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ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている  作者: 紫花
同級生に踏みつけられたことってありますか?
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002

「なにやってんだよ、悠木」


 1限の世界史の授業が終わり、わずかばかりの自由時間にざわめく教室。何人かで固まって賑やかなのは、運動部で活躍する連中だったり、部活に入ってはいなくてもいつも何人かでつるんで放課後を目一杯楽しんでそうな連中だったり。明るくて自分に自信があって人好きする奴らだ。同じ帰宅部でも、一人で真っ直ぐ自宅に帰る以外に用事の無い俺みたいなのは、教室の隅っこで目立たず静かにエネルギーを温存するばかり。


 引き篭もりのゲーマーです。何か文句ありますか。


 そんな根暗なのに声をかける酔狂な奴なんて一人しか居ない。

 不機嫌に顔を上げた俺に、何の悪縁か、中学以来同じクラスの中里裕真(ナカザトユウマ)は、人好きする笑顔で笑ってみせた。


「遅刻なんて珍しいじゃねえか。栂坂さんといつの間に仲良くなったんだよ」

「別に、ただ昇降口でばったり会っただけだよ。千早センセのうわごとを真に受けるなって」


 眉根に皺を寄せて、ちらりと後ろの席を窺う。栂坂さんは朝の疲れが祟ったのか、机に突っ伏して夢の世界に旅立っている模様。裕真のたわごとを聞かれなくて幸いだ。


 結論から言えば……俺達はあんまり無事では済まなかった。



「おはよう、四埜宮、栂坂。仲良くお揃いで遅刻とは珍しい。ゆうべはお楽しみでしたね、と言う奴か」


 

 ホームルームの終わりを見計らって教室に忍び込もうとしたのを、担任の千早センセに悪魔のような笑顔で呼び止められ、公衆の面前で辱めを受ける羽目になった。言われなくても楽しんでみたい。何をとは言いませんが、思春期だもの、み○を。

 実際のところは、一人でネットゲームをお楽しみでした。

 お楽しみでもなかったのにお楽しみ呼ばわりされ、その上、放課後に教材の片付けの手伝いまで命じられ……踏んだり蹴ったりだ。

 あのセクハラ教師いつか絶対訴えてやる。


「俺は傷心なの。今日は何もやる気起きないの、放っておいてくれよ」

「何が傷心だか。何時までゲームやってたんだよ、特に大きなイベントや作戦(キャンペーン)があった訳でも無いのに」


 鼻を鳴らす。見た目だけならスポーツマン然とした好青年のくせに、俺と同じ割と重度のネットゲーマー――いうなれば『廃人』仲間である裕真には、すっかりお見通しという奴か。

 

 俺と裕真がプレイする『グラディウス・アルジェンティウス』――通称『銀剣』は、2年前にサービスの始まった、仮想現実型のネットゲームタイトルだ。裕真との付き合いは、銀剣のベータテストの頃からだから、2年を超えることになる。どうせ腐れ縁なら可愛い女の子が良かったんですけどね。


「昨日はさ、どこのレギオンだったか忘れたけど、5人がかかりで絡んでくる奴らがいてさ」

「どうせどっかで煽った連中なんだろ」


 呆れた顔をする裕真に、俺はひらひらと手を振った。


「あちら様はそう言ってた。で、そいつらは返り討ちにして終わりだったんだけど、その中の一人がその後ずっと、他の戦場にもついてきて、その子と戦うのが楽しくて」

「戦っただけ?」

「そりゃ勿論、倒した暁には、踏んだり踏んだり座ったり」

「相変わらずの屑ぶりな……」

「喧嘩を売ってきたのは向こうだったし」

「まぁ、そうかもしれんが。でも、それでずっとついてくるなんて珍しいな。大概途中でキレ落ちか、仲間を呼んで大勢で仕掛けてくるんだろ?」

「うん。それなのにずっと一人で挑んできて、気合い入ってるなと思って。腕も良かったし、ついついこっちも夢中になっちゃった」


 銀剣は、ざっくり言ってしまえば、ファンタジー世界を舞台に、世界の覇権を巡って争う国同士の戦いをテーマにした、プレイヤーVSプレイヤーの対戦主眼のゲームだった。

 広大なフィールドを舞台に百人から、時には千を超えるプレイヤーが争う。そこでは、戦争自体の勝利を目指して、同じ国に所属すプレイヤーと協力して集団戦を繰り広げるも、剣技を競って一騎打ちに挑むも自由だ。

 俺みたいなソロプレイヤーが、敵国の女の子を踏みつけたりして、いちゃいちゃするのも自由。多分。


「お、それっぽいこと、銀剣のフォーラムに書かれてるぜ」

 

 裕真がそう言ってスマートフォンの画面を見せてくる。

 それは、俺もスキルやクエストの情報を集めるのに時折お世話になる、銀剣のフォーラムサイトの掲示板に匿名で投稿された記事だった。

 曰く。 


――昨日アグノシアの『ユキ』っていう人に死体の上に座られたんですが、こういうのって普通のことなんでしょうか。敵とはいえ同じプレイヤー同士敬意をもって戦うべきだと思うんですが。


 返信(レス)も結構伸びている。


――煽りとか最低ですね。ノーマナーです。運営に通報してみては?

