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006

◇  ◇  ◇


 ふわりと浮いた体と、虹色の泡のような視界に包まれている間、何を考えていたのだっけ。

 とん、と鳴ったかかとが、石畳の敷き詰められた固い地面を捉えた。

 

―クロバール共和国 首都 ディオファーラ

 若葉月 25の日


 最大のプレイヤー人口を誇り、今や6カ国最強とも謳われるクロバールの首都。大理石と水晶とで組み上げられた背の高い建物が並ぶ街並みは、機能美的で、どこか現実の高層ビル街を彷彿とさせる雰囲気を持っている。自由で、理知的で……少し無機的で冷たい、共和国の都。


 建物の間に広々と設えられた中央広場。そこに無数にたむろするプレイヤーの何人かが、今し方現れたカンナの方を振り返る。

 目を開いて、合う、いくつもの眼に、カンナは心臓が締め上げられたような気になった。


――自分は同国の人に、PKで狙われるようなことをしたんだ……。


 まるでクロバールの人達全員から敵意を向けられているような錯覚。普段なら全く気にならないはずの通りすがりの人の無遠慮な視線が、心の奥にまで差し込まれてきて、カンナは怯えてしまいそうになる。


――ユキはなんで、こんなのを気にせずに居られるんだろう……。


 ソロで自分の力だけを頼りに方々を煽っては、恨みを買っているであろう同級生。リアルではむしろ大人しくて、お人好しに見えるのに。

 だけど今、自分はそんな彼に助けて貰って、この場に無事で戻ってくることができた。帰ってきた理由を果たさねばと、カンナは唇を引き結んで顔を上げ、正面を見据えて、歩き出した。


 グラディウス・アルジェンティウスの各国首都は、雰囲気こそ全く異なれど、大まかな造りは似せられていた。それは、国が侵略を受けた際に首都こそが最後の砦となるようデザインされていることに起因するようだ。

 首都の最深部には国家の最高機関――クロバールなら元首府、アグノシアなら帝宮が聳え立ち、それを取り巻く内周部は、レギオン設立やネイショナル・クエストの申請等の機能施設。真ん中には各辺境拠点へと繋がる転送NPCを中心とした大広場が広がり、その外側には武器屋、防具屋、道具屋の各ショップが並ぶ。

 そして最外周、首都の外城壁から張り出すように築かれた巨大な出城が、フォルタリティア・レギオナ――プレイヤー達からは単に要塞、あるいはレギオン城などとも呼ばれる、大手レギオンの拠点だった。


 毎週ごとの国家貢献の集計で上位五位までに入ったレギオンが居を構えることを許される城塞。多くのレギオンが、栄誉に彩られたレギオン城の主となることを夢見て、日々戦争にメンバー勧誘にと励んでいるというが、ことクロバールに関しては、ここ2、3ヶ月はその主の名は変わっていない。


 最大にして最強のレギオン聖堂騎士団(テンプルナイツ)を筆頭にして、ブリュンヒルデ、エクリプス、花鳥風月……そして、エルドール。


 天を衝く尖塔が、ぎざぎざの城壁が、間近に迫る。

 インフォメーションウィンドウのレギオンチャット欄には、相変わらずあまり見たくも無い言葉が流れ続けている。カンナは歩みを止めると、黄金の翼を描いた旗が翻る、エルドールのレギオン城を見上げた。

 

 マスターとちゃんと話すのなんて、どれくらいぶりだろうと考えたが、思い出せなかった。


 カンナがエルドールに入ったのは、ちょうど半年前ぐらいのことだ。まだ、その頃はエルドールはそこまで有名なレギオンでは無く、良くて中堅どころと言った感じで、仲の良い身内レギオンという色合いが強かった。レギオンメンバー全員でクエストにでかけたり、負け戦場に入って奮闘したり、マスターは『マスター』というよりは単にメンバーのまとめ役程度で、普通にレギオンチャットで馬鹿なおしゃべりもしていたし、カンナも言葉少なにも会話は交わしていたように思う。


 それが、あるとき偶然エルドールが5位にランクインしてしまい、レギオン城に居を構えてからだった。段々とレギオンが変わり始めたのは。

 

 加盟希望者が急に増えて、来るもの拒まずだった方針の下で、急激にレギオンはふくれあがった。戦争を真面目にやる人達の、出撃募集や、戦争中の指揮連絡でレギオンチャットが占められるようになって、日常会話やどうでも良いおしゃべりは、段々減っていった。

 マスターは執務でレギオン城に籠もりがちになって……。


――顔もなんだかはっきり思い出せないな……。


 レギオンに誘ってくれて、すごくお世話になった人のはずなのに。

 ずっと好き勝手やっていた自分の話なんて、聞いてくれるだろうか……。


 泡沫のように心の底から途切れなく浮かんでくる色々な不安を抑え込んで、カンナはレギオン城の扉を押し開けた。

 皆が大体家に帰って夕食を終えて、レギオンの本格的な活動が始まる時間にはまだ早く、帰宅部の学生はちょうどソロなり何なりで戦争や狩りにでかけている時間帯。魔法の明かりで陽射しが差し込んでいるように明るく照らし上げられた広い廊下は、がらんどうとしている。

 あまりカンナはレギオン城を好んでいなかったため、入るのは数度目でしかない。ウィンドウから開いた地図にちらちらと目をやりながら、かつんかつんと大理石の床を響かせて、マスターの部屋へと向かう。


 後で考えてみれば、レギオン情報でログインしていることは確認できているとは言え、マスターがレギオン城に根を生やしているとは限らなかった。1対1モードででも話しかければ良かったのだけれど、そんなことにも考えが至らずに。

 

 階段を上った先の、固く閉ざされた扉の先の、マスターの部屋。


 立ち止まって、カンナは扉に阻まれるように、また逡巡する。


 ユキはマスターと話せと言った。

 だけど、一体何を話せば良いんだろうか。

 聖堂騎士団(テンプルナイツ)とのことで迷惑をかけていること、謝りたいのか。

 それとも、聖堂騎士団(テンプルナイツ)の不当を訴えたいのか。

 今のレギオンについて、何か言いたいことがあるのか。

 自分の向かう先について、示唆が欲しいのか。


 結局、自分が何を話したいのか、自分でも掴めない。もやもやとした気持ちは何かの形に固まることは無くて、考えは頭の中をぐるぐる回るばかりでどこにも行き着かない。


 ……ただ、「マスターと腹を割って話して欲しい」そう、ユキから言われた時、ああ、しばらくマスターと話してないな、どうしてるかな、そう思ったのは確かだった。


――どうしてますか、なんて。


 こんな時に、そんなことを言ったら、きっと怒られるだろう。

 だけど、聞きたいと思えたのはそんなことばかり。


 自分にため息を一つ。それでもカンナは顔を上げて、掲げた手で、軽く扉を鳴らした。


「……どうぞ」


 そんな、懐かしさを覚える声が扉の向こうから、カンナを迎えた。


今回は少し短め。

&地の文ばかりで、ちょっと固くてすみません。


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