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003

―クロバール共和国 辺境領アリュージ

 澄宵月 15の日


 肩に担ぐように愛剣、清冽の剣(オートクレール)を振りかぶった。

 皆が重すぎると敬遠する大剣は、しっくりと手に馴染んでいた。正面から俺めがけて疾駆してくる片手剣使いにフォーカスを絞る。


 相手の剣がスキル発動に煌めいた瞬間、俺もスキルをコールした。


強撃ブローイング・スマッシュ!!」


 踏み出した右足が、沈み込むほど深く地面を叩き、低い音を鳴らす。スキルに体が後押しされる感覚に、しかし何故か、ターゲットした獲物が、満面の喜色を浮かべた。


「かかったな!」


 なんなの、真っ二つにされたいマゾなの、と一瞬引いたがそんなはずもなく……どうも何らかの罠にかけられたらしい。体に緊張が走るが発動したスキルは途中で止まらない。清冽の剣(オートクレール)の美しい刀身が寒気を感じるまでの光を放ち、中空に青白い三日月を描く。交差する、二筋の剣閃。


 クリーンヒット。

 芯を捉えられたボールよろしく、片手剣使いは元来た軌道を逆向きに吹き飛んでいく。大剣の衝突優位は相変わらず健在だ。俺ぐらいしか使って居ない今のうちは良いが、多少なり戦場で地位を確立したらいずれ修正されてしまうのではないかと心配になる。


 ともあれ、寸ででの相手の言葉が気になって大剣を体に引きつけガードの姿勢をとるが、なんら変わったことは起こらない。構えはそのままに四方をうかがって、そこで初めて、俺は後ろの地面にへばった小柄な女の子の存在に気付いた。

 ほとんど布地で出来た速度重視の軽装に、両の手に握られた二振りの短剣。もしやと思ってログを確認すると、どうも俺が倒したようだった。


「あ……強撃ブローイング・スマッシュの後ろ判定に巻き込まれたんだね……」


 繋がる。おそらくあの剣士の言っていた『かかったな!』というのはこの子のことだったんだろう。そして、俺が正面に気を取られている隙に後ろから、致命の一撃(フェイタルストライク)か何かで一突きするつもりだった。


 だが、大分長く伸びる大剣における強撃ブローイング・スマッシュの後ろ当たり判定を見誤ったか、逆に巻き込まれあたら命を散らす羽目になった……。

 

 警戒の甘かった自分を戒めつつ、とりあえず倒した女の子の背中を踏みつけておく。所属はクロバールの中小レギオン。よもや、クロバール全体からユキさんが指名手配を受けているわけではあるまいと思うが、この戦争で、レギオンぐるみで狙ってきたので、ちゃんとおわかりいただかないと。


 ソロで赴く戦場は久しぶりだった。ここのところなんだかんだで、カンナと一緒だったり、レティシアやジークと一緒だったり、ゲームの中で1人で居る時間は少なかった。今日も特段ソロで遊びたかったわけではないのだけど、夕飯を食い終わるなりログインしたら、まだ知り合い連中は1人もログインしておらず。あれ今日なんか宿題出てたっけなと不安になりながらも、回りを気にせず好き勝手にやるプレイの感覚がなんだか懐かしくなって、適当な戦場に飛び込んだというわけだ。


『踏ーまーれーたあああああ、悔しいいいいいいいっ!』


 女の子の亡骸が淡い光となって消えるとともに、インフォメーションウィンドウの広域チャットに流れるログ。復活した子が、あふれ出る思い余ってオープンで絶叫した模様。


『踏みつけるとかマジ屑か……相手の気持ちになってみろよ』

『ユキって奴。ぶっ殺そうぜ。踏み返してやろう』


 続いた、そんな正義感溢れる台詞に思わず唇の端がつり上がってしまう。ネージュからは思いっきり悪役と評された表情に、今のユキはなっていることだろうと思う。

 どうもみんな、相手が『悪』だと確信できる時……自分たちが『悪』を倒す『正義』なら何をやっても良いと思うところがあるらしい。レギオンの力を背景に嵩にかかって相手を倒し、自分たちがやられると腹立たしいこともやることに躊躇しない。カンナを狙ってきた聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中もそうだ。

