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007

「失礼します」

「やあ、カンナ、久しぶり。君までそんな他人行儀な挨拶をするようになってしまうなんて、悲しいな」


 そんな言葉が胸にちくりと刺さる。だけど、昔と同じような言葉を返さなければ、とカンナは思った。まだたどたどしくもレギオンチャットで話していた頃の自分はどんなだったっけ。


「……私は前からこんなですよ」

「うん、知ってる。良かったよ、カンナ。変わりないようで」

 

 押し開いた扉の向こう、執務机に行儀悪く腰を預けて立つ、懐かしささえ覚える長身のマスターの姿。

 レギオン【エルドール】の設立者にして、マスター。上位レギオンによるクロバール共和国中央評議会執行官。

 『Olteus』――オルテウス。


 砕けた姿勢なのに、どことなくその姿に威厳を感じるのは昔からだったろうか。それともクロバールのトップレギオンのマスターとして月日を過ごしてからだろうか。ただ、額にかかる白銀の髪の下、人好きする笑みばかりは、確かに変わっていないと思い出すことが出来た。


「で、どうしたの? 珍しいじゃないか」


 軽口にそんなことを問いかけられて、カンナは言葉に詰まってしまう。オルテウスもカンナが引き起こしたことを重く考えていて、きっと叱責が待っている。その上で何を話そうかと、そう覚悟していたカンナとしては、拍子抜けという他は無い。

 そんな黒髪の少女に、オルテウスはくすくすと笑って見せた。


「ごめんごめん。そんな困った顔しないでくれ。流石に私にもそのくらい解っているよ。聖堂騎士団(テンプルナイツ)とのことだね」

「……はい……その、ごめんなさい。迷惑かけて」

「私には良いんだよ、謝らなくて。皆ちょっと騒ぎすぎだと思うし、聖堂騎士団(テンプルナイツ)に至っては、身柄を引き渡せとか、ゲームの中でどうしろというんだろうね」

「私は……」


 口を開いて、だけど、やはり言葉に詰まる。自分を弁護したいわけでも、情に訴えたいわけでもない。

 オルテウスは、優しい笑顔のままだった。


「正直なことを言うと、カンナが直接私のところに来るとは思っていなかったんだ」

「……私も、本当はそんなこと考えていなかったんです。知り合いが、話した方が良いって、アドバイスしてくれて」

「それは、噂のアグノシアのユキさんかな?」


 正直に答えるべきか少し逡巡する。だが、結局、隠しても仕方が無いことと思った。


「そうです。その……リアルの知り合いで」

「まぁ、彼女なら言ってもおかしくないことなのかな」

「マスターは、ユキのこと知っているんですか?」

「うん。と言っても直接面識は無いんだけどね。というか、割と真面目に戦争をやってきた連中の内では、それなりに有名なんじゃ無いかな、色んな意味で」


 オルテウスの言葉は、カンナにとってそれなりに驚きだった。狂戦士として有名だというのならわかるが、含みのあるマスターの言い方はどうやらそういうわけでもないようだ。


「ちゃんと、ユキさん本人に聞いてみると良いよ。わざわざアドバイスしてくれたんだから、彼女も色々話してくれるだろう。なんて、他人のことなのに無責任かな」


 カンナは首を横に振る。ユキには、ちゃんと昔のことを教えて欲しい、そう言い残してきた。戦場で散々煽ってきた時とは、全然違う眼をしていたユキ。しっかりと自分で話して、聞きたいと思った。

 

「まぁずっと立ち話もなんだから、座ったら」


 マスターの言葉に、カンナは素直に従った。執務室に設えられた、至極座り心地の良さそうなソファーにゆっくりと腰を下ろす。どこかやはり張り詰めていた気がため息になって口から漏れ出した。

 そんなカンナの様子をオルテウスは、苦笑交じりに見下ろして、自身も向かいに座った。

 リアルでは社会人だというマスター。長身でそれなりに肩幅も広く見た目だけならしっかりした大人に見えるのだが、いつもにこにこしていて、戦争や狩りで困難に当たっても困ったような顔で頭を掻くばかり、どうも頼りなさや垢抜け無さばかりが先に目立つ人だった。

 それなのに、昔からの仲間も、新しく入ってきた戦争に真剣な人達も、上手く纏めてレギオンを運営している、不思議な人だとカンナは思っていた。


 そして、そんなマスターは、どう思っているんだろう……とも。


「マスターは、今回のこと……」

「怒ってるのか、って?」

「いえ……その、どう思ってるのかなって。あの、別に私のやったことを理解して欲しいとか、そういうことを言いたいんじゃ無いんです」


 良いながら、どうも要領を得ないことを言っていると思う。こんな、言い訳がましいこと。


「本当に……その、マスターならどう思って……どうしたのかなって」

「難しいことを聞くねえ。私なら、か……」


 オルテウスはあごをなでて見せる。


「私は聖堂騎士団(テンプルナイツ)から連中目線の話しか聞いてないんだけど、聖堂騎士団(テンプルナイツ)がクエストボスの独占封鎖をやってて、それに、ユキさんとカンナがPKを仕掛けたっていうので合ってる?」

