005
ぽん、というどこか間の抜けた効果音とともに上がったポップアップウィンドウに目をやる。
――レティシアさんからのパーティー要請です。承認しますか?
ちらとレティシアの方に視線を向けて、返ってくるのはいつもの優等生然とした愛想笑い。承認すると、パーティーリストにはその場にいた全員の名前があった。
「流石にクロバールとの戦争がどうの、亡命がどうのなんて物騒な話、オープンモードでは出来ないじゃない。ユキちゃんは私との秘密のおしゃべりを期待したみたいだけど」
「だ、誰も期待なんてしてないからね!」
思わず出来の悪いツンデレキャラみたいな台詞が口を突いて出てしまったけれど、いや、突然パーティー要請貰ったらやっぱり何か裏があると思うじゃ無いですか……。
「本当にいつも気持ち悪い人ですね」
相変わらずな、カンナの冷めた声。
「まぁ元気出せや……お前はもうそういう風に扱われる運命なんだ。たぶん女キャラ選んだ辺りから」
「ゲーム始めた時に間違えたってことですよね……なんとなくわかってました」
ジークのフォローになっていないフォローにむくれてみせる。
「良いですよー、作戦ですかー。ガンガン行こうぜで良いんじゃ無いですかねー」
「はいはい、兄様拗ねないの。ちゃんと真面目に考える」
「……はい」
ネージュにぽんぽんといなされて、ため息一つ、俺は姿勢を正した。
始まり方はいつもの適当なノリとは言え、カンナのこれからの銀剣における運命を、そして、数千というプレイヤーが所属するアグノシアの運命を左右する話だ。いつまでもふざけてばかりもいられなかった。
もちろんここでの会話がそのままアグノシアの方針になるわけではないだろう。だけど、そうなる可能性だってある……作戦の考案というのだって気の抜けないものなのだ。
そんな俺の様子を見て取ってか、レティシアがにこりと笑う。
「ユキには、きっともう何か考えがあるんだよね」
「……なんだかそういう訊き方ってずるいと思うんだけど。未だ何も思いついてなかったら私が馬鹿みたいじゃない」
「だって、私も思い浮かぶ位のこと、ユキが考えつかないはずがないもの」
……そう言う言い方もなんだかずるいと思う。
「これは、あれですかね。お互い掌に案を書き合って出し合う流れですかね」
そんな俺の軽口に、レティシアはきょとんとして、首を傾げてみせた。
「なんだろう、それ。あ、そのモンブラン私のー」
全く通じないばかりか、NPCが運んできた甘い物に完全に気を取られる始末で、俺は深々とため息をつく。
「……女の子相手に三国志ネタ振っても通じないと思いますけど」
コーヒーのような飲み物を啜りながら、澄ましてそんなことを言うカンナに恨みがましい眼差しを向ける。
知ってますよ、自分が女の子向けのまともな話題振りなんて出来ないことぐらい。三国志は男子の必修科目なんだよ。今となってはローマ史とかの方が好きだけど。カンナさんも読書家だけあってよくご存じですよね。
「まぁ良いよ……忘れてください。レティシアの考えてたことと一緒かは知らないけど……」
こほんと一呼吸置いて、俺は四人の顔を見やった。
「私はカンナの亡命は対クロバール決戦の中の作戦行動に組み入れた方が良いと思ってる」
コーヒーを小さく吹き出して咳き込んだのは、カンナだ。
「ごほっ……そんな大げさな」
「それが、そんな大げさでも無いんだよね。聖堂騎士団から狙われて、クロバールからアグノシアに亡命する……カンナは間違いなくこの戦争の一つの焦点なんだ、アグノシアから見るとそうでなくても、クロバール側から見た時には無視できないほどに、間違いなく……。だから、カンナの亡命に対してクロバールがどう動くか、それを考えずに動くと失敗する、そう思ってるんだけど……レティシアは?」
「私もユキと同意見だよ。亡命支援は、アグノシアの軍事行動のうちに組み込まれるべきだと思う……カンナが嫌じゃなければね?」
後出しで同じ考えだなんて言っても、追従くささを全く感じさせないのは、素直にレティシアの凄いところだと思う。そして実際……レティシアも同じ考えに至って居たんだろう。俺がサボっていた半年間、レギオンマスターとして様々な戦争に当たってきたレティシアにまだ勝っているだなんて思い込めるほど、俺も傲慢じゃない。
カンナは口元を拭って、顔を伏せた。
「そんな本当に……大げさですよ……私の亡命なんかのために、軍事行動だとか」
「勝つための手段を考えると、今回はそこに行き着くんだよ。カンナだけのためじゃなくて……だから、アグノシアのためにカンナにも、亡命を成功させて貰わないと困る」
そう言い切って視線をやった俺に、カンナはなんだか恨みがましそうにこちらを睨み返してきた。
覚えて居るのか、思い出したんだろう。今日の帰り道、自分も何かアグノシアの力になれないのかと言ったことを。
俺も最初からそれを念頭に置いて言葉にしたわけではなかったが、その言葉はちょうど相応しい物に思えた。
「ユキの論法は、なんだかずるいです」
「そうなんだよねー、兄様こう大義名分があると普段は言えないようなことでも、偉そうに言っちゃうからねー」
「なんだか不当に貶められている気がするんですけど……」
ちゃんと全力で作戦を考えて居るはずなのに……おかしい。
「しっかし、クロバール……聖堂騎士団も小せえよなぁ。ダンジョンで小競り合いがあったからって、国の作戦行動起こして潰しに来るとか、1プレイヤーにPKとか亡命阻止とか粘着するとかさぁ」
そんな直情的なジークの意見に、レティシアは苦笑を浮かべた。
「大所帯になると大変なんだよ。レギオンのメンツとかもあるし、自国民にPKされて放っておいたとなれば、内部の不満も爆発するだろうしね」
「……まぁレギオンマスター殿が言うならそうなんだろうけどな」
「ジークだってそういうのの調整、良くやってるじゃ無い」
「そうだっけか」
現役レギオン運営側の二人の会話に懐かしさのような、少しの苦しさを覚えながら、だけど、俺はふと、違和感を覚える。
――果たしてそれだけだろうか……。
俺は、聖堂騎士団のマスター、ユリウスを直接は知らない。その能力や人柄も、直接に聞き及んでいる訳では無い。
だけど……クロバールの軍事的統一を成し遂げたほどの男が、たかだかレギオンマスターやレギオンの運営メンバーでもない、1プレイヤーの問題で、国同士の戦いにまで及ぶだろうか、それがひっかかったのだ。
ただ、もうクロバールとアグノシアの戦争は勃発することが決まっている。その動機をあまり深く考えてももはやしょうが無く、違和感はすぐに俺の頭から消えていってしまった。
更新間が空いてしまって申し訳ないです。
静かに静かに、戦争に向かって進んでいく感じです。




