールとの戦争ならあるね……憂鬱そうだなぁ」

「良いんじゃね。他の戦線待つのもだるいだろ」

「んじゃ行くとしましょか」


 ジークと並び立って歩き出す。立ち上がると1.5倍は身長差があって、いちいち見上げる風に会話しないとならないのが面倒なところではあった。


「で、何があったんだよ、Tさんと」


 そんな直截的な問いかけに苦笑が漏れる。


「何があったと思う?」

「順当に行けばこう、告白したとかされたとか色っぽい話なんだろうけど、お前に限ってそんなことなぁ」

「流石に失礼だと思うんですけど」

「まぁ、どっちにしたって、告白したり、されたりしたらあんな変に怯えたような態度とらねぇだろ。あ、振られたら別か」

「流石に失礼だと思うんですけど」


 大事なことなので、二回。

 

「ま、違うんだろ?」

「そうだけどさ……」


――勝ち逃げなんて、許さないですから。


 クラスメイトの女の子の怖い顔を思い浮かべて、ため息をついた。


「昨日さ、敵方の女の子煽りまくって楽しかったって話したよね」

「おう……って、まさか……」

「その、まさかなんだなぁ」


 ちらりと見ると、ジークはやはり何とも言えない顔をしていた。苦虫をかみつぶしたというのはこういうのを言うんだろうか。微妙な表情まで描き分ける、銀剣のエモーションエンジンはむやみに性能が良い。


「で、文句言われたん?」

「んー……そんな生やさしいもんじゃなくてね……なんだろう。やったことそのままやり返されたというか」

「あ? ゲームの中でやったことを?」

「そう……踏まれて、蹴られて、座られた」

「そ、そうか……」

 想像したのか、ジークがぶるっとその長身を振るわせた。

「人間、本性ってわからんもんだな」

「そうだね……」


 俺だって栂坂さんが人を踏んづけるような人だなんて想像だにしなかった。俺は決してマゾキャラでもないので踏んづけられるような想像で悦ぼうはずもない。


 いや、でも……座られるのはこう。踏むだけじゃ無くて座っておいた昨日の俺の判断を褒めてやりたい。


 ついつい、グリーブと鎖帷子の間に覗いた自分の太ももをむにっと掴んでみてしまう。それはそれでそれなりに柔らかくて心地よい感覚だったけれど、昨日密着した栂坂さんの太ももの感触はもっとしっとりして、温かくて……。


「……何やってんだ?」


 ジークの声に我に返る。数歩先に進んで呆れた顔でこちらを見ているジークに、自分のやっていることを改めて思い返し、顔が熱くなるのを感じた。


 完全に変態さんじゃないですかこんなの。


「な、なんでもないっ!」


 慌てて追いついて、そのままずんずんと先へ進む。ジークのため息が聞こえた。


「何思い出したんか詳しく伺いところなんだが」

「さっさと戦争行こう! 戦争!」


 シルファリオンの街の中心には、先ほど開いたのと同じような古地図が掲げられ、かっしりとした鎧に身を包んだ如何にも騎士然としたNPCが何人かたむろしている。

 シルファリオンに限らず、街のどこかには必ずこういったゾーンが設けられていて、プレイヤー達はここから各地の戦域へと旅立っていく。


 銀剣の世界地図はいくつもの戦域に区切られ、現実なら一つの街を優に越える広さのフィールドを舞台に戦争が繰り広げられる。小規模な小競り合いから、大規模なレギオン同士の決戦まで、戦争に事欠くことは無い、血なまぐさい世界だ。


 俺とジークはNPCに話しかけ、山岳地帯の麓、隣国クロバールの辺境領で起こりつつある遭遇戦を選択する。

 

「では頼んだぞ! アグノシアの熾炎旗よいざ燃え立たん!」


 ずっしりと腹の奥に響く激励の声に、相手がNPCということなんて忘れて、俺とジークは拳を掲げてみせる。


 すぐに視界が虹色の煌めきに包まれ、また足が浮かび上がる感覚。

 次に着地したのは、柔らかい草の上だった。



―クロバール共和国 辺境属領ランフォール

 花咲月 3の日


 

 遠くで響いていた喊声が大きくなる。


 目を開く。太陽の光を反射して、鋭く煌めく剣と、槍と。

 土煙と、怒号と。


 ここは、もう戦場だ。

 

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