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003

 【亡命】というのは、読んで字の如く、と言う他は無い、他国へのキャラクターの所属変更を可能にするシステムだ。


 とは言え、申請して、はいOKです、というような甘いものでは無い。

 俺も亡命を経験したことはないので、全て攻略Wikiからの受け売りだが……亡命を申請すると、、亡命元、先両国に公知されるネイショナルクエストが通知される。


 すなわち、亡命元に対しては、亡命を食い止めろと。

 亡命先に対しては、亡命者を保護せよと。


 亡命者は首都でしか申請を行うことが出来ない。そして、そこから亡命先の国に向けて逃避行を開始することになる。

 亡命者に追いすがる、亡命元の国のプレイヤー、そして、亡命者を迎え入れようと集まる亡命先の国のプレイヤー。亡命者を巡ってかなりの規模の戦闘が勃発し、亡命先の国の前線都市まで、亡命者が生きてたどり着ければ、亡命は成功となる……。


「確かに、マスターからはそう、言われましたけど……」


 歯切れ悪く、栂坂さんは答える。


「レギオンを追放されて、すぐ亡命なんていうのも、気が引ける?」

「……藤宮さんって、凄くストレートなんですね」


 眼鏡越しの目からは相変わらず、あまり表情は読み取れなかったけれど、黒髪の同級生の声には少し険があるような気がした。まあ、色々思い悩んで整理できない気持ちを、二言三言で片付けられてしまうと、良い気持ちがしないのは理解できた。


「あ、ご、ごめんね。どうも銀剣の話だと、単刀直入になっちゃって」


 でも、どうやら藤宮さんに悪気は無かったようで、女の子同士の衝突を内心でもの凄く怖れていた俺は、安堵のため息をつく。女子って怖いんですもん。なんだか。


「……じゃあ、さっきまでの俺に対する態度にも軽く謝罪があってもいいんでは」

「『ユキ』には色々積もり積もったものがあるから、それは無理かなぁ?」


 軽口を笑顔で一刀両断されて、別の種類のため息が漏れた。


「だけど、私は本当に亡命して欲しいと思うんだ。今のクロバールじゃ、聖堂騎士団(テンプルナイツ)に目をつけられて、まともに戦争して遊ぶのはたぶん凄く難しいし……私としては、こうやって同じゲームをプレイしてるってのがわかったんだから、折角なら仲間として一緒に戦争したいしね」

「まあ、それはあるな。やっぱ敵同士よりはな」


 笑顔の藤宮さんに、相づちを打つ裕真。

 栂坂さんは、だけど俯いて思い悩む風だった。

 俺は……昨日、泣いていたカンナを見ている。自分でプレイスタイルを選んで、レギオンを抜けて、でも、泣いていた女の子。人の気持ちのことなんて、わかるなんて言えないけれど……でも、素直に頷けはしないんだろうなと思った。


「そう言って貰えるのは嬉しいんですけど……その、やっぱりまだ、決める気になれなくて」

「うん。なんだか急かしてるみたいでごめんね。でも、きっとクロバールの軍事行動は近々はじまっちゃうだろうし……あんまり、のんびりもしていられないかなって」


 ただ、藤宮さんの言いたいこともわかる。

 もし、栂坂さんが……カンナが亡命を望んだとしても、問題になるのは亡命が成功するのかどうかということだ。

 そのシステムの通り、亡命者は亡命元の国の前線都市から、亡命先の国の前線都市まで、元は同じ国だったプレイヤーからの追撃を逃げ切らないとならない。

 クロバールとアグノシア、その間の軍事バランスは……最悪と言って良い。クロバールの前線都市ロンギニエとアグノシアの前線都市シルファリオンの間の戦域フィールドは、今やほぼクロバールのもの。そして、そもそもクエストに参加する戦力が大違いとなる可能性が高い。あれだけあった後だ、聖堂騎士団(テンプルナイツ)が大戦力を動員してきてもおかしくはない。


 ただでさえそれなのに、クロバールがアグノシアに本格的に侵攻を開始したら……アグノシアの前線はクロバールの軍勢で埋め尽くされてしまうだろう。そんな中を突っ切って逃げるのは、いくらなんでも、不可能ごとだ。

 クロバールの作戦は、どれだけ続くのだろう。もしかしたら、アグノシアは本当に滅ぼされてしまうかも知れない……。


「でも、自分で納得できないことしてもきっと楽しくないから、色々考えてみてね。きっとそこのゲームの中だと可愛いネカマさんは、相談に乗ってくれると思うから」

「いや、なんでそこで俺……」


 クロバールとの戦争のことに思いをやっていた俺は、突然ふられた話に慌ててしまう。


 変なこと言わないで欲しい。栂坂さんはすごく嫌そうにこっちを睨んでくるし、あと、藤宮さんにネカマ、と言われるのはなんだか凄く精神的ダメージが大きかった。

 なんで俺男キャラ選ばなかったんだろうなぁ……いや、自キャラ可愛いからいいんですけどね。


「ダメだよ、たぶらかした子はちゃんとアフターケアしないと。ユキは昔から、最初の頃はもの凄く優しいのに、付き合いが長くなるとなんだか扱いがどんどん雑になっていってね。レティシアもどれだけ枕を涙で濡らしたことか……」

「ちょっと待って、何その誤解を与えるためだけみたいな発言」

「……最低ですね」

「そもそもたぶらかしてなんかないからな。最初踏んだだけだし!」

「踏んだだけとは何ですか! だけとは!」

「あ……栂坂さんってもしかしてそういうご趣味……」


 藤宮さんのわざとらしい驚きの表情に、栂坂さんは顔を真っ赤にしてテーブルに手をつく。


「何意味わからないこと言い出すんですか! 私は四埜宮くんが踏んできたから絶対倒してやるって戦っただけで! クエストで一緒になったのなんてほんの偶然ですし。誰がこんなヘンタイゲスネカマ!」


 普段は大人しい同級生の思いもよらぬ大声に、テーブルだけでなく、一瞬喫茶店に沈黙が訪れる。

 栂坂さんは、顔を更に赤くして縮こまったけれど。


――うわ、ネカマとか……気持ち悪い。

――ネカマプレイで女の子に近づくなんて酷い奴だな……。

――いやだわ、ネカマとかいやねぇ、奥様。おほほほ。


 静けさの中、聞こえてきたひそひそ声に、俺は心を完全に打ち砕かれて、机に突っ伏した。


「兄様……可哀相だけど自業自得だからね、しょうがないね」

「あらあらご愁傷様、ヘンタイゲスネカマの四埜宮くん」


 妹の哀れみににあふれた言葉と、明らかにおもしろがってしかいない藤宮さんの声は、何の救いにもならなかった。


「でも、誰かに相談するっていうのは凄く大事だと思うから。ヘンタイゲスネカマさんでも木に話しかけるよりはましだと思って。もちろん、私も相談にのるし」


 木は偉いんだぞ。光合成してるし、二酸化炭素生成マシーンの人間様より偉いんだぞ……。

 もの凄い言われようすぎて、なんだか怒る気にもならなかった。

 ただ、向けた目が合う、藤宮さんの表情は……あの時のレティシアのものによく似ていた。


「考えすぎて、何もかも嫌になって、一人にはならないでね、そんなの寂しいから」


――そんなの寂しいよ、ユキ。


 そう、レギオンを解散して、首都を去るときの俺を呼び止めた時の、レティシアのものに。

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