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009

  ◆ ◇  ◇


「パーティー編成状況は?」

「正規編成パーティーが6個、機甲編成3個。未編成が20人ほど」

「集まりが悪い! せめて正規編成が10個にならないと厳しいのに!」


 参謀役のレギオンメンバーがびくりと肩をすくめる。レティシアは自分の声の荒さに自分でも驚いて、両の掌を握りしめた。


「……ごめんなさい。マスターが冷静さを欠いていたらどうしようもないね」

「ラウンドテーブル以外のレギオンの援軍が少ないからな。やっぱりみんな、クロバール相手ってことで怯えてんのか」


 こつこつと鋼の小手の上で指を鳴らすジークに、レティシアはため息を漏らす。


 ……ゲームというのは難しい。所詮ゲーム、と人は言う。

 誰だって勝ち目の薄い戦いはしたくないのだ。回復アイテムや装備の耐久を消耗して、倒されて敵に嘲られ、勝利報酬も貰えない。危機的状況と言えども、ここツィタディアが陥ちたところで、まだアグノシアが滅びるわけでもなく、重い腰が上がらないというのが実状なのだろうか。


 ユキの言った通りだ。こんな士気の状態じゃ、クロバールとの正面戦争はとてもではないがおぼつかない。


 かつてのレギオンマスター。戦略、戦術の考え方を教えてくれた人の頭の中では、もうクロバールに勝つための、戦争全体の絵が描かれはじめているのか。


――そう、こんなところで慌てているようじゃ、トップレギオンのマスターの名が廃っちゃう。


 各地に散っていたラウンドテーブルのレギオンメンバーは、それぞれ参加していた戦争が終息次第向かってくれている。結構な人数がまとまって参加しているラプラス方面の戦争があと一つ終われば、最低限の人数はそろえられるはずだった。


 ただ、それまでもつか……。


 レティシアは、『兵棋盤』で描き出されたマップの上の戦況を眉をひそめて見下ろした。

 SFアニメに登場するホログラフの戦況図を想像するのが一番近い。ぼうと燐光を帯びて浮かんだポリゴンフレームで描き出される地形の上に、簡略化された戦力の配置が、敵方は赤、味方は青のアイコンで映し出されている。

 刻一刻と移りゆくそれは、戦況をある程度リアルタイムに反映しているが、その正確さはレギオンメンバーの索敵(サーチ)情報伝達(テレグラフ)のスキルレベルに依存していた。


――戦争の基本は、情報の把握。現状の正確な連携と、指示のスピードが何より大事。


 そんな元師匠の言葉に従い、ラウンドテーブルのメンバーには両非戦闘スキルの取得を積極的に推奨している。ラウンドテーブルの『兵棋盤』は銀剣でもトップクラスの正確さだという自負があった。

 

 『兵棋盤』は刻々と悪化していく戦況を、無慈悲に正確に、映し出している。

 アグノシアの戦線の後退速度は増すばかり。自分たちが戦場に到着してから、フラッグポイントは5つも陥とされた。ツィタディア平原の既に半分が、クロバールの領域の扱いだ。

 援軍を投入する前に、フラッグポイントを全ておとされては元も子も無い。この戦争は敗北で終了してしまう。

 かといって、中途半端に援軍を投入しても、ただでさえ数に勝るクロバールに各個撃破の憂き目に遭うだけ。


 厳しくなる一方のマスターの表情に、ジークは肩をすくめた。


「久しぶりに一緒に戦うユキに、良いとこ見せたいのか?」


 レティシアは一瞬きょとんとして、それから顔色一つ変えずに花の咲くような笑顔を浮かべてみせた。

 芸術品と言っても良い笑顔のはずなのに、ジークはたじろぐ。それが、我らがマスター殿の一番怖い表情であることを、付き合いの長い彼は重々承知している。


「こんな大変な時に戯れ言を言う余裕のあるジーク君は、さぞかしこの戦いでは活躍してくれるんですよね?」

「丁寧語怖いから止めてくれよ……」

「負けたらレギオン城のバルコニーからバンジージャンプして貰うからね」

「勘弁してください」


 ぽりぽりと後頭部を掻きやる重騎士の姿にふん、と鼻を鳴らして、レティシアはまた兵棋盤に視線をおとした。


 ……わかっている。自分に余裕が無いと言うことは。先ほど考えた通り、この戦争に負けたらクロバールとまともにことを構える糸口を、アグノシアは喪ってしまうかも知れないのだ。

