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010

「全軍、突撃!」


 俺が用いたのと同じ、ラウドボイスのスキル。だが、俺の声なんかより、余程澄んで、力強く、遠く、その声は響き渡った。

 

 レティシアの烈声に呼応する鬨の声。アグノシアの軍勢が黒い波となって丘を駆け下りる。

 

「くそ、あとちょっとのところで! 下がれ! 態勢を立て直す!」


 舌打ちの音も鋭く、退いていくクロバールの連中に、俺は……俺だけじゃない、死にものぐるいで戦線を支えて居た奴らはみんな、その場にへたり込みながら、一瞬で攻守を入れ替えた戦線の有様を見やっていた。


 マップに描き出される、赤と青の波。


 図らずも、アグノシアにとってみれば絶好の、クロバールにとっては最悪のタイミングでの援軍の参戦となった。クロバールはこちらの戦線を抜くために、整った横陣を崩していた。攻めのための陣形を取ったところに、アグノシアの吶喊。

 当然クロバールは防衛の態勢に戻ろうとしたが、間に合わず。その配置換えの混乱の最中に、鏃のようにアグノシアの先陣が突き刺さることになった。


 赤の戦線を切り裂き、その傷口を押し広げていく、ラウンドテーブルの黄金の鷹の旗。感嘆と安堵と。様々な感情が入り交じったため息とともに、マップを眺めていた俺の右腕を、誰かが掴んでぐいと引き上げる。


「なぁにサボってんだよ」

「いたたた……ちょっと、女の子の体を乱暴に扱わないでくれる?」

「きめぇ」


 そんな言葉とともに途中まで引きずり上げられていた腕を放され、俺は尻餅をついた。

 見上げた、言葉に反して笑顔で俺を見下ろしていたのは、声で解ってはいたのだけど、ジークだった。


「全く、ここまで老体に鞭打って頑張ったんじゃから、少しぐらい休ませてくれてもいいのにのう」

「ゲルトさん、大丈夫でした?」


 ジークに並んで槍を杖のようについて立ったご老公は、にっと笑ってみせる。


「まだまだ小童どもには負けぬといったところじゃ。ほれジークこそさっさと働かんか」

「俺の役割は、爺さんたちを拾ってから二次攻撃ですよ。つっても、あとはわーっといきゃ何とかなりそうな感じだけど」

「相変わらず適当だなぁ……」


 あくまでも適当で明るい、旧友の様子に苦笑して、俺は回復を呷りながらマップをもう一度見やる。


「……まだ、油断は出来なさそうだけどね」


 楔は既に敵陣に打ち込まれた。

 だが、相手も最強国家クロバールで前線を張る軍団。少なくとも浸透戦術を実行してくるレベルで、統制が取れている。戦列を数層貫かれながら、潰乱の気配は見せない。

 どれだけ洗練され威力のある突撃でも、その前進が無限に続くわけでは無い。油断は出来なかった。敵の枢要を破壊する前に勢いを止められてしまえば、それは単なる、『三方向を敵に囲まれた』状況と成り下がってしまう。


「……突撃で混乱を来してる突破点周辺を中心に、着実に正面圧力をかけてくのがいいと思う。抜いたからってそこにさらに戦力を投入するのは良策じゃない」

「流石、万軍にも匹敵すると称えられた軍師殿。俺もそれが良いと思う。その通りに行こうぜ」

「調子良いなぁ……」


 明らかに何も考えていない様子のジークに、俺はむすっとむくれて、大剣を杖に立ち上がった。

 そんな俺に、ジークは少し頭を掻いて。

 

