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002

「……藤宮さんも、銀剣プレイヤーなんだ?」


 俺の問いかけに、クラス一の美少女は、可愛らしく小首を傾げてみせる。


「そうだよ?」

「アグノシア……さっきの感じだと、俺とも面識あるんだよね、きっと」

「うん、それはもう。わからないかなぁ?」


 悪戯っぽく笑って、でも相変わらず怜悧な色を宿したままの瞳に、俺は蛇にでも睨まれたような気分になった。

 栂坂さんも、雪乃も、俺と藤宮さんのやり取りを、息を呑んで見守っている。どうも裕真は全てわかっている様子だったが、顔を明後日の方に向けて、助け船を出してくれる気は無いらしい。この前の分と併せて、敵側に入ってぶっ殺して踏んでやる。

 だが、まずはこの難題を解かないことには、どうにも話が進まない。


 万軍(ツァバオト)なんて……痛々しい名前で呼ばれて得意になっていた頃の馬鹿な俺を知っている人……だけど、その頃に面識があった程度の人ならアグノシアだけでもそれなりに居た。

 その上、銀剣のキャラクターと現実の容姿が一致するとは全く限らない。俺のように性別さえ違う場合さえあるのだ。性格だってロールプレイでもされていた日には、見破れる自信は全くなかった。カンナさんみたいに解りやすければいいんだけどね……。


 数分のにらみ合いの後に、俺は白旗を揚げた。


「ごめん、全く……」

「酷いなぁ。あんなに一緒に遊んで、一緒に戦ったのに、レギオン解散と一緒に捨てられて……」


 わざとらしいため息をついて、あからさまに表情に影を作ってみせる藤宮さん。栂坂さんと雪乃の冷たい視線が俺を射る。いやちょっと待ってください。その言い方、つまり、この同級生は、元【キャメロット】のレギオンメンバーで……。

 昔の仲間の顔を全力で記憶の中からサルベージし始めた俺に、藤宮さんは無慈悲に言葉を紡いでいく。


「ジークが、うっかり漏らしたリアルの話から、中里くんだってわかってね。ユキのことも知ってる風だったけどなかなか口を割らないから、あの手この手で問い詰めて、漸く四埜宮くんのことだってわかって……いつ話そうか、ドキドキしてたんだよ?」


 切ないような儚げな笑顔を向けてくる委員長殿に、心臓は高い鼓動を鳴らしてしまうけれど、いや、騙されるなと頭の片隅に残った冷静な部分が必死で告げる。確かに……俺はこういう人に銀剣で出会ったことがあった。とびきり出来る奴で、見た目も人当たりも完璧なお嬢様という風なのに、その本性は悪辣な策略家な。


「それなのに……気付いたら、ユキは。私はもうずっとソロでいるよ、なんて言ってた癖に。いつの間にか他国の女の子をたぶらかして仲良くパーティーを組んで。その上その子がクラスメイトで、学校で踏んだり踏まれたりなんていうマニアックなプレイにまで及んでいると知った日には私はもう……」

 

 ぶばっと栂坂さんが飲みかけの水を吹き出す。汚いなぁと言う気にもなれなかった。俺も口に飲み物を含んでいたら、だらだらとそれを口の端から垂れ流していたことだろう。


「プ、プレイって何ですか! それに、全然仲良くなんてしてませんから!」

「そうかなあ? 昨日のことを中里くんから伝え聞いた限り、そうは思えないけど」

「……裕真お前」

「すまん……俺も、色々あってだな」


 俺は裕真に非難の眼差しを向けたけれど、栂坂さんが睨み付けてきたのは俺の方だった。


「誰がこんな……昨日だって、別に……っ」


 台詞を途切れさせて、栂坂さんの顔が真っ赤に染まっていく。ああ、きっと昨日のこと一部始終色々思い出してるんだろうなぁと、俺は無駄に冷静に考えていた。ああいうのは絶対後で思い出しちゃいけないことなのに……。

 そして、予想通りと言うべきか、臨界点を超えた栂坂さんのつま先が、テーブルの下で俺の脛を直撃する。


「痛えぇ……」


 きっとこうなるんだろうなって思ってました。もう諦めるしかない流れなんだって……。

 テーブルに突っ伏して、見上げた、相変わらずにこにこした藤宮さん。

 ふと、涙ににじむ視界にぼんやりとした姿が、その瞬間、記憶の中の一人の銀剣のプレイヤーと重なった。

 確かに居た。雰囲気も、性格もこんなまんまの、レギオンメンバーが。


――ユキ。待ってるからね……帰ってくるの。

 

