012
大分間が空いてしまいました。すみません!
ゆるゆると進行です。
――というか、どういう状況だろうこれ……。
……今更すぎるけれど。
流石に寝間着のままというわけにもいかず、適当に引っ張り出した私服に着替え始めたところで、漸く落ち着いて現状を顧みる余裕が生まれるとともに、そんな後悔とも焦りともつかない感情がもくもくとわき上がってきた。
もちろん、昨日あんな風に銀剣を落ちた上に、今日学校を休んで、負い目だらけの気まずさはある。
だけどそれ以上に、この……。
――同級生の女の子を家に上げるなんて。
自慢じゃ無いが、生まれてこの方女の子と付き合ったことなんてありはしない。幼稚園や小学校の頃は仲の良い女の子の友達も居はしたが、世に言う思春期を迎えてからというもの、愚妹やゲームの中の女の子を除いて、女友達、彼女という存在とは疎遠だった。何なら裕真以外の友達という存在とも疎遠だったけどね。
ちなみに、今みたいな煽りメインのプレイを始めるより前は、銀剣の中なら割と女の子に人気だったのだ。レギオンの女の子(と思われる子)に、『女の子同士なら安心なので、今度カラオケとか一緒に行きませんか!』とか誘われたり。おかしいな、俺ネカマプレイとか女の子のふりとか一切してなかったはずですけど。
それはさておき。
私服のシャツの襟を整え、鏡を見てそこかしこに跳ね上がった寝癖をねかしつける。一度は寝起きの無残な姿をさらしてはいるわけだが、そこは気分という奴。
そういえば、栂坂さんの家を訪ねた時と真逆のシチュエーションだな、なんて。あちらは学校サボってゲームをやっていたんだし、俺ばっかり負い目を感じる必要もないかと、理論になってもいない理論で気持ちを落ち着かせた。マイペースな栂坂さんのこと、あっちは同級生の男子の家に上がるとかそんなこと気にもしちゃいないんだって。
「ごめん、待たせた」
ゴムで簡素に止めた黒髪が揺れる。振り返った同級生の女の子は、案内したリビングの隅っこに所在なさげに立っていた。
「座っててくれて良かったのに」
「なんとなく気兼ねするじゃないですか」
少しばかり拗ねたような声音で言われて、俺は頭を掻いた。恐らく自分が人の家に上がった時でも同じようにするだろうなと思いつつ、社交辞令みたいなもんなんだからそんな機嫌損ねなくても、と思ってしまう。相変わらずリアルのコミュニケーションは上手くいかないのである。
「まぁとりあえず座ってよ。流石に立ったまま話すんじゃ大変でしょ」
「あの、ご両親とかは」
「親父は仕事で夜遅い。母親はなんか友達と会うとかででかけてて7時頃じゃ無いと帰ってこないよ。というか」
全く同じことを栂坂さんの家を訪ねた時に訊いて、軽くあしらわれたのを思い出した。ふっと呆れたジト目を作る。
「挙動不審になってますよ、栂坂さん。何を心配してるんですか」
一瞬きょとんとして、それから同級生の顔から表情が抜け落ちた。
「……それはもしかして私の真似なんでしょうか」
流石、優等生。記憶力も察しも良い。でも無表情は怖いから止めて欲しい。
「い、いやぁそんなことは……ごめんなさい」
「謝るぐらいならやらなければ良いのに」
人間出来心っていうものがあるでしょう。
だけど、そんなやり取りをした後も、栂坂さんは座るのを躊躇しているみたいだった。
「ごめんなさい、人の家に上がるのなんて久しぶりでなんだか落ち着かなくて」
「うん、わかるよ。ネットゲームばっかやってて引き籠もりだと」
「誰が引き籠もりですか」
「あ、何でもないです。はい」
人間誰でもNGワードというものがある。栂坂さんの場合は、『ぼっち』と『引き籠もり』らしい。
「まぁでも一先ず座って貰わないとこっちが落ち着かない」
「……その、よければ、話も前みたいにゲームの中でと思ったんですけど」
そんなことを言って、栂坂さんは鞄の中からVRインターフェースを取り出してみせた。どう考えても引き籠もりです本当に。
ここまで行くと筋金入りとしか言うほかは無い。一昔も二昔も前の、まだインターネットが普及しだしてすぐの頃には、オフ会で相手を目の前にしながらポータブルPCのチャットで会話をするという冗談が流行ったそうだが、それの現代版と言うべき所行だ。
「別に構わないけど……それだと流石にリビングだとあれだね。ネカフェでも行く?」
俺の気遣いに、栂坂さんは不思議そうに小首を傾げた。
「四埜宮くんはいつもどこで銀剣やってるんですか?」
「そりゃ自分の部屋でだけど」
「なら四埜宮くんの部屋で問題無いんじゃないですか」
「……そうなんでしょうか」
問題無いんでしょうか。同級生の女の子を自室に上げるとかそれだけでなんかイケナイことのような気がしてしまうのって俺だけ?
