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016

 そのまま歩いてカンディアンゴルトを後にしても良かったのだけれど、更に言うなら、未だ広間の前でじりじりしているだろう聖堂騎士団(テンプルナイツ)の諸氏に向かって、ご機嫌よう群れても雑魚の諸君、時間の無駄遣いご苦労様! とねぎらいの言葉をかけてから退出するというのは、実に魅力的な選択肢だったのだが、クエストの余韻ぶち壊しなので避けることにした。


 転移の羽根は拠点都市か、直近訪れた都市5つまでのいずれかへの瞬時移動を可能にするアイテムだ。大した値もせず道具屋で購入可能。戦域では使用不可。どうも銀剣は基本的に、戦争はリアリティを求め、レベル上げやクエストは快適なプレイを重視するようにデザインされている感がある。

 浮遊感が体を捉え、次の瞬間には、懐かしささえ感じる砂漠の町の景色が広がっていた。



―ブライマル自由都市連合 盟約市アル=ニグロス

若葉月 3の日


「……ありがとうございました、旅の方」


 日の届かないダンジョンに籠もっていた身にはいささか眩しすぎる南の国の太陽が照りつける下、俺達は小走りに姫君のところへと向かった。相変わらず、プレイヤーが列をなす景色は、これがゲームなのだと言うことを無情にも教えてくれるが、例えゲームだって、記憶に残る物語というのはあるのだと、俺達にはもう十分にわかっていた。

 

 カンナが手渡した、オルランドの遺品の手紙。それを読み終えたアンジェリカは、古びて薄汚れた紙をどんな宝物よりも大事そうに胸元に抱え、そう微笑んだ。その眦に、涙が珠になって、流れ落ちる。


「あの人が待っていてくれる……もう私も怖れること無く行くことができます。本当に、ありがとう。これはささやかですが、私からのお礼です」


 インフォメーションウィンドウにクエスト報酬のメッセージが灯る。レアンダールの指輪、武器熟練値を底上げしてくれるアイテムだ。地味に嬉しいアイテムだったが、このアイテムのために聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中があんな封鎖をおこなっていたのかと思うと複雑な気持ちになった。

 ゲームをどう遊ぶかなんていうのは、その人それぞれの勝手だ。だけど……俺にはアイテムとかレベルとか勝ち負けとか、それ以上に大事にしたいものがあるというのは確かだった。このクエストでそれを改めて確かめられたのは、一番良かったことかもしれない。


「それでは……もし来世とかそういうものがあるなら……また」

「あ……」


 別れの挨拶を告げようとした姫君に、ふと、カンナが駆け寄る。

 何故かこちらを一睨みして、姫君の耳元で何事かを囁いた。

 姫君は一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに笑顔になって、こう告げた。


「もちろんです。あの人は……オルランドは、この世界で一人だけですもの」


 花のほころぶようなその微笑みに、カンナはぼんやりとしたように見入って……。


「さようなら、ありがとう、名も知らぬ方々。あなた方の旅路に幸運がありますように」


 アンジェリカ、古の王国の姫君はオルランドと同じように光になって消えていった。

 俺達の後ろに並ぶ、他のプレイヤー達にはまだ姫君の姿は見えているんだろう。クエストの進行具合によってNPCの反応や見え方が異なるというのはネットゲームでは良くあることだったが、彼らに見えている姫君はもはや何か偽物か幻のような気がして、俺はふうとため息をついた。


「終わったね……」


 ネージュがのびをしながら、そう言う。リアル時間をシステムから確認すれば、もう17時。本当に一日をこちらの世界で過ごしていたことになる。


「すっかりネトゲ廃人という奴だね。あ、カンナは元からでしたね」

「ユキはよっぽど死にたいみたいですね?」


 相変わらず剣呑なカンナさんに、俺はいやいや、と手を振った。


「そういえば、姫様に何訊いてたのさ、カンナ」

「ヘンタイは黙っててください」

「ちょっとそれは酷くないかな……」


 悪意の無い疑問をヘンタイ呼ばわりで返されて、流石に悲しくなって俺は口を尖らせる。

 だけど、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いたカンナにとりつく島はなさそうだった。


「まぁ……そろそろお夕飯の時間ですし、落ちないとですね。

 今日は、その……ありがとうございました」

「うん、こちらこそ楽しかったよ」

「ありがとうございました! また是非一緒に遊んでください!」


 元気よく笑うネージュに、カンナも相好を崩して、


「戦場で会ったときは、お手柔らかに。ユキには言ってませんからね」

「知ってました……」


 ちょっと可愛らしくむくれて見せて、まあしかし、手加減なんてこちらも望むところでは無い。

 聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中を危なげなく捌いて見せたカンナ。オルランドの神速の一撃をパリィしてみせたカンナ。

