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001

―クロバール共和国 首都ディオファーラ

 若葉月 27の日


「どうも浮かない顔をしてますね」

「わかりきっていることを聞くものじゃあないよ」


 こつこつ、と指先で大理石のテーブルを叩きつつ、オルテウスは隣に座った小柄な少年にプライベートモードの会話で抗議の意を示した。

 背も高く、それなりに人生にくたびれた青年と言った風情を醸し出すオルテウスに対して、頭二つ分ほども小さい彼はまだ年端もいかなく見えたが、これでもリアルではオルテウスと同じく社会人だというのだから、ゲームはわからない。

 エルドールの古参メンバーにして、レギオンサブマスター、ユラハは眉一つ動かさずに、オルテウスの抗議を受け止めた。


「ここのところ渉外に追われていて、あまり内部のことは気を使えていませんでしたからね……僕にも責任の一端はあります」

「ああ……そう言うんじゃ無い。レギオンに関することの責任は全て私が負うべきだ。だから、全て納得した上でのことなんだがね……」


 レギオン追放を告げたときの、カンナの顔が脳裏から離れない。

 社会人として現実でもチームリーダ的な職務を務めるオルテウスは、どのような動機であれ、他のメンバーに迷惑がかかったり、あるいは、他レギオンから付け込まれるような、メンバーの勝手を許すことが、いずれ集団を崩壊させる要因になるということを痛いほど経験している。

 もちろん、誰だって突っ走ってしまうことがあるのは知っている。だからこそ、次の選択を訊いたのだが、まだ女の子といった見た目をしたレギオンメンバーは、はっきりと、同じ選択をすると、言ったのだ。

 

 それがオルテウスには眩しかった。


「それでも……だからこそ、やるせない部分というのはあるだろう」

「仕事の8割はやるせなさで出来ていると思いますが」

「君がどんな職場に勤めているのかは訊かないでおくよ……。

 ただまぁ、聖堂騎士団(テンプルナイツ)には抗議の一言、二言は言うつもりだけどね」

「全く止める気はありません。お願いします」


 ユラハの直截的な答えに、オルテウスは幅の広い肩をすくめて見せた。


 ……ゲームだろうと現実だろうと、集団を動かすというのは難しいものだ。メンバー一人一人のケアから始まり、レギオンとしてまとまって戦争を戦っていくとなれば、作戦立案、情報や経費の管理、他レギオンとの調整、やることは山ほどある。それこそ、平日銀剣にログインする時間の半分以上を費やさねばならないほどに。


 そもそも国同士の戦争をメインに据えた銀剣だが、国家として統一した作戦を取れる国というのは、これまで存在しなかった。それは先の通り、一つのレギオンでさえ統一をとるのに苦労をするというのに、数千という単位のプレイヤーを一つに纏めるなどというのは不可能ごとと思われていたからだ。

 ……これまでは。


 それを実現してみせたことが、クロバールという国が、勢力を一気に拡大し、6ヵ国最強と称される地位に上り詰めた原動力となっている。


 クロバールの主力5レギオンのマスター、サブマスターから構成されるこの中央評議会もクロバールの統一行動を実現するシステムの一つだ。

 ディオファーラの元首府の一角、大きな大理石の円卓がしつらえられた部屋には、ほとんどのメンバーが揃っている。まだ姿を現していないのは、一人だけだった。

 

 既に開始予定の時間を回っている。


「遅いですね」

「色々といけ好かないところのある男だが、そういうところにはしっかりしている奴だから、何かあったのだと思うけどね」


 オルテウスが、システムウィンドウのリアル時刻に目をやろうとしたその時、大造りの扉が重々しい音を立てて開いた。


「すまない、私用があって遅れてしまった」


 その向こうから扉に負けず劣らず、美しい装飾の刻まれた板金鎧(プレートアーマ)を纏った男が姿を現す。

 

 クロバールの統一をなした中心となった、最大にして最強のレギオン聖堂騎士団(テンプルナイツ)。そのマスターにして、中央評議会総長(グラン・マエストロ)。自国からも、敵国からも、様々な二つ名を与えられている、おそらくは、この銀剣でもっとも有名なプレイヤー。『Julius』――ユリウス。


