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015

 その瞬間、空気がひび割れたような気がした。

 死亡状態だと体は一切動かないはずなのに、怒りによるものか屈辱によるものか、ぷるぷるとふるえが足に伝わってきた気がして。


「……あの、ねぇ、四埜宮くん?」


 ぎぎぎ、と軋みを立てそうな動きで首がこちらを向く。

 あ、復活しておいででしたか……。


「げ、ゲーム内でリアルネームは厳禁ですよ」


 ばん、っとすさまじい勢いで起き上がるカンナに、足をすくわれてよろける。バランスを立て直そうと必死になる視界の隅に捉えたのは、不滅の刃(デュランダーナ)が青白く輝く様だった。


「ちょ、ちょっとまっ」

「問答無用おおおおおっ!」


 いつかの戦いで見た片手剣の8連撃。あの後調べたので今はスキルの名前がわかる、大蛇(オロチ)だ。ああ、「八」岐大蛇(ヤマタノオロチ)から、ね、なんて納得したことを思い出しつつ。

 半ば宙に浮いた体では防御することも能わずに、神速で閃く八筋の太刀が、俺の体にクリーンヒットした。


 銀剣のシステム上、町中でのPKは不可能となっている。だけど、それを実現するシステム制約は、攻撃禁止では無く、ノーダメージなのだ。つまり、どれだけ攻撃を食らってもヒットポイントゲージは減らない代わりに、攻撃を繰り出すことは可能で、それに伴う被ダメージの感覚エフェクトは全て再現される。

 体中に差し込まれる鋼の冷たく不快な痺れる感覚。八回にもわたるそれを全て綺麗に叩き込まれて、俺は悶絶しながら地面に転がった。


「い、いくら何でもやりすぎじゃないで……うひっ」

 

 地べたから見上げた、頭の横に突き立つ不滅の刃(デュランダーナ)。いつか現実で見たままに、眦に怒りの涙を浮かべて、半笑いを貼り付けた、もの凄く怖い表情のカンナさん。


「何をどうやったらあそこから踏もうっていう考えが浮かぶんですかねぇっ、このヘンタイクズネカマ!」

「い、いやぁ……その、いつまでもカンナさんが起き上がらないからさ……もしかして期待されてるのかなって」

「誰がそんなこと期待しますか! 馬鹿じゃ無いんですか!?」


 視線を横に倒して見た、すらりとしたカンナの足はおちつかなげに動いている。どうも、無残に横たわったユキさんを踏みたくてたまらない衝動を必死に理性で押さえ込んでいるように見えた。その信念の強さは称賛に値すると思う。


 まぁ明らかにあそこから踏みに行った俺が悪いんですけど……今更素直に謝るのもなんだし、謝って許して貰えるものでもなさそうだし……。


「ほら……もう倒した相手を踏みつけるのは、ユキさんの生き様なので……」

「そんなどうしようもない生き様、さっさとひっそり幕を閉じてしまった方がいいと思いますよ」

「だ、誰にでも生きる権利はあると思うんだけどな……」


 精一杯の愛想笑いを浮かべる俺に、カンナははぁと盛大なため息を漏らした。


「もう、なんだか約束守るのも馬鹿らしくなってきちゃったんですけど」

「え、いや、約束を守らないのは良くないと思うよ……」

 

 そんな言葉に少し動揺してわたわたとしてしまう俺を、胡乱げに見下ろして、


「ユキは一体どこまで本気なのかさっぱりわからないです」

「……私はいつだって本気だよ?」

「嘘つき」


 ぴしゃりと言われて、俺は押し黙らざるを得なかった。


 少しだけ、考えてしまう。

 何が本気で、何が本気じゃ無いかなんて、自分でだって解らない。

 叶って欲しい願いはいくつもあるけれど、それが本当にどうしても諦められないような願いかと言うと、叶わなかったら泣いてしまうくらい悔しいかというと。

 今までの人生……なんていうと大げさ。でも、ため息と一緒に諦めたことばかりだった気がした。


 ゲームの中では、気に入らないものとは戦ってきた。その戦いに手を抜いたことは無かったつもりだけど、それはまた願いというものとは少し違う話な気がしていた。

 

 もし、この銀剣でどうしても叶えたい願いがあるんだとしたら、諦めきれないものが……まだ、俺にもあるんだとしたら……。


「……でも、やっぱりカンナには、アグノシアに来て欲しいかな」


 ぼそりと漏れ出た俺の言葉に、カンナは口を引き結ぶ。怒ったような、困ったような、難しい表情。


「ユキはそうやって……」


 言葉を選ぶような、少しの沈黙。

 また、カンナが口を開こうとしたその瞬間に、やけに落ち着き払って澄んだ声が響いた。


『ユキ』


「うげ……」


 思わずそんな声が漏れてしまったのはどうしてでしょう……。耳元で聞こえたのは、1対1のトーク、そしてその声は、間違いなくレティシアのものだった。


『お楽しみのところ、大変申し訳ないんだけどね?』

『な、何かな、お楽しみって。私はちょっと用事を片付けにきただけで』

『そう。それはそれは大事な用事なんだろうけど、みんなユキのこと待ってるんだけどなぁ?』


 明るくにこやかなレティシアの声に、何故か背筋が薄ら寒くなって、冷や汗のにじみ出る錯覚。何だろうこの妙なプレッシャーというか、迫力というか……。


「ご、ごめん。カンナ。ちょっと1対1トークが……」

「別に謝らなくて良いですよ。私のことなんて、元々ユキがストーカーよろしく勝手に絡んできただけじゃないですか」


 ……なんだろう、カンナさんの言葉にもやけに棘を感じるんですけど。

 そりゃ踏まれたらとげとげしくなりますよね、すみません。


「うん……その、みんなと行ってた戦争の打ち上げで、みんな待ってるって……」


 起き上がって頭を掻きやる俺に、カンナはふっと笑ってみせた。今度は棘の無い、柔らかい微笑みで。


「レティシアさんやジークさんとは久しぶりの戦争だったんでしょう? 早く行った方がいいんじゃないですか」

「まぁ、そうなんだけど」

「私は別にユキに居て欲しいなんて思ったことはこれっぽっちもないですし。それに……大丈夫ですよ、ちゃんと約束は守りますから」


 そんな言葉に、思わずまじまじとカンナの顔を見つめてしまう。

 黒髪の同級生は、一瞬だけ目を合わせて、すぐにぷいと横を向いてしまった。


「……それじゃ、お言葉に甘えてっていうのも何だけど、行ってくるよ」

「お好きにどうぞ」


 そんな言葉に苦笑い。


「また明日、栂坂さん」


 四埜宮くん、と呼ばれたことの意趣返し。プライベートモードだから漏れることもあるまいと。そんなことを囁いた俺に、カンナはきょとんとしてから、何故か頬を膨らませた。


「さっさと行ってください、ヘンタイゲスネカマの四埜宮くん」


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