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005

 カンナはその細い肩をふるわせたように見えた。


「PK……ですか」


 立ち上がろうとした魔法剣士殿を慌てて抑える。カーディガンの裾を咄嗟に掴んでしまって睨まれたけれど。


「まだ……私達が気付いたことを知られたくない。考える時間が欲しい。もうちょっと、このままで」

「……すみません」


 カンナは素直に従って、おそらくは剣を実体化させようとしていたんだろう、胸の前に差し翳していた手を下ろしてくれた。


索敵(サーチ)にひっかかってる限りでも5、6人はいる。この暗さだし高レベルの隠密(ハイディング)までは見破れてないかも」

「この辺りってPK良く出るんですか?」

「……いや、こんな過疎マップだよ? 聞いたことも無い」


 俺の答えに、カンナは唇を引き結ぶ。


 PK――Player Killer、あるいは、Player Killing。それをゲームシステムに組み込むか、組み込まないか。あるいは組み込んだとして、どこまで重みを持たせるのか、というのはMMORPGにとって永遠の課題であるように思う。

 各国の領土フィールドではPK不可、ブライマル自由都市連合やカンディアンゴルトのような中立系のフィールドではPK可というのが銀剣の制作者の選択だった。中立系フィールドはモンスターやダンジョン分布としてはある程度熟練者向けとなっていて、要は銀剣の世界に慣れてそれなりに強くなったならPKも含めて対処しろよ、ということになる。


 そもそもが国家間戦争がテーマのゲームだし、さぞかしPKも多くなるんだろうと俺もゲームを始めた当初は思っていたが、銀剣の世界においてもPKは例外的な存在だった。名前の知られているPK集団は全土で3つばかりしかない。


 これは、どこかのフォーラムかどこかで読んだ考察の受け売りだけど、戦争やPVPフィールドで行われる対人は、お互い戦うためにそのフィールドに居る……要は、お互い合意の上で行われる恨みっこ無しのスポーツみたいな感覚。一方、同じ対人でもPKは襲撃される方は狩りやら何やら違う目的でその場にいるわけで、当然怨嗟や復讐が生まれる。その重さを背負い込む気にならない人が多いのでは無いかと思う。


 まあ、もし仮にPKに襲われたなら撃退すれば良い。やられたらちょっとジークやネージュにご協力いただいて地の果てまで追いかければ良いというのが、俺のスタンスだったが、どうも、今回はそうも気軽に考えても居られないように思えた。


 こんな地の果ての過疎村でのPK。それもこれだけの人数を集めて、待ち伏せするには効率が悪すぎるだろう。


 まるで……俺かカンナを狙い撃ちにしたかのように。

 そして、カンナも恐らくそれを悟っている。


「ユキ、ちょっと恨み買いすぎなんじゃないですか」


 そんな軽口も、張りを失ってかすれた声では、どうしようもなかった。俺は苦笑して、


「確かに、この身に覚えはありすぎだけどね……」


 俺は、カンナがつけられたのだと、ほぼ確信していた。そして……血がにじみ出てもおかしくないくらい強く噛みしめられた唇、険しい横顔に、同級生の女の子もきっとそこまで、わかっているんだろうと思った。

 

 ここを根城に活動しているPKである確率はほぼゼロに近い。であれば俺達はつけられたのだということになる。昨今ここまでされるような、思い当たることはカンディアンゴルトでの一件だけだ。

 クロバール所属である聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中に、アグノシア所属の俺をつけることは不可能。万が一には、世界中の転送NPCに網を張っていたなんてこともあるのかもしれないが、可能性としてはまずないだろう。

 それに、どうもあいつらは俺よりも、クロバール所属なのに敵対してきたカンナにより一層怒りを燃やしているようなところがあった。


 カンナをつけてPK可能フィールドに出たところで、憂さを晴らそうとしたのか。そこまで考えて、しかし、俺はひっかかりを覚える。そんな単純な話では無いのでは無いか。


 それなら、今日カンナがソロで行動している時や、あるいは夕方の今になるまでPKを仕掛けるメンツが揃わなかったとしても、そもそも俺が到着する前にさっさと仕掛けてしまった方が良かったはずだ。

 

 ……例えば、カンナが俺と接触しているところを抑えて、戦争作戦の情報漏洩の疑いを被せようとしている。あるいは、本気でカンナが俺と結託したスパイであると疑っている。それなら、仮にも同じクロバール所属の人間であるカンナを襲撃した理由にすることもできて、聖堂騎士団(テンプルナイツ)とエルドールの間が極端に悪化することも無い……か。


 そこまで考えて、俺はまた苦笑せざるを得なかった。たかがゲーム。だけど、色々な人がそれなりに時間を費やして遊ぶMMORPGには、人と人、レギオンとレギオン、国と国、複雑で面倒くさいことはつきものなのだ。