「合ってます。あともう一人知り合いの女の子も一緒でしたけど」

「うん、そっか……。まぁ私がクロバールの人間じゃ無くて、それもソロだったら、きっとカンナと一緒の行動とったかな。だってむかつくよね、明らかに。ただでさえ居丈高で気に入らない連中なのにさぁ、聖堂騎士団(テンプルナイツ)


 オルテウスの少し熱くなった言葉に、カンナは少し笑ってしまう。


「良いんですか、そんなこと言って」

「オフレコで頼むよ。ばれたら中央評議会で連中から何を言われるか」


 オルテウスは一頻り笑って……それから声のトーンを落とした。


「……だけど私は、ソロじゃなくて、エルドールのマスターなんだよね。残念なことに。だから……もし、前提無しの今の私がそこに居たら、きっと何もしなかったろうな。むしろ聖堂騎士団(テンプルナイツ)の集団に加わってさえいたかもしれない。カンナが戦おうとしたらなんとしても止めてただろう」


 低く重いマスターの声が、耳を打つ。それは冷たい水になって背筋を流れ落ちていくように、カンナには感じられた。


「それは……」

「面倒くさいよね、レギオンだの、マスターだのってさ。自分のやりたいことがあっても、レギオンのことを優先させなくちゃならないこともあるんだ。むしろそれがほとんどって言って良いかもしれない」


 カンナは何も答えることはできなかった。

 それは、レギオンマスターを経験したことの無い自分には、偉そうに論評して良いことでは無いように思えた。

 カンナだって考えはした。あの戦いの時、聖堂騎士団(テンプルナイツ)に喧嘩を売って起こるだろういざこざや、レギオンに迷惑かけるだろうこと。それでも、自分はあの聖堂騎士団(テンプルナイツ)のやっていることが許せなかったのだけど。

 だけど……レギオンにかかる迷惑のこと、本当にちゃんと考えただろうかと今になって後悔が足下から這い上がってくる。いざこざが起こったらきっと、いつものように頭を掻いて困った顔をするマスターのことなんて、あの時思い出しただろうか。

 

「マスターが嫌ってわけじゃないんだ。本当に。もし嫌だったらすぐに辞めてこんな堅苦しいお城ともおさらばしてるよ。私は楽しいからマスターをやってるし、なんていうんだろうね、とりあえずメンバーが楽しそうな顔をしていれば、安心するっていうか、そういう感じなんだ」

「……ごめんなさい」


 膝に手をおいて俯くカンナに、オルテウスは優しく微笑みかけた。


「謝らないで欲しいな。良い悪いの問題じゃ無いと思うんだよ、今回のことも。ただ、これはゲームなんだから、みんな貫きたいことがあって、やりたいことがあるなら、それをやるべきだと私は思ってて、私はそれがレギオンマスターだってことだけでね。ただ、きっとあれもこれもっていうのは立ち行かない時に、いつかは当たっちゃうことがあるんだと思う。どちらかを選ばないとならないことに。カンナはそれが今回のことだったんじゃないかな」


「……私は」


 自分は、そんな大きな選択をしたつもりなんて無かった。言ってしまえば、自分のやりたいことのためには倒さなければいけない奴らがいて、戦った、それぐらいの気持ちで、カンナは居た。

 ……あの日クロバールに帰還してから、ずっとレギオンのリーダークラスの人達から色々言われ続けていてさえ、面倒なことになったぐらいにしか考えていなかったかもしれない。

 それが、オルテウスと話して、初めて気付かされる。

 ユキはそんなことを、予想していたんだろうかと思った。このゲームで……この世界で何をしたいのかと、ユキは訊いてきた。それは、マスターの言ったことと、酷く似ていて。


「だから、マスターとして、これは訊いておきたいと思う。もし同じことがもう一度あったら、カンナはどうする?」


 カンナは、自分より大分背の高い、オルテウスの顔を見上げた。


「私は……」


 同じことを、もう一度考える。

 レギオンに迷惑をかける。聖堂騎士団(テンプルナイツ)からマスターは難癖をつけられるだろうし、会議とかで言いたいことを言わせて貰えなくなるかも知れない。メンバーのみんなも戦争で嫌がらせを受けるかも知れない。


 それなのに、自分は聖堂騎士団(テンプルナイツ)と戦おうとするだろうか。

 一人、敵に挑みかかっていったユキの背中を、ただ見ているだけで、いるだろうか……。


 カンナは、ぎゅっと手を握りしめて、顔を上げる。


「私は……同じように戦うと思います……」


 それでも……とカンナは思う。あんな大人数で、レギオンの力に任せて、クエストの物語を邪魔することなんて許せないと、思ってしまった。このゲームの世界の物語を、これからあり得るだろう色んな嫌なことに負けて諦めるくらいなら、こうやってゲームを遊ぶ意味さえないと、思ってしまった。


 オルテウスは、ふっと笑う。眩しいものを見るような、何かを少し懐かしむような、そんな笑顔だった。


「そうだろうって思ってた。私にとっては、残念だけどね」


 カンナは……それは半ば予想していたことだったし、覚悟していたつもりだった。どちらかを選べと言われて、自分は選んだのだから。


「ごめんね。だけど、私はレギオンマスターとして、カンナに言わないとならない」



重ためな感じのが2話続きました。

次からはまたクズサイドのユキさん視点に戻ります(何

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