――こんなところに書き込む前に、もっと腕上げて勝てるように頑張ったら?

――そいつ結構有名な屑だよ、ほっときな。

――ひどい目にあったね。俺が守ってやるよ、連絡先教えて。


 ……まぁ、人間、自分が当事者でないことにはなんだって言えるものである。あと直結は死ね。


「流石に腹に据えかねたのかな」

「他人事みたいに言うけど、晒されてるのはお前だからな」

「まぁ、そのあたりはもう今更だからさ……」


 『ユキ』――それが、俺の銀剣のゲームアバターの名前。1ユーザー1アバター制の銀剣ではプレイヤーネームと言ってもいいのかもしれない。そして、名前の通り女性アバターだ。

 女性アバターを選んだのにはそんなに深い理由があったわけではないのだが、やっぱりせっかくプレイするならむさい男より可愛いのがいいなぁとか、せっかくだし女の子を体験してみるのも……とか、良いじゃ無いですか。可愛い女の子になってみたいと思ったこと、誰でも一度ぐらいあるよね。可愛い女の子になって以下自粛。

 

 もっとも、ユキという名前――それは銀剣の中では、可愛い女の子だなんて好意的に見られることは無く、忌まわしく吐き捨てられることの方が多いんだろうと思う。

 昨日戦った子も、感情を示す脳波を読み取ってアバターの表情に反映させる銀剣の卓越したエモーションエンジンによって、最後の方は、半泣きと怒りがない交ぜになったもの凄い顔になって挑みかかってきていたっけ。

 

「ちなみに、どんな子だったんだ? 子って言うからには女キャラか?」


 裕真の問いに、記憶の中の景色を探る。


「……うん、女の子だったよ。名前はちょっと忘れちゃったけど」

「覚えておいてやれよ……」

 

 名前なんて、名乗られでもしなければ、ただアバターの頭の上に浮いている文字列に過ぎない。

 それより記憶に鮮明に焼き付いていたのは、こちらを真っ直ぐに見つめてきた、意志の強そうなハシバミ色の瞳だった。


「小柄で華奢な、黒髪の女の子。大人しそうだけど、でも芯は通ってそうな……スキルビルドは魔法剣士だったな」

「なんか、栂坂さんみたいだな」


 そんな相変わらず空気を読まない裕真の言葉に肩をふるわせて、思わず後ろを確認してしまったが、栂坂さんは、相変わらず机に突っ伏したままだ。


「栂坂さんがネットゲームなんかやってるわけないじゃん」

「ま、そりゃそうだ。可愛い女の子キャラなんて、どうせほとんど中身おっさんだしな。ユキちゃんもこんなんだしな」

「うるさいよ、ユキちゃん言うな」


 一応、俺や裕真ほどの廃人ではないが同じく銀剣プレイヤーの妹に、『兄様似合ってるよ』と言われたことはありますけどね。リアルの面影があるよね、ってどういうこと。一応わたくしれっきとした男なんですけど……。


 ただ、実際仮想世界で長らく遊んでいると、自分はどちらだっけ、なんて思ってしまうことも時折あるのは事実だった。今の自分は、悠木か、ユキか。

 また、あの剣士は挑んでくるだろうか。また戦えたらな、と思う。

 

「つか、いい加減そんなプレイやめて、レギオン入れよ。今アグノシア劣勢で苦しいんだぜ?」


 そんな裕真の言葉に、きょとんとして、それから苦笑した。


「……んー、まだしばらくはちょっとな。ソロの気楽さになれちゃうと。それにこんなのを入れたらレギオンの評判だって落ちるだろ」


 どんなネットゲームにも大抵は存在するギルドとかそういう集団は、銀剣ではレギオンと呼ばれていた。俺も昔はレギオンに所属していた。だけど、半年ぐらい前からそこから抜けてほぼソロでの活動をしている。


 理由は色々あった。


 ……まぁ、大規模になれば100人を越えるレギオンでは、みんなが気心の知れた友人とはいかなくなるし、何かと息の詰まることが多くソロの方が気楽に思えてきてしまったから、といったところだ。


 もちろんレギオン中心にデザインされたゲームであるので、ソロでできることには限界があり、物足りなさを感じることもあったが、それでも。裕真とは時折はレギオン抜きで一緒に遊んでいるし、ライトユーザの雪乃のプレイを手伝うこともあったし、それなりという感じだ。


「はやく銀剣やりたいなぁ、早退したいなぁ」

「ちゃんと高校生活と両立しろって。千早ちゃんに本気でキレられても知らないぞ」

「うん……知ってる。とりあえず今日の遅刻を清算しないとならないってことぐらいわかってるさ……」

 

 はぁ、と。千早センセから言い渡された罰を思い出すと気が重くなった。

 肉体労働も嫌だったけれど、それ以上に……みんなの目の前であんなことを言われて、真っ赤になっていた栂坂さんと一緒に二人きりで、放課後、仕事をこなさないとならないなんて。


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