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015

 ……そんな、もう半年も前のことなのに、こんなにも景色も、鮮明に思い出せるなんて。

 目を開けば、雨は止み、ユミリアの静かな青い空があった。

 

 視線を落とせば、ただこちらを見つめる女の子の髪の色もミハネとは似つかない黒。だけど、一瞬錯覚する。


「前にも少し話したことあったよね、このこと。同じようなこと、何度も思い出して、何度も引きずってさ。駄目だよね」


 自嘲気味に言って笑ってみせたけど、黒髪の女の子は首を横に振った。


「ううん……私も、きっとエルドールを抜けたこと、ずっと思い出すんだと思います。自分で選んだことだけど、きっと」


 自分でレギオンを抜けることを選んだカンナ。あの日、黒髪の同級生は泣いていた。


 レギオンのことをどう思っていたのか……オルテウス――マスターのことを恨んでいないのか。

 ミハネの姿を重ねて、そんなことを訊いてしまいそうになる気持ちもあった。でも、それはしてはいけないことだと思っていた。カンナはミハネでは無いのだし、それに、その気持ちはカンナだけのものなのだから。


「ミハネさんの話、終わりじゃ無いんですよね」


 カンナの声に、俺は顔を上げた。


「前話して貰った時、ミハネさんは結局引退しちゃったって言っていたので……それに、その話だけだと、ユキが今みたいなプレイを始めた理由には繋がらないから」


「……カンナの言うとおり、その時は、ただしばらく銀剣から離れて休むっていうだけの話だったんだよ。それでもやっぱりショックだったけどね。

 最後の引き金を引いたのはさ、そのすぐ後にあった、アグノシアの作戦だったんだ」


 俯いて足下を見やり、思い出す。

 国の威信とでも言うべきものをかけて戦われるネイショナルクエスト戦争。いくつもの大手レギオンが参加するそれだが、紆余曲折があって、偶然レギオン城をとれたばかりの中小レギオンのマスターに過ぎない俺が、次の指揮を執ることになっていた。相手は……今となっては因縁深いというべき、クロバール。

 

 ミハネのことがあった俺が集中を欠いていたのか、それともそもそもアグノシアの実力がクロバールに及ばなかったのかは、知れない。

 結果として、俺達はその戦争に敗北した。

 

「あの戦争に勝てていたら、また違った結果になっていたのかな……いや、結局その次、その次、どこかで負けて、きっと結果は同じだったんだろうけど」


 自嘲混じりの言葉が風に流れる。


 誰だって負けたくない。全力で挑んだ戦いに負ければ、良い気持ちにはならない。

 敗戦後の会議は、当然指揮をとっていた俺に対する叱責に溢れた。俺のことを擁護してくれた人もいたけれど、俺自身はその叱責を甘んじて受けるつもりだった。

 戦争に真剣になりきれていないという自覚があった。それが、俺の限界だし、俺が大手レギオンの連中と心から仲良くはなれなかった理由だったんだと、漸く理解していた。

 敗北を良い機会にして、元の通りに気楽に戦争に挑んで、勝ったら勝ったで、負けたら負けたで笑って楽しめる、小さなレギオンに戻りたいと思っていた。


 だけど、そんな最悪な雰囲気の会議の中で出た、一つの発言。


――キャメロットからクロバールに情報が漏れたんじゃないか。


 ……そんなバカみたいな話。


 バカじゃ無いかと俺は思った。でも、大手レギオンの連中はそうは思わなかったらしい。

 今回のクロバールは、まるでこちらの作戦を見通しているように先手先手を取ってきた。

 前回までのネイショナルクエスト戦ではこんなことは無かった。前回と今回の違いは、作戦にキャメロットが参戦したことだ。

 キャメロットは作戦行動に必ずしも従わなかったり、ネイショナルクエスト戦に参戦しないメンバーが居て統制が緩い。そういう連中が作戦を漏らしたのではないか。


 溢れる、そんな発言。


 そして最悪だったのは、キャメロットの中でもそれに同調する人が居たことだった。


――ミハネ、クロバールにリアルの知り合いが居るって言ってただろ。そこから漏れたんじゃね。あいつ今回の作戦に反対だったみたいだし。


 瞬間、怒号に飲まれたレギオンチャット。


 どんな会話がレギオンの中で交わされたのか、思い出せない。俺も茫然自失が半分、怒りが半分、気付いたら、会議は終わっていたような状態だった。


 そして、そのことはミハネの耳にも届いてしまった。


――しょうが無いよね、クロバールの人と仲が良いのは確かなんだし。


 俺は……俺だけじゃ無い、レティシアや、ジーク。俺達はそんなミハネを元気づけようと、戦争以外のダンジョンやクエストにミハネを誘ったけれど、アグノシアの街を歩くだに、全く知りもしない人達から、裏切り者だとか卑怯者だとか……そんな『正義』の言葉を浴びせられて……ミハネはうつむいたままで。


 結局、彼女は引退を決意した。


 その時でさえ、恨み言一つ言わずに。


――ごめんね、私のせいで迷惑かけて。


 最後の時は、レギオン城では無く、元々拠点にしていたエクスフィリスの片隅の空き家だった。


 立ち会ったのは誰だったろう。あの会議以降、レギオンとして戦争に行ったことは一度も無く、レギオンチャットの会話も閑散として、ほとんどキャメロットはレギオンの体を成していないような感じだった。