 敗北の全ての責任がレギオンマスターにあるはずがない。それでも、その全ての責任を感じなければならないものなのだ、レギオンマスターというのは。


 だが、どれだけ気を急いたところで、戦力が整うのを待つほかはなく。自分に出来ることは、集まった戦力が最も効率的に動けるように、編成を組み上げることのみ。

 それまで、戦線がもつのかどうかは、信じるしか無いことだった。


「……信じてるからね。ユキ、みんな」




  ◆  ◇  ◆


「っりゃああああっ!」


 烈声とともに振り下ろされてきた剣を横薙ぎに弾く。

 そのまま攻撃に移ろうとした視界の隅に凶暴な銀色が煌めく。横合いから突き出された、刺突剣。


「っぐ!」


 大剣はその重量と攻撃力から、打ち合いに負けることはほぼ無い。ただ、その分犠牲になっているのは小回りだ。

 本来ならディレイに攻撃を差し込まれないよう立ち回りでカバーするべき弱点だったが、戦況がそれを許さなかった。

 致命傷にはならないだろうが、体を貫くダメージの冷たい感触を予想して顔をしかめる。

 

 だが、それが届くことは無かった。

 刺突剣使い(フェンサー)の肩口に、俺の頬をかすめて矢が突き刺さり、よろけたところを、ともに戦線を組んでいた味方の片手剣が斬り伏せる。


 倒れ込むクロバールの戦士の向こうで、にっと笑ってみせた好青年風の剣士に、俺は微笑みを返した。


「ありがとう、助かった!」

「どうってことない。一人でも倒れられたら困るからな」


 青年の言葉に、心から同意せざるを得ない。そんな短い言葉を交わすのが精一杯で、俺も、彼も、間髪入れずに襲いかかってくる剣戟を捌く。


 どれだけ戦ったか、そう思い返すのも何度目だろう。それでも、まだ自分は死ぬことなく立って剣を振るっている。押される一方とはいえ、戦線は崩れず、なんとか援軍まで耐えしのげるように思えた。


 だけど……また、何合か剣を打ち合わせてなんとか敵を押し返した時、視界がぼやけるような感覚に、俺は思わず額を抑えた。


――これ……は。

 

 銀剣の世界では、体が疲労することは無い。この仮想現実の世界の中でどれだけ派手に動き回ろうとも、現実世界では体はベッドに横たわっているだけなのだから当然と言えば当然だった。仮想現実型ゲームでもスタミナという概念があるものは、疲労の感覚を再現するようだが、銀剣では、そんなものに煩わされること無く戦い続けることが出来る。

 ただ、体は疲れなくとも……頭は疲れる。

 どれだけ体が疲労を訴えなくとも、人間の頭の力……集中力や判断力は有限だ。行き着くこと無く戦い続けていれば、どこかでそれが途切れる瞬間がやってくる。


「まずい!」


 困難な状況で、戦場の空気の中でなら、それはなおさら。


「ぐあっ!」

「うぐあああっ!」


 崩壊は突然だった。


 今まで敵の攻撃を正確に弾き、いなし続けていたアグノシアの戦士が、何人も剣戟に反応できずに斬り倒された。


「ど、どうしたの! 急に!?」

 

 後ろからその様子を目にしただろうネージュが、焦った声を上げた。


「スタミナ切れだよ! 私も今一瞬……」


 頭のスタミナ。ヒットポイントゲージより先に集中力を削りきられたプレイヤーが、その一瞬の思考の空白を突かれて、致命傷をもらいはじめる。

 俺自身の違和感は少しで去ったものの、坂を転げ落ちるように悪化しはじめた戦況に、唇を噛みしめた。


「ゲルトさん、援軍の様子は!」

「まだ数が揃わぬようじゃ……今、ラプラスとの戦争が終わって、かなりの数のメンバーがこっちにむかっとるようじゃから、それが到着すれば」

「……あとちょっとだっていうのに」


 マップに目をやる。索敵(サーチ)で把握できる範囲でも、数カ所、戦線が食い破られはじめていた。

 一本の線としての戦線を維持することが何故重要なのか……どれだけ一つの地点を頑強に維持しても、横を食い破られたら敵に包囲されてしまう。いや、そもそも囲まれてしまう可能性を目の当たりにして、踏みとどまれる人間はそうそう居ない。

