008
「はじめまして、だよね。オルテウスだ。分不相応に名前だけは知れているのでご存じかも知れないが、エルドールのマスターをやらせて貰ってる。お見知りおきを」
「……はじめまして。ご存じだと思うけれど、私はユキ。それ以外には、何も無い」
「ご謙遜を。銀剣唯一の大剣使いにして、クロバールの国家の敵として指名済み。私より有名なんじゃ無いかな」
オルテウス。
その人と直接面識があるわけではなかった。
だけど、単なる屑として有名なだけの俺なんかとは違って、その名は実を伴ってこの銀剣の世界に知れ渡っている。
それに……浅くはない縁のある相手だと、言うべきなんだろうか。
カンナの元レギオンマスター。カンナのレギオン追放を決めた人。カンナに亡命を薦めた人。
――マスター、ユキのこと知ってましたよ。
そんなことをカンナから教えて貰ったのを思い出す。
アグノシアとクロバールが干戈を交える以上、いずれ戦うこともあるのだろうと思っていた。しかし、それは鉄の臭いに満ちた戦場でのことで……まだ先のことだと思っていた。
目の前に上がったポップアップをもう一度見つめてしまう。オルテウスの口から出た言葉は、本心だろうか、戯れ言だろうか。喉の奥が締め付けられ、胸の奥が揺さぶられるような感覚。
だけど……喉に詰まった形の無い塊を飲み込んで、俺は承諾のアイコンの上に指を滑らせた。
「ちょ、ちょっとユキ!」
「挑んできたのは向こうだよ。挑まれて戦わないなんて、私じゃ無い」
パーティープライベートのカンナの声に、自分でもびっくりするほど不機嫌そうな声が出た。
相変わらず気取らない構えのオルテウスに、大剣の柄を握り直す。
なんなんだろうこのもやもやした心持ち……。カンディアンゴルト後のPK騒動の時、カンナの話を聞いて、オルテウスという人には、良い印象を持っていたはずなのに。実際目の前にしても、気取らない雰囲気で、穏やかに言葉を交わせそうな人なのに。
鐘をうつようなカウントダウンが始まる。音を重ねるごとに大きくなる歓声。そんな周りの様子にオルテウスは、肩をすくめてみせた。
「ほんと、こういうの好きだよね、みんな」
「わざわざこんな絶好のタイミングで仕掛けてきた人の言葉とも思えないけど」
やはり声音はいつもより低く、随分ぶっきらぼうに聞こえただろう俺の言葉に、白髪の青年は唇の端で笑う。
次の声は耳元で聞こえた。1対1のプライベートトーク。
「私にも立場というものがあってね……どうも戦争に対して不真面目だと聖堂騎士団には思われてるみたいだから、たまにはこうクロバールの人を助けて、国家の大敵たるユキという人と戦うという姿を見せつけないと、そう思って」
心底すまなさそうな初対面のレギオンマスターの声に、一瞬呆れて、それから苦笑が漏れた。
「そんなことに巻き込まないでくれると嬉しい。もう遅いけれど」
「まぁ、そう言わずに。それに、それはこのタイミングを選んだ理由でしか無いんだ……君と戦ってみたかった理由は、さっき言った通りだよ」
――うちの元メンバーをたぶらかした人がどんなものなのか、ちょっと手合わせ願いたくて。
……まるで、言葉がつう、と氷の塊が喉を滑りおりて鳩尾に落ち込むような錯覚だった。
たぶらかした、という言葉をそのまま受け取るほど俺も馬鹿では無い。
カンディアンゴルトで聖堂騎士団に挑みかかり、煽り、打ち倒した、今この状況――レギオンを脱退させられ、亡命を余儀なくされたカンナ。それは、元を辿れば俺の行動に端を発している。そんな、当たり前の、克明な因果を改めて突きつけられて、俺は、今更動揺してるんだろうか。
カウントダウンの鐘が一際大きく鳴り渡り、周囲の歓声とともに、弾けた。
「参る!」
そんな時代がかった言葉とともに、オルテウスの姿が視界からかき消えた。