今ひとつ踏ん切りがつかない俺に向かって、栂坂さんは相変わらずの無表情で告げる。
「大丈夫ですよ、部屋の中漁ったりしませんから。そんなことしなくても四埜宮くんが歪んだ嗜好の持ち主だってことは把握してますので」
――ブライマル自由都市連合 潟の都メルドバルド
澄宵月 22の日
見慣れない景色。最近、ログインするとともに違和感を覚えることばかりだな、なんて思う。
ここ半年あまり、シルファリオンにログインして、ソロ、時々ジークやネージュと一緒に戦争やダンジョンに赴いては、またシルファリオンに戻ってきてログアウトする、そんな変わらない日々を続けていた。
それが……この一週間ぐらいの間に色んなことがあったなと思う。
停滞は長く、変化は目まぐるしい。どちらが望ましいか……望ましかったかなんて……わからない。
「いつまでそんな屋根の上に居るんですか」
耳元の声に、辺りを見回した。昨日ログアウトした時と同じような場所から、こちらを見上げる、カンナの姿。
屋根を蹴って、身軽に着地した。そんなユキのことをじっと見つめる、ハシバミ色の瞳。
「ほんと……落ち逃げなんて、ユキらしくなかったですね」
「……自分でもそう思うよ」
なんとなく、目をそらしてしまう。そう、ユキはクズで悪辣で、だけど戦いへの矜持だけは筋の通った……そんな在り方を目指していたはずだったのに。
「オルテウスさんから、何を言われたんですか」
真っ直ぐなカンナの問いに、答えがたく俯いた。
「カンナは本当に、ゲームに入った途端」
「誤魔化さないでください」
軽口もぴしゃりと封じられてしまう。
「一応私、怒っているんです」
「怒って……?」
「カンディアンゴルトのこと、全部私が選んで私の意志でやってことなのに、もし、そのことでオルテウスさんがユキを責めて、ユキも気に病んでるんだとしたら……」
改めてみやった、カンナの瞳に宿る強い色に、俺は少しばかり気圧された。
さっきまで、人の家に上がって挙動不審にきょろきょろしていた栂坂さんが中の人だなんて、とても思えないような。
現実の栂坂さんは良くわからないけれど……カンナもユキと同じように矜持を大事にするプレイヤーだった。戦いに全てを賭け、勝っても負けても、決して下を向かない、そんな。
それが、そんなカンナが、自分の選択を他の人のせいにしているだなんて思われていたら、怒りもするだろう。
だけど……俺はふっと力なく笑う。それは違った。
「違うよ。カンディアンゴルトのことは。私がオルテウスさんから訊かれたのはさ」
思い出して胸を締め付けるのは……エルドールのマスターが告げた言葉ではなく、昔見た笑顔だった。
「なんで、こんな煽りプレイをするのかって。そう言われて思い出しちゃったんだ。こういうプレイをするようになったきっかけのこと」
「……半年前のことですか」
カンナの問いかけには答えず、俺は煉瓦の壁に背中を預けた。
今は日の昇るメルドバルドの空を眺めて。
だけど、カンナはそんな誤魔化しじみた仕草を、許してはくれないみたいだった。
「ユキは、私に半年前のこと教えてくれて、変に意地を張らずにみんなとそちゃんと話してって……そう言ったのに、自分はまだ話さずに背負い続けるんですか」
こちらを真っ直ぐに睨むハシバミ色の瞳に、俺は、しばらく躊躇って……だけど、観念せざるを得なく、後頭部を掻きやった。