「まぁ、なんだ……遅くなって悪かった。ちゃんと支えてくれてありがとな」

「……感謝されるようなことじゃない。戦争勝てるように頑張るのは当たり前のことだよ」


 ……なんだろう、急にそういうことを言うのは止めて欲しい。自分でも似合わないことこの上ない言葉で咄嗟に取り繕ってしまって、ジークにも呆れた笑いを返された。


「どの口が言うんだか。勝ち負けどうでも良く、粘着専門のソロプレイヤーがよ」

「ユキはツンデレだからねー。ゲームだけで見てればほんと可愛いのに」

「うるさい」


 ユキさんが可愛いのは事実なのだけど、余計なことばかり言うネージュを一睨みしておく。


「さ、まぁ、行こうぜ、俺もいい加減レティシアにどやされちまう」

「別にジークがどやされようがしったこっちゃないけど、そうだね。ここまで来た戦争、最後までやりきろうか」


 マップをもう一度見やる。

 

 先に盾と斧を構えて走り出したジークに続く。

 まだ戦いの音は途切れない。




  ◆  ◇  ◆


 戦争はゲーム内時間で半日……1時間強に及んだ。


 と言っても、援軍の到着まで戦っていた時間の方が長かったようだ。

 攻勢に転じてからの決着は、案外早かった。

 決着と呼んで良いほど明確なものだったのかは、恐らく両陣営ごとに言い分があるだろうと思う。

 それは……アグノシアが攻め返し、クロバールの守勢がほぼ覆せないというところまで、ラインを立て直したところで、クロバールの連中が撤退を始めたからだった。


「……相手が退くというならどうぞご勝手に。ツィタディアはアグノシア領のままというのが、結果を表してるでしょう」


 潰走とは、言い難い。ありったけの魔法と矢を撃ち放ち、火力の壁を作って整然と後退していくクロバールに、レティシアは追撃せずの判断を下す。


 それでも、自然に歓声があちこちから沸き起こった。


「やったぞ! ざまぁみろクロバール!」

「最強レギオン様が尻尾巻いて逃げてくんじゃ世話ねぇな!」


 相手にも聞こえるように、オープンモードで大声で上げられる叫びの中で、俺は人知れずため息をついた。

 正直なところ、勝利の喜びより安堵の気持ちの方が勝ってしまった。全面開戦にもまだ至っていない、前哨戦、様子見と行った程度の戦い。だが、それなればこそ、純粋にアグノシアはクロバールとまともに戦えるのか、という風に見られてしまう戦い。


「なんだよ、やけに諦め早いじゃねえか……」


 不満げに、小さくなっていくクロバール共和国旗を睨み付けるジークに、俺は柔らかい感触の髪をかき回した。


「この戦域の占領に大した意味は無いしね。それに、クロバールの連中にしてみれば、途中で退いておけば、元々様子見程度のつもり、そこまで力を入れた戦いじゃ無かった、なんていう風に言い訳も出来る。完膚なきまでに叩きのめされた後じゃ、そんなこと言っても説得力皆無だけど」

「なんだそれ男らしくねえ」

「男らしさだけじゃ戦争は出来ないんだよ、ジークくん」


 クロバールの連中が、アグノシア侮り難しと認識を変えるかは微妙なところだろう。戦い方を見ても……そもそもこの時期に仕掛けてくる戦い自体が、本気であるはずは無いのだ。良くて、思ったよりやるじゃないか、なんて上から目線の感想が出てくるぐらいだと思う。

 だけど、アグノシアからすれば、数に勝るクロバールを撃退したという戦果は大きい。クロバールと戦えば負け続き、勝てるはずが無いという気持ちが染みついてしまっているアグノシアの人達に、やりようによっては勝てると思って貰えることは、この後の戦争の運びに大きなプラスになるはずった。

 

 賭けには勝てた。賭け、なんていったらレティシアは怒りそうだけど。


「それにしても、ユキは漸く戻ってくる気になったのかいの」


 ゲルトさんのそんな声。

 槍を杖に背筋を伸ばして立ち、昔と変わらない優しい目で見つめられて、俺はちゃんと向き合うことも出来ず、縮こまって頭を掻くしか無かった。

 昔の……キャメロットのメンバーのまたこうやって顔を合わせて話すことは、やっぱり嬉しかったのだけど、それと同じくらい気まずさというか、気恥ずかしさというかが、改めて先に立ってしまった。


