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014

  ◇ ◆ ◇


 にっと、歯を覗かせた、獰猛な微笑み。

 それは、初めて戦場でまみえた時に、憎しみとともににらみ返したモノ。

 それは、あのカンディアンゴルトで、どこか羨望に似た感情とともに遠く眺めた表情。


 ユキの最初の印象。


 時折、寂しそうな顔をするユキ。どこか遠い微笑みを浮かべるユキ。

 『知り合って』から、大して長くも無い時間で色んな面も目にしてきたが、やはり、ユキには、この表情が一番似合うように思えた。


 そして、その表情をしてくれるなら、迷い無く戦えると、カンナは思った。


 なんで戦うことになったのか、戦いの先にあるものは何か、なんて考える必要は無く、ただ、この戦いを勝つために。


 バックステップで、大剣の広大な間合いから逃れる。追撃を警戒したが、ガードを解いて息をつくユキにそのつもりは無いようだった。だが、切っ先を地面に垂らした構えは弛緩しているようでいて、隙は感じられない。


 息を整え、間合いを計る。


 銀剣の近接用武器は、短剣、剣、曲刀、槍、斧の五つの基礎分類があり、それぞれの中でさらにスキル取得を進めていくと、上級カテゴリとも言うべき武器が出現するように出来ている。

 剣ならば、キャラクターを作った時に扱えるのは片手剣のみだが、片手剣から両手剣と細剣、両手剣から大剣、細剣から刺突剣という風に、スキルツリーが分岐する。


 ただし、分岐先の上級武器が戦闘において優れているかというと、そんなことも無いのが銀剣の武器デザインの面白いところだ。上級武器は何らかに性能が特化する――いわゆる『尖る』方向にデザインされていて、ある場面では滅法強いが、状況によっては使うだに苦労するということが多い。大剣などは、それが特に顕著な例だろう。


 カンナの得物は片手剣。小回りも効き、あらゆる攻撃方法にもついてくるオールラウンダー。対してユキの大剣は、『大剣使い』というだけで二つ名になるほどのマイナー武器。果てしないまでの火力特化。

 

 何度か戦い、そのたびに敗北してきた。

 だけど、今日こそは……そう、カンナは、不滅の刃(デュランダーナ)を上段に構え直す。

 あの規格外の攻撃力と重量とまともに戦うためには。


「っ!」


 無言の気合いとともに、地面を蹴る。青白い刀身が、さらに目映く煌めき、スキルの発動を告げる。朧月(ヘイジー・ムーン)。選ぶのは上段からの斬り下ろしの軌道。

 トールの槌(ミョルニル)で加速された体と剣は、跳んだ次の瞬間には大剣の刀身を打ち据え、火花を散らしていた。

 銀剣の中では、スキルの強化によって、とても現実ではあり得ない速度で地を駆け、天高く跳躍することが出来る。現実の肉体という制約を離れてみて感じるのは、人の頭というのは本当はすさまじい反応速度をもっているのだということだった。

 そんなあり得ない体の動きに、頭はついていく。戦いの空気に、勝ちたいという意志に応じて、思考はどこまでも加速していく。

 

 雷光の閃くような一撃を、だが、ユキは下段に構えていた大剣を刹那で跳ね上げ、危なげなくガードしてみせた。

 そしてカンナは……焼け付くような思考の中で、そのユキの動きが刹那のまた何分の一というレベルで……遅れたことを確かに感じていた。


 それは、大剣の強みでもあり、弱点でもある重量という制約。上から下への動きでは加速と威力へと転化するそれは、下から上への動きでは全ての動きを妨げる重しとなる。


 真っ直ぐに自分を見据えるハシバミの瞳に、何かを見抜かれたことを悟ったか、ユキは苦々しげに唇を引き結んだ。

 カンナは、にっと笑った。その間さえ、刹那。


「ああああっ!」


 ユキが動く。受け止めたカンナの剣を巻き込むように発動する、巻き打ちのスキル。

 だが、その巨大なトルクに巻き込まれるより早く、不滅の刃(デュランダーナ)は、清冽の剣(オートクレール)の刀身をかすめるように滑り、内側の間合いに踏み込んでいる。


「せあっ!!」


 がら空きの胴に青白い輝きが三点弾ける。初めてのクリーンヒットに、ユキのヒットポイントゲージは大きく削り込まれた。


 そのままさらなる連撃につなげようとしたが、首筋に感じた本能的な危機感に、カンナは弾かれるように後ろに跳んだ。直後にカンナの居た場所を引き戻された大剣が一閃して、背中を冷や汗が伝う。だが、攻撃を貰って苦しいのはユキの方だ。初めて『抜いた』という達成感に、自然に笑みがこぼれた。


「返り討ちにするんじゃなかったんですか」


 口を突いて出たカンナの言葉に、ユキはきょとんとして、それから苦笑いを浮かべた。


「カンナには、煽りの才能あるよ」

「絶対にしませんからね」

「そういう風に潔癖なことを言ってる人ほど、ダークサイドに堕ちると早いものさ」


 嘯いてユキは大剣を肩に背負い込んだ。


「やっぱり守りは大剣の性じゃない。いくよっ!」


 次の瞬間、ユキの姿がかき消える。一瞬の呆然があって、しかし、足に伝わる衝撃に、ユキが跳躍したことをカンナは理解した。


――上っ!


