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005

―アグノシア帝国 帝都エクスフィリス

 清明月 9の日


 かつてここは、世界の都だったという。

 

 人の越えることの敵わない高さに聳え立つ剣の山脈を背にして、これもまた人知の及ばない高さの城壁が、街を円環に取り囲む。

 この都市はかつて世界を一つに統べていた永遠の帝国の帝都でもある。神話の世に国は滅びたが、神の御業で築かれた都は、長い時を経てもまだその姿を保ち続けている。

 ……神話の長い残照。この時代に残る最後の神話。それがエクスフィリス。

 そんな言い伝えを、アグノシア帝国を選んだプレイヤーは、チュートリアルクエストの時に聞くことができる。


 目を開いた時、美しく、そして歴史の重厚さを帯びて立ち並ぶ白亜の建物の景色に、一瞬言葉を喪ってしまった。


――半年も空くと、やっぱり忘れてるものだな……。


 中央広場は周囲を円形に列柱回廊に囲まれ、まるで歴史スペクタクルものの映画の中に投げ出されたような気持ちにさせられた。回廊の下にはいくつものプレイヤーショップが軒を連ね、シルファリオンとは比べものにならないほど賑わっている。それが、初めて見るもののように鮮烈に目に飛び込んでくる。


 そして少し遅れて蘇る、記憶の風景。

 戦争を終えてはここに降り立ち、プレイヤーショップやNPCの道具屋で補給をしては、また戦場へと赴いた。

 あるいは、更に昔。ベータサービスの頃、まだこの世界のルールも、地図も、しっかり覚えていなかった頃に、まだ目にしていない世界がまるで無限のように感じられて。この世界なら何でも出来るように感じられて。この広場にログインする度に高まる気持ちを抑えられなかったこと……。


 頭を振る。街はあの頃と何も変わっては居ない。だけど、記憶の中と比べて、随分人は減ったような気がした。

 アグノシアは衰退の一途、というのはやはり真実なんだろうなと思う。


「おい、何キョロキョロしているんだ。おのぼりさん」


 と、そんな声が耳に飛び込んできて、俺は肩をふるわせた。慌てて四方を見回してしまうが、シルファリオンから上京してきた田舎者にわざわざ話しかける酔狂な人間の姿は見当たらない。

 落ち着いてみれば、それが遠いところからの1対1トークだというのに気付いて、俺はため息をつく。


「なんだ、脅かさないでよジーク。どこに居るの?」

「レギオン城だよ。見晴らしがいいもんでな、中央広場はよく見える。レティシアも、お前を待ってる」

「……そりゃどうも」


 鳩尾の辺りが縮こまるような、心地良くはない緊張感を覚えて、エクスフィリスを取り囲む大城壁に沿って築かれた、フォルタリティア・レギオナ――レギオン城を振り仰ぐ。その一つの尖塔のバルコニーに、豆粒のような誰かが手を振っていた。あちらは恐らく、遠見の魔法か何かで、俺の姿をはっきりと捉えているのだろう。


 石畳の道を、歩き出す。


 覚えている、この道だって何度も通った。戦いに勝って、意気揚々とレギオンメンバーと談笑しながら。

 そして、見上げるレギオン城に居を構えたことだって、あったのだ。


 もっとも、それは過去の話に過ぎない。レギオン城に、その主たるレギオン以外の人間が入るためには、レギオンメンバーの付き添いが必要となる。


 歩む先、レギオン城の城門に翻る、赤地に染め抜かれた黄金の鷹(キャメロットの鷹)の紋章旗。アグノシア最後の希望、などと自嘲気味に称されることさえある、レギオン【ラウンドテーブル】。


 今は、しがないソロプレイヤーに過ぎない俺は、ジークの出迎えを受けて、その重厚で壮麗な門をくぐった。

 途中、衛士というわけではないだろうが、そこここに佇んだり談笑したりしている人達が、見慣れない俺に好奇の眼差しを向けてきた。キャメロットが解散してから、結構な数のメンバーがラウンドテーブルに入ったと聞いていたけれど、目の合った人はみんな、知らない人達だった。


「昔からの連中は戦争に出払ってるよ。レティシアが気を遣ってくれたみたいでな。恥ずかしがり屋のユキちゃんには、いきなり昔の仲間みんなと顔を合わせるのは厳しいでしょうからって」

