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006

 クロバールの前線都市ロンギニエから、アグノシアの前線都市シルファリオンへと向かう、三つの道。


 女子の方々が甘い物を食べ終わった頃合いを見計らって、俺は机の上に地図を広げてみせた。女子の皆様ってほんと、甘い物食べてる時はこちらの話聞いてくれないんですよね……。そもそも、一応俺やジークも同じようなケーキを注文してはいたのだけど、食べ終わる時間にこんなに違いが出るのはなんでなんだろう。ただ、早く食えよとか言うと機嫌が悪くなるのは雪乃で良くわかっていたので黙っていたのだった。


「亡命のルートだけど、一応三つあると思うんだ」


 そんな俺の声に、カンナがこちらを見る。ユキの白くて細い指が、その視線を地図の上へと導く。


 一つは、ロンギニエとシルファリオンを結ぶ広く整備された街道。戦争中の国同士といえども物や人の交流はあるわけで、それを支える――という設定になっている、なんて言ってしまうと身も蓋もないけれど――のが、都市間を結ぶ街道だった。


 二つめはロンギニエから大陸を囲む海沿いに出て、霧の山脈を迂回してシルファリオンに至る道。国が整備した道というよりは、人々が日常的に使っているという感じの道で、道沿いの風景が良くこのメルドバルドと同じようにデートコースとして人気があるとか、ぺっぺ。


「あれ、でもまともな道ってその二つぐらいじゃねえか?」


 そうあごに手をやるジークに、俺は頷いてから地図の一点を指さした。


「最後の一つはここ、アルモア隧道。で、私が今回の亡命ルートに一番良いと思うのがここ」

「ダンジョンだよね、そこ」


 ネージュのいぶかる声。

 言葉の通り、アルモア隧道は霧の山脈を貫く上級ダンジョンだ。ロンギニエから平野と森を横切り真っ直ぐ下ると、アグノシアを守るよう聳え立つ霧の山脈と、その麓にぽっかりと口を開けた洞窟へと突き当たる。まだ世界がアグノシアやクロバールに分かれる以前、伝説の時代の帝国が築いたのだと言い伝えられるアルモア隧道。実際内部は人によってつくられたことが覗われる景色になっていたが、アグノシアとクロバールが敵同士となり、この道を敢えて使う人も途絶えた現在となっては、モンスターが棲み着き、入り組んだ構造も相まって、人を寄せ付けないダンジョンと化している。


「……ダンジョンになんてまさか逃げ込むまいとみんなが思ってるから、裏をかけるってことなのかな?」

 

 レティシアの言葉の通りだった。


「さっきも話したけど、クロバールはカンナの亡命に対して、それなりの人数を動員してくると思う。だけど、人数や平均スキルで劣るアグノシアはそちらにちゃんと対抗できるほどの人を用意できる余裕はないと思うんだ。それなら、まともな正面衝突にならない、なりえないルートを選ぶべきだと思って」


 言い切って見つめた、カンナは何か言いたそうだったけれど。

 カンナさんは、俺の言うことにはとりあえずケチをつけるようにしているんじゃないかという節が若干あるが、今回は特に理不尽な罵りを受けることもなく。


「……アグノシアの人達の手をあまり煩わせずに済むなら、それが良いと思います」


 そんな遠慮とも何ともつかない言葉に、少し苦笑してしまう。相変わらず生真面目というか何というか。その気持ち、わかるけどさ。


「でも、モンスターにでもやられたら振り出しに戻っちゃうんじゃないの?」

「みたいだね、この前運営に問い合わせたら何にせよ、亡命ミッション中に死んだら駄目みたい」

「兄様にしては仕事がはやい」

「うるさいな」


 ネージュの茶々を手を振っていなす。


「まぁ、まだアグノシア全体の作戦が決まらないと何とも言えないけど、アルモアまでは迎えにいくつもりだからさ」

「誰も頼んでませんけど」

「……そ、そうですか」


 相変わらずとりつく島もないカンナにため息が出る。これがツンデレだと思い込めるほどには、俺の頭もお花畑ではなく、一体いつになったら普通の友達?仲間? この銀剣の中での関係を示すのに言い言葉が思いつかないが、そういった関係になれるのやら。

