012
「迷ってるっていうんでしょうか。なんだか自分でも良くわからなくて」
「うん?」
横顔に視線を向けるけれど、カンナはどこか遠い方を見やったままだった。
「きっと、アグノシアに行ってみんなと一緒に遊ぶ方が、ずっと楽しいんだろうなって、そう思います。なんですけど、エルドールのマスターにも、藤……レティシアさんにも亡命したらって言われて、なんだか、それでいいのかなって逆に考えてしまって」
「カンナは素直じゃないなぁ」
「うるさいですね……ありません? なんだか、人が選んでくれた方向に従うばっかりで、自分でちゃんと考えてないんじゃって思うこと」
「……そうだねぇ」
問い返されて、考える。
そんな難しい選択をしたことがあったろうか。現実では、ぼんやりと平和な日々を送るばかりで……進路とかもこれまではそんなに真剣に悩んだことは無かったし、大学受験とかはきっとそれなりに悩んだりはするんだろうけど、まだ先の話。
そう考えると、真剣に『選んだ』ことなんてゲームのことばっかりだった。なんだよ、この駄目な人生。
「……私は、なんだか人のアドバイスとは、別の方向ばっかり選んできたかな」
「相変わらず捻くれてますね。人のこと踏むのやめた方が良いと思いますよ」
「あー、そればっかりは自分の選択が正しいと思うかな。カンナさん踏むと楽しいし」
「殺されたいんですか?」
もの凄い目で睨まれた。
「あ……うん、はは……。ほ、ほら、踏まなかったらこんな風に知り合うことも無かったわけだしさ」
「何出会えて良かったみたいなこと言ってるんですか。これほど最低な出会いも珍しいと思いますけど」
相変わらずの毒舌ぶりに、俺は深々とため息をつく。だけど、出会いが最低というのは否定のしようが無いだろうなと思う。踏んで煽った相手がしゃべったこともあるクラスメイトの女の子でした。まあ、スタートラインが最低なら、後は上がっていく一方なんで楽と言えば楽なのかも知れないが。
はたして今現在、少しでもスタートラインから上がったのか……というのは考えないでおこう。
「まあ……だけど、それ以外の選択はどうだろうね、考えてみると失敗ばかりしてる気がするよ」
「それは、レギオンの……ことですか?」
少し問いかけるのを迷ったような間があった。
「うん……それかな」
「レティシアさんは、元レギオンのメンバーだったんですよね? 昼間の話、聞いてた感じですけど」
「……あ、そうか。ごめんね、カンナは大分置いてきぼりだったよね、あの話……」
訊かれて初めて気付く。キャメロットとランドテーブルのことは、何も知らないカンナにはわからない話だったろう。
「大丈夫ですよ、昔のことに口を差し挟むつもりもなかったですから。ただ……ユキは昔のこと話してくれないですけど、時々、普段と全然違う……単なるクズプレイヤーとは違う顔することがあるから……。少しは教えて欲しいなって」
そんなことを言って、同級生の女の子は少し拗ねたように口をすぼめて、目を伏せる。
「ずるいですよ、ユキはいつも隠して笑ってばっかりで。私の泣き顔まで見たくせに」
「そ、そう言われても……」
俺の過去なんて。ただ、カンナには良い選択をして欲しいと……俺みたいに色々引きずりながら銀剣を遊ぶことの無いようにして欲しいと、そう思っていただけだった。
ただ、昔も誰かから同じようなことを言われたことがあった気がした。俺は自分のことを人に隠しすぎるらしい。自分を見せてこそ、伝わることもあるって、言ってくれたのは誰だったっけ……。
カンナは顔を上げて、こちらに真っ直ぐに視線を向けてくる。目が合う、ハシバミ色の綺麗な瞳。
「ここ数日のこと、ユキには色々教えて貰ってばかりだから……私だって少しぐらいは……って、言ってるんです」
少し頬に朱をさして、そんな言葉。
びっくりしてしまう。びっくりして……これ以上誤魔化すのも苦しくて、俺は頬を掻いた。
「そんな、ほんともう昔のことだからね」
「そういう割に、まだ引きずってるってわかるから言ってるんですよ」
手厳しい言葉に、思わず苦笑いが漏れた。わかってる、自分でも、いい加減引きずりすぎだって。
諦めのため息。手探りで記憶を引き寄せながら、俺は、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「……半年前さ。レギオンを解散したときだけど……その発端になったのは、あるメンバーがもう戦争ばかりで嫌だって言い出したことだったんだ。
その子は、レギオンを組んだ頃からのメンバーでさ、私もレティシアとかも、仲も良い子だったから、急にそんなこと言うの意外で、何か嫌なことあったのかなって……少し話をすればわかってくれると、割と簡単に考えちゃってたんだ、最初は」
言葉を切って、カンナの方を少し覗う。じっとこちらを見るハシバミの瞳に、なんでか記憶の中のその子の目が重なって見えて、俺は頭を振った。
……たかが、ゲーム。されど、ゲーム。
MMORPGというのは難しい。ゲームだけれど、やりたいことをやるためには一人の力ではどうにもならないことがあったりして、色んな人と協力することが必要で、だけど、自分のやりたいことが他の人のやりたいことと完全に一緒になることはまず無い。
その頃、俺は戦争に夢中で、戦争に勝つことに夢中で……その子と何度も話をしたけれど、だけど、戦争中心に向かっていくレギオンを変えることなんて、考えていなかった。要は、俺の考えをその子に解ってもらうことばかりで、その子の考えを本当に聞く気なんて、はなから無かったんだと思う。