 一カ所でも戦線を突破された先にあるもの……それは潰走だ。


「横が抜かれた! やばい、包囲されるぞ!」

「下がれ! さが、ぐあっ!」


 さっき俺の命を救ってくれた青年が、恐慌に駆られて背を向けたところを槍で貫かれて地面に倒れ伏す。頭上のヒットポイントゲージは見る見るうちに減って、真っ黒になり、砕けるように消えた。

 

 生まれた動揺は瞬く間に伝染する。


「逃げろ!」

「後退だ! 後退!」


 あちらこちらで上がる、悲鳴にも似た声。


「兄様! 後ろの方もみんな下がり始めてる、もう無理だよ!」

「ユキ、ここはもう持ち堪えられん! 下がるしかなかろうて!」


 肩を並べていた戦士達が一人、二人と、あるいはやられ、あるいは身を翻して遁走を開始する。

 戦線を張っていた前衛達ばかりじゃない。ネージュの言葉通り、魔法使いや射手連中も下がりはじめているのだろう。

 薄くなった火力に勢いを増して、波のように迫り来るクロバールの赤い旗。聖堂騎士団(テンプルナイツ)のチェスの駒。


 潰走の次にある、壊滅。一度崩れた軍が再び戦場に戻るのは不可能と言って良い。援軍が参戦しても、本軍が壊滅した後では意味が無い。数に劣る援軍も同じようにすり潰されて終わってしまう。


――数の違いを甘く見過ぎてたんだろうか……。ここで勝ちを拾わなきゃ、とてもクロバールとの全面戦争を戦い抜けないと思ったけど、早計だったんだろうか。

 

 援軍を進言した自分の判断に、唇を噛みしめる。


――負けられないのに……クロバールの連中なんかに。


 レティシアやジークのためにも、カンナのためにも……。


 ゲルトさんの声に、ぎゅっと目をつむる。焦燥に焼け付くように加速した思考が、暗闇の中に浮かんでは消える。

 これで本当にチェックメイトなのか? 出来ることはもう無いのか?


 1人だけで何が出来る――と冷たく囁く声がある。


――もう、あの頃みたいな力は俺には無いんだろうか。

 

 悩むことなんて無かった頃があった。失敗を知らず、自信と希望ばかりに満ちあふれていた頃、あの頃の俺ならどうしただろう。

 久しく使っていなかった頭の回路に火が灯る。


 今見える戦況、今の自分の状況、それらから、いくつもの分析と判断を経て、取るべき行動に辿り着く。

 まだ、負けたわけではない。まだ俺は倒れずここに居る。もし、自分1人だけじゃないなら。他の人を動かす力が、未だ俺にもあるなら。


――今は……やるしかない!


 二度と使うことは無いと思っていたのに、何故かスキルリセットの時にも取り直してしまった、非戦闘スキル。眠っていたそれを、スキルスロットに放り込み、立ち上げる。


「下がらないでっっ!」


 絶叫。俺の声は、とても人間が出せるものではない音量で、辺りに響き渡った。


 指揮系スキル【ラウドボイス】


 突然のことに、辺りがしんと静まりかえる。逃げようとしていた奴らは足を止めて、攻めかかるクロバールでの連中さえ呆然として、獣じみた声を上げた1人の少女に視線を集中させた。


 なんだこいつと、馬鹿にしたような視線が。

 何様だよ、ソロプレイヤーの癖に偉そうにという反感の視線が。

 

 ああ……情けない。昔なら物怖じなんてせずに、自分の判断をただ正しいと信じて、声を張り上げられたのに。

 震えそうになる声を、必死で絞り出す。 


「下がったところで逃げ場なんてない。今下がったらもう崩れるだけだよ!