 頼り頼られ、とか助け合うとかそこまでは望んでないんで、せめて普通に会話出来るようになると良いんですけどね……。


「まぁでも私たちも亡命には成功して欲しいし、アルモアまで誰かしらが行くことにはなるんだよね。ユキではないにしても」

「そうだね」

「アルモアより先まで迎えにいくことは選択肢としては?」


 質問を連ねてくるレティシアに、俺は向き直った。


「折角アルモアのダンジョンを利用して相手をどうにかしようとするんで、その先まで出張ったら意味がないと思う。だから、アルモアまではカンナの力でなんとか切り抜けて貰わないと」


 ロンギニエからアルモア隧道までは、戦域マップにして3マップほど。ただ駆け抜けるだけならそこまで時間を要しない距離だが、追われる身にとってはどうだろうか。


 カンナの顔を覗う。黒髪の同級生は珍しくこちらをしっかり見返してきた。意志の強い、ハシバミ色の瞳。


「頑張ります……その、だからという訳ではないんですけど、ユキに一つ頼みたいことがあって」

「あ、やっぱり迎えに来て欲しい?」

「黙ってて貰えます?」

「……はい」


 ぴしゃりと軽口を封じられて、俺は縮こまった。いや、人に頼み事するんだからもう少し優しい態度があってもいいのではと思うんですけど……。


 少し間があって、カンナは息を吸って、吐いた。


「戦い方を、教えて欲しいんです」

「……戦い方?」

「その……私は未だユキに勝ててないわけで……ユキの方が強いと思うから、亡命が、少しでも上手くいくように……」


 随分と言いにくいことのように、俯きながらそんなことを言うカンナに、俺はきょとんとしてから苦笑した。


「センスならカンナの方があると思うんだけどなぁ。今は大剣がなんだか上手くはまってる感じだけど、大剣使う前は、大してスコア出せなかったし」

「キャメロットの頃の戦闘成績は並だったよね、ユキは」

「うるさいな、自覚あるけど人に言われると傷つくよ」

「……それでも」


 カンナの強い言葉に、俺はふっと息を漏らす。

 ……強く強く、なりたいと思っていたあの頃。それは一人の戦士としての強さでは無かったけれど。


「まぁ私じゃどれだけ力になれるかはわからないけど」

「お願いします」

「あらあら、じゃあここからは、カンナ救出作戦会議改め、カンナ強化合宿開始かしら」


 そんなことを言うレティシアに笑って。


 バンッ、と突然鳴らされたテーブルに、一瞬鹿角亭から音が消えた。


 ……勿論俺達のうちの誰かではない。

 辺りを見回した視線が中空を彷徨って、机の脇に立つ何人かに、漸く気がついた。そしてその雰囲気も、テーブルをいきなり叩くような行為から解るとおり、とても友好的なものには思えなかった。


 その一人一人に見覚えは無かったが、ふと、名前の横のレギオンエンブレムに気がつく。


「あ、あー……」

「兄様お知り合い?」


 プライベートモード継続中のネージュの声に、俺は頬をぽりぽりと掻いた。


「いやぁ……こういう下品なことする知り合いは居ないと信じたいけど、あれです。さっきの戦争で踏んだ方々のお仲間みたいで……」

「踏む方がよっぽど下品だと思いますけど」

「いやいや、踏むのは下品じゃないよ、踏まれて涙目になってる女の子とか可愛いよね?」

「何言ってるのか良くわからないので死んでくださいこのヘンタイ」

「……言ってることがどうにも確信犯に私には思えるのだけど、ユキは実はヘンタイとか死んでくださいとか言われると興奮する人なのかな?」

「違います」


 どうにも締まらない会話の続くプライベートモードなど知るよしも無く、腕組みをして俺のことを睥睨する方々は、真剣そのもののようだった。


「うちのメンバーにつまんねぇことしてくれたみたいだな、屑野郎」

 

 どうも見下ろされるのは性に合わない。俺は立ち上がり、そして。


 脱兎の如く逃げ出した。

大分間が空いてしまって申し訳ないです……。ここのところ土日がつぶれることが多く、流石師走(私は師ではないですが)



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