001
時折、どちらが本当なのかがわからなくなる。
全力を賭して挑む何か、守りたいもののある銀剣の世界と。
ただ静かに平穏に、消化されていくだけの現実と。
「……なーんてね」
答え。現実は非情である。
どれだけゲームの中の時間が輝いていたところで、現実は現実だ。ゲームのために学校を休みでもしようものなら、親父にぶん殴られVRインターフェースは取り上げられ、クラスメイトからはあいつネトゲのために学校サボる廃人なんだぜ、と後ろ指をさされる未来しか残されていない。
所属する国家の存亡という事態にゲームの中で直面している今現在でも、平穏な生活を維持するためには、学校には来ないとならないし、日常はいつも通りに過ぎ去っていく。
せめて無駄な体力は消費しないようにと、こうやって体育の時間も隅っこの方に小さくなって気配を消しているわけなのだけど。
4限目、授業の内容はバスケットボールだった。一通りのパスや、数マッチの試合形式の練習が終わって、残りの15分余りは、自由にチームを組んでのプレイということ。クラスの中でも目立つ男子連中がコートを占有して楽しそうにやってくれている。怠けていたい俺にとっては有り難いことだった。
尤も運動神経の壊滅的な俺なんて、普通にしていたところで声はかかるまいと思う。
銀剣の中で『ユキ』としてならそれなりに動ける俺だが、ゲームの中の体を動かす頭の部分は現実の体を動かすところとは違うのか、それとも頭はそれなりだけど首から下の性能が悪すぎるのか。詳しい仕組みはよくわからないが、とにもかくにもゲームの中の運動神経と、現実のそれはリンクしないらしかった。
ちなみに、裕真は身長もあるし、現実での運動神経も良くて、今もプレイに混じっている。ほんと、あいつはなんで俺と同じような廃人やってるのか良くわからない。
――それを言ったらあっちの人もか。
体育館のもう半面では同じように女子がバスケットボールの授業をやっている。
すらりとした足が床を蹴り、乱れ一つ無いフォームでふわりとボールがその手を離れる。一瞬音が消えたような錯覚に、見事なスリーポイントシュートがゴールを射貫く。
栗色の髪を揺らして、チームメイトの歓声を受け止めたのは藤宮さんだ。
あちらの世界ではアグノシアを代表するレギオンマスターとして名を馳せるレティシアは、現実でもクラス委員長、成績優秀、運動神経も抜群。誰だよ天は二物を与えずなんてほらを吹いた奴は。
別に羨むわけではないのだけどね……現実のことなんて放棄したいけど放棄できないのでやむなくやりすごしているだけの俺にしてみれば。
ふと、ぼんやり視線を巡らせていた女子側のコートの隅に、俺と同じように膝を抱え込んで小さくなっている人を見つける。
プレイしていない連中も大抵は仲の良さそうなグループで固まっておしゃべりに花を咲かせているが、そんな集団からも離れて、ぽつりと1人座り込む、黒髪の女の子。
栂坂さんは相変わらず。現実では目立たず、人と余り関わらず、1人を決め込む姿は、ある意味、俺と一番似ていた。似ているからといってシンパシーを覚えるかというと微妙なところで、自分の姿を鏡に映されているようでちょっとどんよりしちゃうんですけどね……。
ゲームの中では、クロバール所属の魔法剣士。そして、始まろうとしているアグノシアとクロバールの戦争の、ある意味一番渦中に居るプレイヤー、カンナ。
アグノシアの危機という状況に加えて、俺に、俺達に課せられているのは、カンナの、クロバールからの亡命クエストを無事に成功させるというものだった。
100人を越える人数を抱える国家のトップレギオンから狙われる女の子。その女の子を救い出す、だなんて、まるでどこかの物語みたいだと思ってしまって、苦笑する。
――ついに物語の世界にいけるって……。
だけど、いつか栂坂さん……カンナも言っていたみたいに、VRMMORPGは本当に物語の世界に身を投じるようなものだった。VRインターフェースは、現実では叶うことの無い冒険を、願いを……叶えてくれる機械。誰だって大なり小なり、そういうことを期待して銀剣をプレイしているんじゃ無いかと思う。
物語の主人公みたいに、誰かを救いたいだなんて願いだって……。
「悠木危ない!」
そんな声が、自分の世界に入り込んでいた思考を引きずり戻す。
顔を上げた、すぐ目の前に迫る、人の頭大の茶色い物体……バスケットボール。
「っ!」
『戦い』の時の感覚、頭に焼き付いた回避のシーケンスが起動する。
体を起こして床を横に蹴る。ボールの弾道が頭の横をかすめていく。回避に成功したら、次に対処するために、武器を……。
「うぶっ!」
何も持たない右手を肩に担ぐように構え、着地しようとしたところで、俺は無様に体勢を崩して、横様に床に叩きつけられた。
壁に当たったボールがバウンドする音が、体育館に響き渡る。
「……大丈夫か? 四埜宮」
「あ、はい……大丈夫です」
ボールの回避には成功したものの、それ以上のダメージを貰って自爆した体の俺に、体育教師が微妙な表情で声をかけてくる。
銀剣の中なら、そのまま狼の牙でなり反撃に移るようなイメージだったのに、やはりここは現実。何もかもがイメージ通りになんていきはしないのだった。
――なんか今の、反応だけは凄かったよな。
――四埜宮ってあんな反射神経良かったっけ。
――まあでも結局ずっこけてるしな……。
そんなクラスメイト達のひそひそ声にため息をついて、どんより愛想笑いを浮かべる。
体育館を見渡した視界の隅で、栂坂さんも、なんだか呆れたようなため息をついていたような気がした。
間が大分空いてしまいました……!
ちょっと現実の方が忙しく。私もVRMMOの世界に行ってしまいたい……。
新章スタートです。更新速度、取り戻していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。見捨てないでやってください(っ-`)