 レティシアも、ゲルトさんも、何も変わらず接してくれるのだから、悪いのは俺なのだ。

 ゲルトさんにも何度も引き留めて貰ったのに、それを振り切ったのは俺で……それを、今更、なんて。


「あの……そういうわけでもないんですけど。あ、そういうわけでもないっていうのは、戻ってきたくないとかそういうわけじゃないんですけど。

 実はちょっとレティシアと思いも寄らないところで接点があって……それで」

「ほう、ならばレティシアとはもう色々話したんかの?」

「まぁ、それなりに」

 

 リアルで詰られたり、ゲーム内では踏まれたり……。それなりに……?


「そりゃ良かった。レティシアもずっと寂しがってたからのう、ことあれば、ユキはどうしてるかな、ユキならどうするかな、とまぁ、それはそれは」

「爺さん、レティシアに聞かれたら大変なことになるぞ……」


 ジークが肩をすくめる。なんだろう、キャメロットの頃はレティシアってもっとちゃんと猫を被ってた気がしたんだけど、ラウンドテーブルでマスターになってから恐怖政治路線に転換したのかな。

 

「そんなわけで……その、レギオンに入るとか、そういうことはまだ。ただ、レティシアやジークに色々言って貰って、いい加減、一緒に戦争するぐらいは良いだろうって。クロバールとの全面戦争にも私の力が必要って、そんな、どこまで役に立つのかわからないですけど」

「今の戦いでユキは十分活躍してたと思うがの」


 ほほ、と笑うゲルトさんに、思い出すと気恥ずかしく頬を掻いてしまう。

 敵にも味方にも聞こえるような大声を出したり、見ず知らずの人に命令したり、泣きかけたり。


 そんな俺の表情を見て取ったか、ジークがため息をついた。


「お前クソプレイする癖に、妙なところで人目を気にするよな」

「そういう年頃なんだよ……」

「あと、仕草とか表情がすっかり女の子でなんていうか気持ち悪い……」

「うるさい」


 女の子が女の子らしくて何が悪いと言うんだろう。あ、勿論ゲームの中での話ですけどね。ロールプレイ、ロールプレイ。


「まぁ、何にせよまた遊べるのは良いことじゃ。よろしくのう、ユキ」

「……はい。よろしくお願いします」


 俺は、ぺこりとゲルトさんに向かって頭を下げた。


「さ、レティシアもそろそろ残務処理あがることだろうし、祝勝でちょっと騒ごうじゃねぇか。まだ、ユキもネージュも時間は大丈夫なんだろ?」

「宿題も済ませてあるし、大丈夫です!」

「ああ……宿題とかそんなもんもあったな……」


 どんよりと顔を見合わせたジークと俺に、ネージュは肩をすくめる。


「ユキも、ジークさんも、成績落ちてゲーム禁止とかになったら目もあてられないんだからね、ちゃんとしてね」

「はい……」


 中学生女子にどやされる高校生男子2人。


 レギオンチャットだろうか、恐らくレティシアと何かやりとりをはじめたジークとゲルトさんに、俺は少し手持ちぶさたに、空を見上げた。


 ……ふと、システムウィンドウの隅、パーティーメンバー一覧の半透明の窓が揺らぐ。


 ユキ、ネージュ、ゲルト。その下に薄灰色で描かれていたカンナの名前が、アクティブの白になる。


「あ……」


 しまった、と少し思う。ネージュはまだ良いとして、ゲルトさんのことなんてカンナは全く知らない。見ず知らずの人がパーティーに居て、びっくりするかな、そう思ってメッセージを送ろうとしたが。


 カンナの名前は、少し戸惑うような間を見せて、それからパーティー一覧からすっと消えた。

久々のカンナさん。

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