 今までやってきたMMORPGの多くがそうだった。みんなPKをすることには躊躇するのに、PKを倒す……PKK(PlayerKiller Killing)には勇躍して志願し、倒した相手に好き勝手な罵声を浴びせかける。

 

 そんな『正義』に振り回されるぐらいなら、筋の通った『悪』で居たいというのが俺の信念。

 悪の華を貫くユキさん格好いいし可愛い。正体は単なる煽り屋クズプレイヤーですけど……。


 身を低く沈め、跳躍の準備動作に入る。どこまで吹き飛んでいったのかは知らないが、漸く戻ってきた片手剣使いを視界の中央に据えて、俺はうっそりと呟いた。


「かかってくれば? 殺してあげるから」




 戦争自体はいつもの如く、アグノシアの惨敗だった。


 陥落した最後のフラッグポイントを前に、しかし俺は、大剣を地面に突き立て、満面の笑みで額の汗を拭う仕草をしてみせた。勿論仮想世界の中のユキさんは汗をかいたりしはしないが。


 中空に浮かぶリザルトウィンドウ。キルスコアランクの一位に輝く、ユキの名前。


 フラッグポイントの向こうにどうにもいたたまれない表情で佇むのは、あの後も俺を散々狙ってきて、散々返り討ちにされたレギオンの連中だ。


 そんな連中に向かって、ユキさんはにっこりと微笑む。


「お疲れ様でした。群れても雑魚のみなさん」


 殺気というべきなんだろうか、色に例えるならどす黒い感じの雰囲気が連中から吹き上がるが、流石にやられた手前罵詈雑言を吐くのは気が咎めるらしい。俺はあまつさえ、可愛らしく手をふってみせたりなんかする。つくづく自分って屑だなぁと思います、こういう時。


 存分に楽しんで、補給のためにシルファリオンに戻ろうと思った間際、耳元で聞き慣れた声が鳴った。


「兄様ー、何やってるの?」


 俺のことを兄と呼ぶ人間はもちろん1人しかいない。もう1人ぐらいお淑やかで面倒見が良くて、俺のことを慕ってくれるのが居てくれても良かったなと最近思わなくも無いが、それは置いておいて。

 俺はネージュの1対1トークに返事をする。


「ソロで戦争行ってた。ちょうど今終わったとこ。っていうか、ゲームの中で兄様って言うのやめなさい」

「えー、今更どうして」

「ユキさんの中の人が男ってばれたら困るでしょ」

「……兄様はいよいよネカマになりたいの?」


 なんだかもの凄くげんなりした声を出された。


「それはない。カンナといい、みんなこんな可愛いユキさんのことネカマ呼ばわりして酷いと思うんだけど」

「はいはい可愛い可愛い、世界一可愛いよー」


 とても棒読みな台詞に、釈然としない思いになりつつ、俺は半透明に中空に浮かぶシステムクロックを確認した。現実では8時ちょうどを若干過ぎている。


――また銀剣で。


 そんな挨拶を交わして別れた栂坂さんを思い出す。あれは、銀剣で一緒に遊びましょうね-、なんて甘やかな別れの挨拶ではなく。

 今日は銀剣の中でみんなで集まって作戦会議をしようと話をしていたのだ。栂坂さんと、裕真と、藤宮さんと。だからあの挨拶は、適当な四埜宮くん、忘れずちゃんと時間通りにきてくださいね、という念押しに過ぎなかったのである。現実って無情。


「ごめん、ちょっと過ぎちゃったね。すぐ行くよ」

「早く来てね-、メルドバルトの鹿角亭。レティシアさんがにこにこしてて何だか凄く怖いんだよ……」

「速攻参ります」


 怒らせたら何をしでかすかわからない人ナンバー1にリストアップされている、レティシアの機嫌を損なうわけにはいかない。

 

 俺は拠点帰還のメニューを選び、急いでシルファリオンへと帰還した。

 

なんとか1週間1更新は守れるよう……。

来週からは少し更新ペース戻せそうです。


「嵐の前」はちょっとまったりパートっぽく。

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