 既に直前迫る清冽の剣(オートクレール)。本当なら紙一重で交わして反撃に持ち込むべきだが、状況がそれを許さない。大きく後ろに跳んだカンナが着地するより早く、ユキは追撃の態勢に移っていた。

 大剣が叩いた地面から上がる濛々とした土煙の中で、淡い色の髪の少女の、赤い瞳が爛々と光る。


狼の牙(ウォルフスファング)!」


 土煙を吹き飛ばし、神速で迫る獰猛な大剣の一撃。正面から受ければガードごと貫かれるであろうその勢いを、カンナは傾けた剣でいなす。


 機動力を主に置く二人に、足を止めての打ち合いなどはありえない。

 

 地面に弧を描いて、交錯する軌跡。

 八の字を描いて飛び交う青白い軌跡、散る赤い火花。


 速度と手数で攻めようとするカンナに、ユキは大剣の重量と間合いを存分に生かし、その剣の動きを制約してくる。西洋の両手剣術の真髄は剣を合わせてからの動きだと言われるが、ユキの動きはまさにそれだった。剣を打ち合わせた瞬間、ともすれば剣を絡め取られ体勢を崩されそうになる感覚に、カンナはさっきの成功は幸運に過ぎなかったのだと、唇を噛みしめた。


 数え切れないほどに剣戟を交わし、それを積み重ねる度、しかし、カンナは心から焦りや様々な雑念は消えて、ただ剣をふるうことの嬉しさが満ちていくのを感じていた。


 刻まれる剣戟のリズムと、自分の全てを尽くして戦っているという感覚がもたらす、この上ない心地よさ。


 強い相手と全力を尽くして戦えることの喜び。戦いの行方や、その後にあるものさえ忘れて、勝ち負けということさえ忘れて、この撃ち合いが少しでも長く続けば良いとさえ、カンナは思った。カンディアンゴルトでのオルランドとの戦いの時……あるいは、思い返して見れば、戦場でまみえたあの戦いの時、ユキが戦いの最中に満面の笑みで剣をふるっていた瞬間、その時の気持ちを、今なら理解できるような気がした。


 どこまでも続くかに思えた剣のやり取りは、しかし、いつかは終わることは運命づけられていた。


 そして、その訪れは突然だった。


 ユキとカンナ、二人が繰り出した強撃が噛み合い、お互いを一際強くはじき飛ばす。

 大きく開いた間合いに、ユキは、あの獰猛な笑みを浮かべると、大剣を肩の上に引き絞った。


――次で決めるつもりなんだ……。


 そう確信し、カンナも不滅の刃(デュランダーナ)を大きく振り上げる。

 残った力の全てをかき集めた一撃。英雄から受け継いだ剣が、流星のような尾を引く。


 スローモーションのように訪れる決着の時の中、カンナは……。



 

   ◆ ◇ ◆


 お互いの体に深く食い込んだ刃。

 戦いの狂熱を冷やしていく、鋼の冷たい感触。

 

 ……カンナの華奢な体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 

 ほとんど相打ちだった。ただ、最後に物を言ったのは、武器の攻撃力だった。清冽の剣(オートクレール)はカンナのヒットポイントゲージを全て削りきり、不滅の刃(デュランダーナ)はわずかに数ドット、俺のヒットポイントゲージを残した。本当に、それだけのことだった。


 現実の体は全く動いていないはずなのに、全身を満たす心地よい疲労感と、心に満ちる満足感。


 俺は、カンナの相変わらず華奢な背中を見下ろす。艶やかな黒髪が流れる。デュエルによる死亡には何のペナルティも無く、その場で復活が可能なはずだが、カンナは倒れたままだった。何か思うところがあるのかも知れない。


「お疲れ様、銀剣やってて……一番良いデュエルだったよ」


 照れ臭さを感じながらも、そんな言葉を口にする。

 それは本心だったのだけれど、やはり、どことなく気恥ずかしさは隠せなくて。


 ……ついつい、本当に出来心だったんだ。ちょっと、照れ隠しもあって……あと、何だろう、神聖なる義務感というか?


 決闘の締めくくりに。


 俺は、倒れ伏したままの同級生の女の子の背中を、がしっと踏みつけた。


 

 

みんながあんまりに踏め踏めっていうから仕方なく!(ユキさん満面の笑みで)

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