 急ぐでもなく、重厚さを決してそこなわない身のこなしで自席へと向かう姿を、オルテウスは目で追った。


「それでは早速はじめようか、まずは私から一つ、議題を提案したい」


 まず聖堂騎士団(テンプルナイツ)への抗議をたたきつけようと思っていたのだが、機先を制されてしまった。オルテウスは、息を吐いて椅子に深く座りなおす。まあ、最初でなくともこの場でしっかり抗議が出来れば良い、そう思っていたのだが。


 ユリウスの口から告げられた言葉は、その場の空気をかき乱すのに十分なものだった。


「……アグノシアに全面戦争を仕掛けてみたい。そう思っているのだが、どうだろうか」



◆◇◆


 美里高校の正門から出て、駅へと向かう道の途中にヨーロッパ風の小洒落た店舗を構える【ボブテイル】は、美里高校の生徒達御用達の喫茶店だった。とはいえ、終業を迎えて幾ばくも経たない時間帯、店内はまだ空いている。

 

 カランコロン、と懐かしい感じのする音を、ドアに吊されたカウベルがたてる。

 そこに姿を現したのが、待ち合わせしている相手であることを確認して、俺は手を上げた。


「雪乃、こっち」

「あ、兄様。ごめんね、遅くなって」


 ポニーテールを活発に揺らして、跳ねるような足取りでやってきた妹に、俺は荷物を置いていた隣の席を空けてやった。雪乃も学校帰り、セーラー服のままだ。


「ご注文は?」

「アイスココアでお願いします!」


 注文を取りに来た、人の良さそうなお婆さんにそう元気よく答えて、それから、雪乃はこちらを期待の籠もった眼差しで見てくる。

 俺はため息を一つついて、一座を見回した。


「これ、妹の雪乃ね。裕真は知ってるからいいよな。栂坂さんはゲームで一度一緒したと思うけど」

「これとは何かな!」


 そう一言抗議を上げて、それから雪乃は、栂坂さんにきらきらした目を向けた。


「カンナさん、ですよね! 改めて初めまして。ネージュこと雪乃です」

「あ……えと、初めまして。栂坂佳奈……カンナで……す」


 堂々とキャラクターネームで名乗りを上げる妹に対して、どうにも恥ずかしいらしい栂坂さんは赤くなって小声でぼそぼそと自分のキャラクターネームを告げた。この辺りは、旧世代ゲーマーと新世代ゲーマーの違いだよなぁと思う。あ、単に栂坂さんがコミュ障ということもあるかもしれませんけどね。


「それから……えっと?」


 雪乃が残りの一人へと顔を向ける。


「初めまして。四埜宮くんのクラスメイトの藤宮翔子です」


「……なぁ、改めてだけど、なんで藤宮さん居るんだっけ」

 

 にっこり微笑んで自己紹介をしたクラス委員長を横目に、俺は裕真の耳元でぼそぼそと囁いた。

 

 ……クロバールの宣戦布告の報を裕真から聞いた俺は、とりあえず放課後詳しい話をしようということにした。ショックを受けて呆然としていた、栂坂さんも一緒に。

 図書館に返す本があるという栂坂さんに付き合ってから、待ち合わせ場所である校門に向かってみると、何故かそこに藤宮さんまで一緒にいたというわけなのだ。


「まぁ……後でわかるからよ。色々あるんだよ……」


 難しい顔をしてそんな煮え切らない言葉を返してくる裕真に、俺は胡乱げな目を向けた。

 まあ一番あり得る話としては、実は藤宮さんも銀剣プレイヤーで、裕真と同じレギオンに所属してるとかそんなところなんだろう。藤宮さんはいかにも優等生でネットゲームになんて手を出さなさそうに見えるが、栂坂さんの例もあるし、人間わからないものだ。