その子は、現実の友達がクロバールやラプラスに居たんだという。戦争でそういう友達と戦うのは別に構わないし、むしろ楽しいのだけど、負けた時の話し合いが荒れたりした時、ゲームとして楽しむくらいの気持ちで戦っている自分がいたたまれなくなって辛いと言っていた。
それは、今になってみれば、このゲームで何を選ぶべきかという一つの問いかけだったのだと、思う。
銀剣で戦争に勝つことを本当に突き詰めていくと、キャラクターの育成とか、装備の質とか……戦争をしている以外の時間も、戦争のことを考えてやっていかなければならなくなる。噂に聞く限り、クロバールの聖堂騎士団はそう言う方向に大きく舵をきったレギオンだろう。
当時の俺は、そこまでのことは考えて居なかった。いや、考えることが出来ていなかった。
戦争に勝ちたい、だけど、レギオンメンバーの時間を縛るようなお願いをすることは、気が引ける。そんな中途半端な心持ちなのに、なまじっか勝ててしまったために、いつの間にかレギオンをそういう場所に近づけてしまっていた。
昔からのメンバーにはその子に同調する人も多かったけれど……そう言う人達の言うことを俺は、ついぞ……本当に理解することは無かった。
話し合いは平行線のままこじれて……戦争を積極的にやりたい人の中には、その子がラプラスやクロバールに居る友達に作戦内容漏らしているんじゃ無いかなんて言い出す奴も居て……。
俺が自分の間違いに漸く気付いたのは、その子が引退――銀剣のプレイヤーキャラクターを消すことを決めてからだった。
「……引き留めたけど、無駄だったよ。別に私に恨み言を言うでも無く、ただ、ちょっと寂しそうにして、その子は消えて行った。
それで一応その話は終わりになったんだけど……レギオンの中はすっかり険悪な空気が残っちゃって、それに、私のせいで仲の良かったメンバーが引退まで追い込まれたっていうのに、その頃の私は耐えきれなかった。
別に今なら、踏んだ相手が引退しようが何しようが気にしないけどね」
ちょっと茶化して見せたけれど、カンナは俺を見つめる真っ直ぐな眼差しを少しも揺らがせはせず、俺は後頭部を掻きやる。
「それで、私はレギオンを解散することにして……メンバーにも申し訳が立たなくて、なんだかメンバーだった人と顔を合わせるのも辛くて。ジークはリアルでも知り合いだったし別だったけど……そう、みんながリアル知り合いだったらまた違ったんだろうけど、そこもMMOって難しいよね。
結局、色んな人に引き留めて貰ったのに、私はフレンドリストを全部消して、本拠地もエクスフィリスからシルファリオンに移して、ソロプレイを始めたの。それだけ……だよ」
話を終えると、少しの静寂が訪れる。
カンナは俺の長い話を、自分の中で整理しようとしているみたいだった。
似ている、と思うだろうか、自分の今の状況に。
マスターではなくて、メンバーとしてその状況に巡り会ったカンナは何を思うんだろう。
「ユキが、失敗したって思うのは……どうするのが正しかったって今なら思うんですか?」
しばらくして紡がれた、そんな静かな問いかけ。
「難しいね……ずっと一緒に遊んでたかった。でも、かといって戦争のことを諦めるのも嫌だったし……何か良い道があったのかっていうのは、今でも解らないよ。
だけど、私が思うのは……あの時、一人だけで考えずに、レティシアとかジークとか、他の人達ともちゃんと考えていることを全部打ち明けて話してたら、また違った終わり方になってただろうし。
あとさ、さっきまで行ってた戦争、レティシアや元同じレギオンだった人達も一緒だったんだ。なんだろう……やっぱり自分のせいで誰かに迷惑というかかけるとさ、辛くて、一人になりたくなっちゃうけど、それは間違いなんだなって、そう思った。やっぱり一緒のレギオンに居た仲間と遊ぶのは楽しかったし、みんなに変な心配かけちゃってたし」
勝手をやった俺に……まぁ踏まれたり蹴られたりしたことは置いておくとして……レギオンに戻ってくる気は無いのかといってくれたレティシアに、笑顔で久しぶりと行ってくれたゲルトさん。結局、いたたまれないと思っていたのは俺ばっかりで、誰も、そんな責任の取り方なんて望んでなかった。
「だから……カンナも」
そう、俺のことは良いんだ。レティシアと、ゲルトさんと再会して、きっとこれからクロバールと戦争を本気で戦っていくとなったら、他のメンバーとも再会して。いつか半年前のことも懐かしく思い出せる日が来るのかはわからないけれど。
あの子は俺のことを許してくれるのかは、わからないけれど……。
今は、カンナがこれからも銀剣を楽しく遊べる選択をしてくれれば、そう思う。
同級生の女の子は、じっと俺の方を見て、何故か少し目をそらした。
「ユキは、私が亡命した方が良いと思ってるんですか?」
「え? あ、う、うん」
突然の問いかけに……俺にしてみると何を今更という感じではあったのだが、それだけに、とってつけたような反応になってしまった。
「……本当に?」
「そ、それはもちろん」
胡乱げな目を向けられて、俺はため息をつく。
一体この捻くれた同級生は、どうすれば俺の、みんなの言葉を受け入れてくれるんだろうか。
「……なら、こういうのはどうかな?」
「なんでしょう」
「1VS1のデュエルをしよう。私が勝ったら、カンナは絶対亡命する。負けたら、カンナの好きにする、これならそんな悩む手間も省けて、良いでしょ?」
にっと笑った俺に、カンナはきょとんとした。
週末に二章と言いましたが、一章だけになってしまいそう……昼間少しごろごろしていたら起きたら夕方だった、何を言ってるのかわからねぇと思うが
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