一瞬の忘我から復帰する。こんな狭い道で視線を切れる方向なんて一つしかありはしない。
全力のバックステップ。紙一重で体のあった場所を貫く、凶暴な白銀の一閃。
「やあああああっ!」
着地の足のたわみをそのまま撥条に変えて、一足跳びに袈裟懸けの一撃を見舞う。清冽の剣の断頭の一撃は、しかし、鈍い煌めきを宿した長柄によって危なげなく受け止められた。
オルテウスの武器はハルバードだった。すらりと長い柄に、鋭く煌めく穂先と円月の刃。両手槍の延長上にあるその姿は美しく洗練されたものに見えるが、大剣に勝るとも劣らない超重量級の武器だ。ガードやパリィの際の衝突判定は、武器の重量が物を言う。両手剣や槍相手でも押し切る大剣が、今はがっしりと押しとどめられている。
大剣の誇る大きなアドバンテージである衝突優位が発揮できない相手に、唇を噛みしめた。
頭の回路が切り替わっていく。胸の奥の落ち着かないもやもやは消しようが無かったけれど、それは深い水の奥に沈めて、戦いのために意識を研ぎ澄ます。
腰を落とし、両の手でしっかりと握りこんだ大剣を腰だめに構えた。突進スキルを多用した機動力と衝突優位の戦い方では無く、撃ち合いに特化した姿勢。
そんな俺に向かって、オルテウスもハルバードの穂先を真っ直ぐこちらに差し向けてきた。
「話には聞いていたけど、流石。よくもまぁそんな重たい武器を身軽に振り回すものだ」
「そちらの武器だって十分重たいんじゃないかな」
「これは腰を据えて戦うための武器だからね。そんなに身軽にとはいかないよ。しかし、やっぱりわからないな」
白髪の青年の言葉に、俺は首を傾げた。
「……それだけの腕があれば、仮令レギオンに所属しなくとも十分に名を成すことは可能だろうに、ということさ」
そう、オルテウスは言葉を継ぐ。
「何故君はわざわざそんな悪目立ちするプレイを敢えて繰り返すんだ」
冷えた言葉が、戦いに覚めた意識の隙間に忍び込んでくる。
俺は、こうあることを望んで、このプレイスタイルを選び取った。
きっかけは、自分のレギオン、『キャメロット』を解散したことだった。一人になった俺は、自分のやりたいようにやると決めたんだ。たとえ相手がレギオンだろうと国だろうと、気に入らない奴には挑み、煽り、蹂躙する。
そこに理由なんてあるはずもなかった。
――……本当にそうだろうか。
こうあることを望んだ、自分の心の奥底にあったもの、それがなんだかなんて考えるのが煩わしくて、俺は大剣の柄を一層強く握りしめた。
「そんなこと、あなたには関係の無いことだよ」
「関係無くは無いさ」
オルテウスの声は淡々としていて、それでいて、鋭かった。
「君がそんなプレイスタイルでなければ、もしかしたら私は大切なレギオンメンバーを喪わなくて済んだのかもしれないのだからね」
「っ……!」
揺さぶられる。
オルテウスは怒っているようには見えない。声音は糾弾では無くて、ただ事実を静かに告げただけのように聞こえた。
思わずカンナの方に目をやってしまいそうになり、必死で自分を押しとどめた。今は戦いの最中、相手から視線を切るだなんてもってのほかだ。それに、オルテウスの言葉は1対1のプライベートトーク、カンナに聞こえているはずもない。
なのに、今更に、カンナの意志はあの時も聞いたはずなのに、気になってしまう。
カンナは本当にどう思っているのか。
……自分の選択を悔いてはいないのか。
頭を満たしかけた雑念は、音も無く目の前に迫った煌めく穂先によって、四散させられた。
今回はちょっとシリアス調。
活動報告でも書きましたが、本作を富士見書房様より出版の
『この「小説家になろう」がアツイ!』
にてご紹介いただきました。
皆様の応援のおかげです、ありがとうございます!