 そんなことを考えずに済むように今の道を選んだはずなのに、フレンドリストに一人登録されただけでこのざまだ。


 かといって、後戻りしたいとは……不思議と思わなかった。


――戦って倒し倒されしたら……あとは、良い戦いだったねでお互いを尊重してでいいじゃないですか。

 

 そんなことを言ってしまう真面目なカンナ。栂坂さん。きっと、大勢の人間から敵意を向けられることになんて慣れていないんだろう。ここまでされるということに、思うところもあるだろうし、でも思い悩んでもきっと助けてとは自分からは言わない人なんだろうなという気がしていた。


 まるで……半年前の自分を見ているような気がしていた。


「カンナ、転移の羽根のストックはある?」


 俺の声に、カンナはいぶかしげに眉をひそめた。


「ありますけど……転移の羽根使ったところで逃げ切れないんじゃ」


 カンディアンゴルトからの離脱にも使った転移の羽根だが、使用してから実際に効果が発動するまでに30秒ばかり時間がかかる。あくまで狩りやクエストを終えてからのショートカット用アイテムであって、緊急避難用のアイテムではないというわけだ。

 カンナの言うとおり、今転移の羽根を使ったところで、効果を発揮する前に攻撃で効果中断を食らって、そのまま袋だたきだろう。

 だけど、そんな単純なことを忘れている俺では無い。


「私が合図したら、小屋に逃げ込んで、転移の羽根を使って。首都に戻って、カンディアンゴルトのこと、マスターと直接話すんだ」

「……ユキはどうするんですか」

「私はここで時間を稼ぐ。これだけの、たぶんそれなりの手練れ相手に流石に勝てると言うほど傲慢じゃ無いけど、30秒ぐらいならもつでしょ」

「な、なんでそんなこと! ユキがそんなことする理由なんてないじゃないですか!」


 目を見開いて声を荒げたカンナに、俺は優しく微笑みかける。こんな表情リアルじゃ出来たものじゃないけど、これがゲームの中の良いところですよね。


「カンナもわかってるんでしょ? PKがきっとクロバールの連中なんだって。それに、狙いは俺と言うよりはカンナなんだって」

「……それは」


 わかっていることでも言葉にされると辛いものだ。俯いたカンナに、俺は言葉を続けた。


「相手の一番の意図をくじいてやるというのは、戦いの基本。

 それに……これはお節介かも知れないけどさ。きっとあいつらに一度でも殺されたら、カンナはもう、素直にはマスターと話せなくなっちゃうと思うんだ。PKされたことが心に引っかかって。だから。カンナがどういう選択をすることになってもその前に、こんなことになったこと、まずマスターと腹を割って話して欲しい。これは私の勝手な願いだから、まぁ」


 流石に少し照れくさくて頬を掻いてしまったけれど、そんな俺を、カンナはじっと見つめてきて。

 瞳に色んな感情が揺らいだようにみえたけれど、それは松明の炎の揺らめきに過ぎなかったんだろうか。

 

「私は……こうなったのだって私が決めた結果なんだから……」


 絞り出すような声が答えを出す前に、インフォメーションウィンドウの敵性アイコンが動き始める。狭まる、レッドアラートの輪。

 俺は、愛剣を両手の中に実体化させ、立ち上がった。


「奴ら痺れを切らせたみたいだ。行って! カンナ! ちゃんと話して。出来れば……間に合うなら、レギオンに残れるように頑張って欲しい」


 物見小屋の扉を背に俺は立つ。カンナは、それでも何秒か逡巡していたようだったけれど。


「……すみません、武運を」

 

 かすれた声。


「それから……あとで、ユキは一体昔……教えてください」


 その声にも、俺は振り返らずに、ただ、扉の閉まる音を聞いた。


「……さて」


 ぼりぼりと後頭部を掻きやる。

 過ぎてしまうと、どうにも似合わないことをしたものだと、若干憂鬱になりながら思った。ユキであるうちはまだ大丈夫だが、ログアウトした途端、自分の台詞を思い出して恥ずかしさにのたうち回ることは間違いない。

 さらに言うなら、ログアウトしたら、隣には栂坂さんその人がいるのである。


――さっさとやられてこっそり帰っちゃおうかな……。

 

 そんなことも考えてしまうが、やはり、ただでやられてやるというのは性に合わなかった。

 どうせ死んだら、死に戻りするまでの時間散々煽られるんだろう。2、3人は道連れにしてやらないと気が済まない。



多くの人に読んでいただけて、本当にありがとうございます、としか言いようがありません……!


ストーリーにスピード感持たせて、次話にわくわくして貰えるよう頑張りますー

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