 俺、ジーク、レティシア、ゲルトさん、フィル……そのくらいだったっけ。

 

 何度も引き留めた、だから、もう無駄なんだって解っていた。

 

「寂しくなるね」


 レティシアの言葉に、ミハネは、


「こんなさよならって、現実でも経験したことないから、どんな顔すればいいのか解らないや」


 そう、困ったように笑った。


「みんなと一緒に遊べたの楽しかったよ、これは本当だよ。だから、ほら特にユキ。そんな顔しないで」


 俺は……どんな顔をしていたんだろう。



――それじゃあね、ばいばい。


 毎日のように交わしていた挨拶。それが最後だなんて特別ささえ感じさせてくれることも無く、ミハネは消えて行った。また明日になれば、変わらずログインしてくるようにさえ感じられたのに。

 次の日も、次の次の日も、それからずっと。

 ミハネと会うことは、もう無かった。

  


「……それでこの話はおしまい」


 静けさの中に、ただ、風だけが吹く。

 少しの沈黙があった後の、遠慮がちな問いかけ。


「ユキ……泣いてるんですか?」


 ずっと俯いていた俺の姿は、そんな風に見えたんだろうか。

 顔をあげ、眦を拭ってみたけれど、白くて細い指は乾いたままだった。


「いや、もう何度も後悔したことだし。今更、泣かないよ。景色は思い出しても、悲しさは遠ざかっていくものだよね」


 そう笑った俺に、だけどカンナはつかつかと無言で歩み寄ってきて。

 ふわりと包まれる、温もりと、淡い花の匂い。

 慌てる間もなく、俺は頭をカンナの肩口に埋めさせられていた。


「え、あ、ちょっとカンナ!?」

「この前、肩を貸して貰ったので、お返しです。言う割に、ユキ、悲しそうだったから……」


 それは、栂坂さんの家でのことを言っているんだろう。細くて柔らかい髪が頬をくすぐる。

 VRキャラクターの感情表現は素直だ。悲しそうに見えたってことは、きっと悲しかったんだ。そんなことをやけに客観的に考えて、俺は苦笑を漏らした。


「ごめんなさい、辛いこと思い出させてしまって」

「ううん、その……聞いてくれてありがとう。話しちゃった方が、たぶん、楽になったよ」

「そう言って貰えると良かったですけど……」


 頭を抱いていた手が放される。数歩離れて、カンナは少し赤らんだ頬で、明後日の方向を向いた。

 遠ざかっていく温もりと、柔らかい感触は、少し名残惜しくはあった。


「それで……何か、思い出せましたか。ユキの、戦う理由」

「そうだね……」


 ミハネを見送り、そして、レギオンの解散を決めた時。

 思い出してみて、俺の心にあったのは後悔と、そしてどうしようも無い怒りだったと思う。

 

 冷静に分析するなら、それは八つ当たりと言うほか無いのかも知れないけれど。

 誰のせいでも無く……みんな、自分のやりたいことを銀剣に求めていただけだったはずなのに、あんな風になってしまった結末。

 自分しか責める先は無く、それなのに、何をどうすればハッピーエンドに辿り着けたのかわからなかった。それがわかったところで、ミハネは戻ってこなかった。


 これは、後から振り返った後付けにすぎないのかもしれない。

 でも、きっと……俺は全てを敵にしたかったんだと思う。

 誰とも無い、全てを。


 そして、復讐したかった。あの顔の無い正義に。

 あの会議で、街で、自分たちが正しいと信じて疑わず、ミハネのことを責めたてた奴ら。正しさという盾があれば、何をしても良いと思っているような奴らを、惨めに地面に這いつくばらせてやりたかった。


「ほんと、どうしようも無い破れかぶれですね」


 呆れたような、カンナの声。 


「……そうだね、改めて、自分でもそう思うよ」

「ユキは、たぶんきっと自分で抱えすぎなんです。人の出来ることなんて限られてるに決まってるのに、救えるものなんて決まっているのに。なんでも自分が何とか出来たんじゃ無いかって思って」

「うん……そうかもしれない」


 たぶん、カンナの言っていることが正しいんだろうと思う。そう諦められたらいいんだろう。

 それでも、自分のレギオンの仲間が辛い思いをするたびに、胸を刺す感情ばかりはどうしようもなかった。

 見ず知らずの他人なんてどうでも良い、むしろ率先して踏みつけて酷い目に遭わせるまであるが。


「でも……せめて、自分の仲間ぐらいは」


 そんな俺の呟きにも似た声に、カンナはなんでか少し逡巡したみたいだった。


「ちなみに、私はユキの仲間なんですか」

「あ、え?」


 なんだろう、その答えにくい問いかけ。


「あー……ここで違うって言ったらきっとぶん殴られますよね」


 きっと睨み付けられて、思わず肩をすくめた。


「じょ、冗談だよ。カンナは……もちろん仲間だよ、カンナがそう思ってくれるなら」

「なら」


 黒髪の少女は真っ直ぐに俺を見つめて、言った。

 カンナが言うだなんて、想像だにしなかった言葉を。


「今度はちゃんと勝ってください。オルテウスさんを倒して、クロバールも倒して、私の選択が間違ってなかったって、信じさせてください。

 昔のことで後悔するより……レティシアや、ジーク、ネージュ……今の仲間と一緒に戦うことを考えてください」 


久々に更新頑張りました、フフ……フ。

勢いに任せたので、あとで結構加筆修正するかもですorz

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