 無様に背中から斬られて倒れるなら、最後まで前を向いて戦って倒れよう! 戦うんだ!」


 声が、戦場の空に消えて行く。

 必死の叫びに、応えるものは無くて……。

 

 金縛りが解けたように、クロバールの軍勢がまた動き始める。


――やっぱり、今の俺じゃ……。


 うつむきかけた俺に、だけど、優しい声が囁いた。


「半年間、ずっと聞きたかったんじゃぞ。ユキのその声が」

 

 そして、響き渡る。しわがれたゲルトさんの声。


「この子の言うとおりじゃ! こんな年寄りを残して若いもんから逃げるつもりか! わしは傷を負っても向かい傷しかおわん。倒れるときまでな!」

「もうすぐ援軍が来る! あと少し持ちこたえれば良いんだ! 戦おう!」


 鼻のあたりに痺れるような感覚があって、声が少しかすれた。にじみかけた視界を、必死に堪える。


 また少しの沈黙があって……。

 

 あちらこちらで、喊声があがる。それは数えられる程度の数であったかもしれない。それでも、1人じゃ無ければ、きっと開ける道もある。


「さあ、ユキ! 指示を!」

「……はい!」


 少しだけ俯いて、顔を洗うようにぬぐう。目から滲みそうになったものを拭っただなんて気付かれないように。

 

「盾持ちはとにかくその場を守って! 防御に専念すればそう簡単にはやられない。魔法使いは足止めスキルに全力を。今維持できている場所をとにかく可能な限り保持する。遅滞戦術!

 射手は相手の詠唱を止めることに専念!」


「了解!」


 ネージュが一際元気よく返事をくれる。心の中で妹に頷いてみせて、俺は清冽の剣(オートクレール)を脇に構えた。


「両手武器持ちの人! 動ける人だけでいい! 私に続け! 浸透してきた敵を押し返す!」


 返事を待たず、地面を蹴る。

 

 何人がついてきてくれているかはわからなかった。さっき声を返してくれた数人だけかも知れないし、もしかしたらもっと少ないかも知れない。

 それでも、今できる限りのことは尽くす。それに、少なくともゲルトさんはついてきてくれている。


 戦線を平たく全面で押すのでは無く、崩れた弱いところを抜いて突破する戦い方を浸透戦術という。こちらが浮き足立つとみるや、クロバールはその戦い方に切り替えてきていた。

 浸透した敵に自由を許し、戦線が動揺してしまうと、後はもう崩れるしか無い。

 だが、動揺を押さえ込み、崩れてない箇所はそのまま維持することが出来れば、あたかも、突破した敵の戦力は、狭い穴に首を突っ込んだような状態になる。

 

 俺達は、その首を刈り取る、ギロチンの鎌だ。


「ああああああああああああああああっ!」


 雄叫びとともに、戦線を食い破って縦に伸びた敵の横合いから突っ込む。

 ほとんど体当たりのように、クロバールの連中に激突した。

 金属のぶつかり合う耳障りの音、装備のものか、それとも血か、鉄の臭いが鼻腔を満たし、瞬く間に乱戦になる。


「どれだけいきがってもこっちの優勢は変わらん! 押しつぶせ!」


 流石にクロバールの前線を張る指揮官は冷静だ。

 一瞬の膠着は生まれたが、またアグノシアの戦士は1人、1人とやられていく。

 だが、それでも潰走しない。その場に踏みとどまり味方が倒れても戦い続ける。


 体中に弾ける、痺れるようなダメージの感覚。俺のヒットポイントゲージも半分を割り込み、視界には敵ばかり、ゲルトさんの姿も掴めない。


 だけど……歯を食いしばった俺の耳元で、信じていた、待っていた声が鳴る。


「ユキ、編成完了! 行く! ごめんね、待たせて!」

「……ほんと、遅いよ!」


 また泣きそうになりながら、レティシアに、俺は全力で声を返した。


「行けええええええええええええええ!」


 戦場を圧して角笛が鳴り響く。

 敵も、味方も、その方向を見上げた。


 青い空に、黄金の鷹が舞う。

 援軍の存在を隠蔽するために、伏せられていたレギオンフラッグが次々と立ち上げられ、丘を吹き上げる風に翻る。


 そして、天頂に至る太陽の光を受けて、燃え立つ、アグノシアの熾炎の旗。


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