013
メニューからデュエルの申請を選び、ターゲットを黒髪の少女に向ける。
カンナは、目を細めて中空を見つめ、それから指を滑らせた。
承諾。投げつけた手袋は拾われた。尤も中世の決闘のように、恨みも、傷つけられた名誉もあるわけでもないが、ただ、誇りをかけて戦うというのは、昔から変わらないところだろう。
「……ユキは、勝つつもりなんですか」
「うん?」
そんな言葉にきょとんとする。
「戦う以上、負けるつもりで戦ったことは一度も無いけどな」
「そういうことじゃなくてですね……」
何故だかカンナは俯いて口を尖らせる。なんだろう、俺また機嫌を損ねるようなこと言ったかな。
「……良いです。戦うなら、戦いましょう」
首をひねる俺に、カンナは右手を払った。
握り手の中に実体化する剣。
その動作は何気無いものだったが、青白い輝きを帯びる刀身の片手剣から放たれる威圧感に、俺は息を呑んだ。
不滅の刃。カンディアンゴルトのクエスト【剣の王】の報酬。古のレアンダール王国の英雄オルランドの愛剣を、カンナは受け継いだんだった。
ドロップを見た時もふるえたものだが、それが自分に向けられる状況で目にすると、改めてその存在感に戦慄に近い心持ちを覚えた。単なる電子データに過ぎないオブジェクトにそんな感情を覚えるのは考えて見れば妙な話だけれど……やはりあのクエストの物語と結びついているからこそ、感じるものなんだろうか。
木立の根元から離れ、開けた空き地で、向かい合う。
対人を中心にデザインされた銀剣では、戦争以外にもいくつかの対人システムが用意されていた。ブライマル自由都市連合にあるコロッセウムでは、チームバトルやバトルロワイヤル形式のPVPを楽しむことが出来るし、訓練所では特段報酬等はないが各国の都市を舞台にしてひたすら対人戦闘を繰り広げることが出来る。
デュエルはそんな中でももっとも手軽に行うことが出来る1対1の対人戦闘だ。メニューからデュエルを選び、いくつかのルールを選択、戦いたい相手に申請を飛ばすだけで、その場が二人だけの対人フィールドと化す。
ルールは時間無制限。どちらかがヒットポイントゲージを喪うまで続く、デスマッチモード。
不滅の刃の切っ先をこちらを射るよう差し向けるカンナに、俺も愛剣を実体化させ、右肩に背負うように構えた。
俺の武器、清冽の剣もカンディアンゴルトのクエストで入手したものだ。英雄オルランドの友、オリヴィエの愛剣が、【剣の王】のクエストを経て、真の姿を現した大剣。
かつて、幾度も腕試しで剣を交えただろう、オルランドとオリヴィエ、その再現では無いが……ふと、あのクエストでのオルランドの言葉が、俺の胸に蘇る。
――……そのような仲間さえ、俺はこの城の主としての責務と名誉に囚われるあまり失ってしまった。どうか……お前達にはそのようなことが無いように……。
何かを選ばなければ行けない時がある。オルランドは自分は間違えたのだと言った。
俺もかつて、誤った。失敗した。友の言葉を聞き入れることが出来ずに。
だから、どうかカンナには……自分の言葉を聞き入れて欲しいと、そう願う。
――かつてオルランドに届かなかった言葉を、私に貸して欲しい、オリヴィエ……なんて思うのは、ロマンティックに過ぎるかな。
自分の思考に苦笑しながら、『準備はよろしいですか?』そう無表情な言葉を伝えてくるシステムポップアップを押す。
カウントダウンがはじまる。
カンナは目を閉じ、詠唱を囁いた。青白い雷光が握り手からほとばしり、刀身を包む。魔法剣だが、これまで愛用していた火属性のスルトの剣ではない。おそらくは、雷属性のトールの槌、効果は確か速度増加の系統だったと思うが、記憶は曖昧だ。
一筋縄では行くまいと、唇を噛みしめる。どれだけ願ったところで……この戦いに負けてしまっては、言葉も説得力を持たない。道を決めるのは力でこそ。ユキらしくて良いと、自嘲混じりに嘯いた。
普通、デュエルが行われるのは賑やかな街が多く、物見客も山ほど付く。カウントダウンタイムも周囲の歓声で満たされるものだが、こんな辺境の村に通りかかるようなプレイヤーも居ない。
ただ静寂を、カウントダウンと、足摺が砂を踏むかすかな音ばかりが満たす。
ほんの30秒ばかりのカウントダウンを、随分長いものに感じた。
一際大きな澄んだ音が弾け、カウントダウンを刻んでいたシステムウィンドウが消える。その向こうに、綺麗なハシバミ色の瞳の、同級生の少女の姿。
「おおおおおおおおお!」
あの時……もうずいぶん前のことみたいだ。戦場で敵同士として戦った時は、仕掛けてきたのはカンナの方だった。
今度は、こちらから動く。
選択したスキルは、死神の鎌。清冽の剣の長大な刀身が弧を描いて、上段に構えたカンナの無防備な脚部に滑り込む。
青白い刀身が、まさしく稲妻のように動いた。
上段から捻り込むように回された不滅の刃が寸でで清冽の剣とぶつかり、目映い火花を散らす。片手剣と大剣の激突では、大剣の方が圧倒的に有利だが、カンナは態勢が崩れる前に衝突の反動を利用して、左に大きく飛んだ。
着地から、間髪入れずの反撃。俺の後背に回り込む動きに、大剣を体に引き寄せ、ガードの構えを取る。
閃いた切っ先は、ほとんど視認することが出来なかった。大剣の刀身にいくつかの火花が弾け、肩口や腕に鈍い痺れが走る。ダメージはほとんど無視して良いような小ささだったが……やはり、トールの槌の効果か、おそろしい速度。そして、その速度に振り回されず、完全に制動された剣運び。
剣の元の主に勝るとも劣らないカンナの動きに、鼓動が高まり、自然と唇の端がつり上がった。
「カンナは……どんどん強くなるんだね」
「……負けるわけには、行かないですから」
ぼそりと、ぶっきらぼうな言葉。
それは、選択は自分の手でするという強い意志によるものか、それとも単純に、屑のユキになんてもう負けられないという意地なのか。
負けた方が良いんだろうか、戦いが始まる前はそんな思いが全くないわけでも無かった。カンナが自分の意志を貫きたいと思うなら、選択はその人のものなのだから……と。
だけど、始まってしまえば、そんなものは戦意の炎に焼かれて灰になってしまった。
負けて良い戦いなんてあるはずが無い。強い相手と戦うこの焼け付くような歓喜。そして、強ければ強いほどに、それを打ち破らずには居られない。
元々戦争にのめり込んだのだって、アグノシアが弱くて、クロバールが強かったからだ。挑みかかって、勝たずには居られなかった。救いがたい、ゲーマーの性。
「お望み通り、返り討ちにしてあげる」
いつかも囁いた、挑発の言葉。