「言われ方は気にくわないけど、有り難いよ。正直さっきから心臓の調子が良くなくて……」

「……頼むからこのくらいで強制切断とかくらわないでくれよ、お前そんなメンタル弱かったっけ」

「どうにもね……」


 俺は肩をすくめる。


「というかさ。レティシアのことなんで黙ってたのさ」


 恨みがましく見上げると、ジークもため息を漏らした。


「言ったらどうなるかわかってるよね? なんて言われたら黙ってるしかないよな」

「男のくせに情けない」

「お前レティシアの前でも同じこといえんの?」

「私女の子だしー」


 精一杯ぶりっこのような仕草をしてみせると、ジークは得も言われぬ渋い顔になる。


「きも」

「うるさい」

「馬鹿なこと言ってたら……ほら、もう着いたぜ」


 ジークが立ち止まる。

 長い廊下を歩いた末の奥まったところに据え付けられた、一際つくりの良い両開きの扉。

 ジークのがっしりとした腕で押し開けられる向こうの景色を、俺は喉を鳴らして見やった。


 木の家具と、淡い色調に整えられたマスタールームの窓際に佇んだ、一人の女性。


「お久しぶりです、ユキ」


 藤宮さんと同じ言葉が、俺を迎える。


 銀糸のように美しく長い髪を現実と同じ髪型に纏めて、長い睫毛、良く通った鼻筋、艶やかな唇。整った顔立ちは現実より少し、大人びた雰囲気を漂わせていて、女の子というよりは女性という表現がしっくりくるように思えた。

 煙るような微笑みは、まるで絵画の中から抜け出してきたみたいだ。


 レティシアは、ゆったりとしたローブのような服の裾を翻して、歩み寄ってくる。


「……久しぶり。レティシア」


 俺は、何を……言うべきなんだろう。

 謝るべきなんだろうか、とも思った。

 レギオン解散と一緒に捨てられて……なんて藤宮さんは言ったけれど、表現はどうであれ嘘は言っていないことだった。半年前、俺はとにかく何からも逃げてしまいたくて。レギオンを解散し、フレンドリストを消して……シルファリオンに移住した。


 そのことをずっと昔の仲間達は怒っているんだろうなって……。


「……あの、レティシア」


 手を伸ばせば届く距離まで近づいてきたレティシアを、おずおずと見やって。


「許さない」

「え?」


 ぽかんとしてしまった。馬鹿みたいに口を半開きにした俺にレティシアは笑顔を向けて、

 その長い足が、残像を残すような速度で閃く。


「えあっ!?」


 視界ががくんと傾く。ステータスアイコンに転倒の状態異常が灯ったと気付いた時には、俺は顔面から毛の長い絨毯に突っ込んでいた。

 頭の中をはてなマークで埋め尽くしたまま、とにかく俺は起き上がろうとしたが、それを許さないと言わんばかりに背中にがっと重量が乗せられる。

 見上げれば、俺の背中に片足を乗っけたレティシアのもの凄く怖い微笑みと、唖然としたジークの顔。


 ……何これ。


「あ、あの、レティシアさん……?」

「許さないからねー。レギオンを解散して何もかも自分だけで背負い込んでいなくなって、私たちを心配させて」

「う……」

「それでもいつか時間が解決して、また一緒に遊べるときが来るって待ち続けようと思ってみたら、暢気に勝手気ままなソロクズプレイを繰り広げて有名になって」

「そ、それはね……」

「その上他国の女の子をたぶらかして、楽しく最強レギオンに喧嘩売った上に、クエスト一緒にクリアとか……」

「たぶらかすとか誤解だかぐえっ」


 足に一層力を込められて肺の中の空気が抜ける錯覚に、思わず声が出る。


「ぜぇっったいに許さないから」


 視界の隅で、ジークが静かにマスタールームの扉を閉めに行った。バーサクモードに突入しているマスターの名誉を守ろうということらしい。


「とはいえ、ユキは女の子に踏みつけられるとよろこんじゃうタイプらしいので、これじゃ罰にならないかな?」

「……ご、誤解だああああ! 私は女の子をたぶらかしてもいないし、踏みつけられてもよろこばない!」


 ふん、と力を込めて起き上がる。大剣使いであり、力回りのステータス強化スキルはほぼ極めているユキは本気になれば、魔法を主として戦うレティシアに力負けなんてしようが無い。


「わ」


 片足の足場を突然崩されて、レティシアはよろける。俺は慌てて跳ね起きて、その手を取って支えた。

 白くて滑らかな手、作り物とは思えない体温。すぐ目の前の、蒼氷色の瞳。


「……許さない。本当に心配してたんだから」


 泣きそうに揺らいだように見えた、その目に、俺は、


「……ごめん」


 やはり、ただ、そう謝ることしかできなかった。


藤宮さんのヒロイン力の高まりを抑えることが出来ない(何

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