 最後に覚えて居るのは、そう……『私』を呼び止めた、泣きそうな顔。


「思い出したよ……レティシア……なんだろ、きっと」


 俺の言葉に、藤宮さんは少しびっくりした顔をして、それからまたにっこりと笑った。ただ、今度はちゃんと、目も笑っていた。


「はい。お久しぶりです、ユキ」

「……自分で言っておいてなんだけど、まじか……」

「嘘なんてつかないよ」


 裕真にも視線を向けると、腕を組んで難しい顔をした友人は、やけに重々しく頷いてみせた。


 ……『Letisia』レティシア。かつては、俺がマスターをやっていたレギオン【キャメロット】のサブマスター。そして、今や、アグノシアを支える屋台骨とも言われるレギオン【ラウンドテーブル】のマスターとして、実質、アグノシアの軍事行動の頂点に君臨する、有名プレイヤー。

 とはいえ、その見た目は現実と同じく可憐な少女であり、態度も全く偉ぶるところがなく、誰にでも礼儀正しいことから、アグノシア所属のプレイヤーで彼女のことを忌み嫌う人間はほとんど居ないだろう。全く俺なんかとは大違いだ。

 もっとも……それ以前から付き合いの長かった俺はよく知っていた。今さっきまでのように、この人は、自分の表情や態度を相手がどう受け取るかを全て計算した上で可憐に振る舞う、大変腹黒いお人なのだと言うことを。


 ……で、それが自分のクラスの憧れの委員長だなんて、思いもしなかったわけですけど。


「レティシアさんって、あのレティシアさんなんですか?」

 

 驚きに目を大きく開いたまま問いかける雪乃に、藤宮さんは優しく笑いかけた。


「どの、かはわからないけど、【ラウンドテーブル】マスターのレティシアだよ。改めて、よろしくね」


「……兄様」

 

 そう、愚妹がごにょごにょと耳元で囁いてくる。


「これはもしかして、兄様にもついに青春という奴が……!」

「どこら辺がだよ……」


 確かに、クラスの男子ほぼ全員の憧れの的である藤宮さんと、目立たないけど顔立ちはかなり可愛らしい栂坂さん。そんな二人の女の子と同席している状況ははたから見れば幸せなことなのかもしれないが、片一方からはゲームでの過去を詰られ、もう片方からは向こう脛を蹴飛ばされる。どんな青春だろうそれ。改めて認識すると不健全すぎて涙が出そうになった。


「藤宮さんは、いつぐらいから俺がユキだって知ってたんだろう……」

「本当、つい最近だよ。でも、昨日栂坂さんのおうちへのお使いをお願いしたときにはもう知ってたけど……ごめんね。栂坂さんのこともカンナさんだって中里くんから教えて貰って知ってたから、カンディアンゴルトでの出来事とかも色んなところから聞いてて。それで、四埜宮くんに行って貰うのが良いんだろうなって思って」

「なるほどね……」

「きっと四埜宮くんは、昔のユキのままなら、コミュニケーション下手だから、なかなかカンナさんのことにちゃんとアドバイスしてあげられなさそうだったし、何かきっかけないと」

「うるさいな」


 鼻を鳴らした俺に、だけど旧友だという女の子は優しく微笑む。


「でも、ちゃんと上手くいったみたいだね」


 やめて欲しい、そんなことを言うのは。照れくさいし……それに、また栂坂さんに脛蹴られるでしょう……。


「それに、優秀なプレイヤーでその上クラスメイトなんて、是非、仲間に引き入れておきたかったしね」

「そんなこと言ったって、栂坂さんはクロバールだろ? これからぶつかる相手だぜ」


 胡乱げに眉を寄せた裕真に、藤宮さんは、また、どこか裏のある笑顔を返してみせた。


「でも、迷っているんでしょう?」


 はっとして、栂坂さんが顔をあげる。


「きっとエルドールのマスターは優しい人だって聞くから……きっと亡命するべきだってアドバイスも、貰ったんじゃ無いかな?」


 


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