 不滅の刃(デュランダーナ)を装備して一段と強くなったはずの彼女とまた本気で戦いたいというのは、俺の偽らざる望みだった。当然負けることなど考えていない、地面に這いつくばらせて踏みつけてやるつもりだ。今日の友は今夜の敵、でしたっけ、ありましたよねそんな諺。


 そんな陰険なことを考えてにやにやしている俺を尻目に、ネージュはぽんと手を鳴らすと、カンナに向き直った。


「あ、カンナさん、フレンド申請しても良いですか?」

「あ……はい、是非……というか、こちらから送りますね」


 少し頬を赤らめてカンナはシステムウィンドウを操作する。ネージュはすぐさま中空に指を滑らせ、にっこりと笑った。


「ありがとうございます!」


 それから、何故か俺のインフォメーションウィンドウにもポップアップが上がる。

 

――Kannaさんからフレンド登録依頼がありました。


 ……なんだろう、驚きのあまり俺、変な顔になってたりしないかな。


「……何か文句有るんですか」

「いや、あのですね……」

「友達と名の付くものは、たとえ社交辞令に過ぎないフレンド申請でも受けないことにしているとか、そういう信念があるのなら別に良いですけど」

「いえ……うん、それじゃ有り難く、受けておくことにするよ」


 申請を承諾する。ふん、とまたカンナは鼻を鳴らした。


「……それじゃ、落ちますね。いい夜を」

「また!」

「またね。戦場でお会いしましょう」


 俺の挨拶を憎まれ口と捉えたらしく、カンナはこちらを一にらみして、そして現実世界へと戻っていった。


「んじゃ、私達も落ちますか」

「はーい」


 ログアウトのカウントダウンを横目に、ぼんやりと考える。

 ユキのフレンドリストは、あの日から真っさらだった。ジークやネージュさえ登録していない。それは信念と呼ぶべきものだったのか、もう今となっては自分でもよくわからなかったが、とりあえず、今ユキさんのフレンドリストにはカンナの名前一つだけが刻まれているだなんて、絶対に言わない方がいいだろう。



 

 ……ベッドの上で目覚める。

 夢から覚めたような、まあ、実際夢から覚めたと同じようなものなのだけど、この感覚はどれだけ銀剣をプレイしても慣れるものでは無い。

 涙のにじむ目を擦る。もうすっかり夕方、薄暗くなった部屋に電気をつけて、のびをした。


「お疲れ様、兄様!」


 そして相変わらずノック無しで部屋に入り込んでくる雪乃。そろそろ教育的指導を加えてやった方が良いんでしょうかね。


「うん、お疲れ。なんだかごめんな、俺ばっか楽しんだようなクエストになっちゃって」

「ううん、全然。凄く楽しかったよ。特に今回は、兄様のおかげで特別なお話だったしね。偏屈な武器選択もたまには役に立つね!」

「まあな」


 一応褒められたと思って良いんだろうか。まあ、妹孝行をするという当初の目的は達せられたということにしておこう。


「それに、カンナさんとも知り合えたし。にふふふ」

「何だよその気持ち悪い笑いは」


 チェシャ猫のように笑う妹をジト目で見やって、そういえば、と俺は思い出した。


「お前、最後こっそり梟の耳使ってカンナが姫君に何言ったか聞いてたろ」

「……あ、ばれた?」

「カンナは気付いてなさそうだったけどな……盗み聞きは関心しないぞ」

「はーい……今回だけにします」

「で、カンナは何て言ってたの?」

「……兄様は時々言ってること無茶苦茶だよね」


 はい、自分でもそう思うときがあります。


「でもこれは教えられないな-。女の子同士の秘密ということで」

「何だよ、それ」


 肩をすくめて、しかし、そこまで知りたいことでも無かったし、俺はそれ以上は追求しなかった。

 もうすぐ親も帰ってくるだろう。夕食を食べたら夜は戦争だ。折角フレンド登録したし、有効活用しようかな……追跡の。

 などと、邪なことを考えつつ、俺は雪乃と一緒に部屋を後にして、階段を下った。


 

 ……だけど、その夜、カンナはログインしては居たけれど、戦場にやってこなかった。

 日曜、俺は半日ぐらいずっと気ままに戦場を回っていたけれど、カンナがログインすることは無く……。


 月曜、栂坂さんは学校を休んだ。

連続投稿です!(一本に纏めろとry)


思ったより随分長くなってしまったクエスト編、漸く終了。

戦争メインのはずのグラディウス・アルジェンティウスですが、すっかり冒険メインのような雰囲気に。本当はもう少し簡単に終わらせるつもりだったんですが……w


次から新章スタートです!

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