 そんな栂坂さんには裕真がジークだということはもう話した。ああ、あの戦争の時の、と言った時の笑顔がそこはかとなく怖かった気がしたが、気にしたら負け。


「兄様からメールで教えてもらったんですけど、クロバールが宣戦布告してきたんですね」


 相変わらず、会話を回してくれる雪乃に感謝しつつ、俺はアイスコーヒーを啜った。


「昨日の日が変わるぐらいにな。いつかあることとは思ってたけどな……」

「最強国家のクロバールが、最弱国家のアグノシアに。まぁ、本気で6ヵ国統一目指すなら、第一目標としては妥当だろうね」

「お前、他人事だよな」

「……いや、現状認識を垂れ流してるだけなんだ、許して」


 後頭部を掻きやって、それから、俺はふと栂坂さんの方を窺った。

 黒髪の同級生は膝の上に手を置いて、テーブルの上を見つめている。こういう場に慣れなくて緊張しているのかもしれないが、どうも、栂坂さんはこの宣戦布告が、自分の行動に関連しているのではないかと気にしている節があった。


 ……そんな理由なはずがない。よしんば俺達のカンディアンゴルトでの行動に端を発していたとしても、直接クロバールから糾弾されるとしたら俺の方だろう。


「だけど、今回ばっかはそんな風に達観しても居られないぞ。クロバールからの宣戦布告理由の一つに、ユキの名前ちゃっかり入ってたからな」

「え……?」


 ……俺の方だろうとは思ったが、本当に俺だとは思っても居なかった。

 栂坂さんもびっくりしたように、こっちを見つめてくる。

 思わず馬鹿みたいに口を半開きにしてしまった俺に、裕真はため息をついてみせた。


「フィールドにおける敵対行為、及び、戦場でのマナー違反に、断固として報いるってさ」

「マナー違反って……そんなん……いやぁ、後付け理由でしょ……」

「だろうけど、これでユキさん晴れて公式なクロバールの敵だぜ。お前の首差し出せば許してくれるんかな」

「いやぁ……」


 ちょっと衝撃のあまり、思考が上手く回らない。

 別に対戦相手に敵と見なされ、恨まれることには至極慣れている。だけど、こう国家間のやりとりで名前を晒し上げられるとなると、なかなか衝撃が大きい。

 昔の戦争で、やりたい放題やったらなんたら人民の敵として指名食らった爆撃機乗りが居たっけなぁなどと、どうでも良いことが頭をぐるぐると回る。


 そんな俺を思考のループから引きずり上げてくれたのは、予想しなかった人だった。


「アグノシアはクロバールとは違うよ」


 銀剣プレイヤー4人の視線が、一人無関係と思われていた藤宮さんの上に向かう。

 相変わらずお嬢様然として両の掌を合わせて微笑む、しかし、その口から紡がれたのは確かに、銀剣の固有名詞。


「そんなあちらの価値判断で、うちの国の人を裁くなんて許せるはずがありません。断固戦うって、昨日決めたでしょ、ジーク」

「わかってるって、冗談だよ……」


 そう言ってなんとなく落ち着かなさそうに肩をすくめる裕真。

 どうも、やはり優等生のクラス委員長殿も銀剣プレイヤーで、裕真としては頭の上がらない間柄みたいだが……。

 

 改めて向き直った俺に、藤宮さんはにっこりと微笑んで見せた。


「その代わり、っていうのもなんだけど……全面戦争ともなれば、四埜宮くんもいい加減怠けていてもらっちゃ困るよ」

「いや、ちゃんと戦うつもりだけど……俺みたいなソロプレイヤーじゃ、出来ることには限界が」

万軍(ツァバオト)

「……え」


 遮った藤宮さんの口から漏れた、聞き覚えのある単語に、俺は硬直する。


「元、レギオン【キャメロット】のマスター。幾度とも無く攻め寄せてきたクロバール、ラプラスの軍勢を寡兵で打ち破ってみせて、つけられた二つ名が万軍(ツァバオト)。ユキ。もう十分怠けたでしょう、そう言っているの」


 笑顔の向こうの、笑っていない瞳。

 俺は自分の表情が険しくなるのを、自覚していた。


新章スタート!

いきなりシリアス風味ですが、書いてる方もラブコメ分に飢えているので、ラブコメも差し挟みつつ頑張ります!

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