015
オルランドが脇構えから放とうとしている突進スキルは朧月と言い、全く同じ構えにも関わらず、技の軌道は放つ人間の意志によって、袈裟懸けか横薙ぎか、どちらかに変化する。
俺に課せられたのは、オルランドが一体どちらを選ぶのか、それを正確に読み切って後の先を取ることだ。速度に勝る相手に、こちらからスキルを先出しすることは許されない。
限界まで高めた集中に、自分の鼓動の音ばかりが、時間を刻む。
最初にオルランドが朧月を使ったときは、袈裟懸けの軌道だった。普通なら同じ手は採らないだろうが、裏を読んで同じで来る可能性もある。袈裟懸けならば、強撃で弾いて……いや。
「参るっ!」
オルランドの烈声がはじけ、刀身が白く輝く。
「死神の鎌!」
同時に俺もスキルを叫ぶ。脇に構えたグレートソードが煌めき、それ自体が意志を持っているかのように加速を開始する。大剣固有、横一線の攻撃範囲を持つ薙ぎ払いの突進技。
戦いのさなかに訪れる、時間が引き延ばされたような感覚。刹那とわかっているのに、あたかもスローモーションのように動く視界の中で、オルランドの剣が描く横薙ぎの軌跡。
オルランドが動く寸前で俺の脳裏に走ったのは、かつて物見の塔で戦った男のことだった。オリヴィエという名の大剣使いは、強撃を多用する癖があった。オルランドを親友と呼んだ男。きっとオルランドはオリヴィエと何度となく修練で剣を何度もあわせたのだろう。彼の頭に大剣使いの戦法として刻まれたのが、オリヴィエの戦い方だったとしたら。
そのひらめきは的中した。
白銀の軌跡は空中で激突し、激烈な火花を散らした。
両腕に衝撃が伝わるが、スキル同士の正面衝突ならば、いかにオルランドの剣技が優れたものとしても、武器の特性がものを言う。すれ違いざま、崩れゆくオルランドの体勢に、俺は歯を食いしばった。
「あああああああああっ!」
着地の勢いを、地面に大きな弧を描いて殺す。間髪入れずに次のスキルを起動。床に手を突き、まだ背中を向けたままの騎士に向かって。
「狼の牙!」
スキルが俺の体を一発の弾丸に変えて撃ち出した。大振りのスキルを崩された場合のディレイは相当に長い。ましてやこちらに背を向けたままの姿勢では、このスキルが届いた瞬間に、勝負は終わる……
……だが、流れる視界の中央に捉えたオルランドの動きに、俺は背筋に戦慄が走るのを感じた。
――動けるのか、そこから……!
「おおおおおおおおっ!!」
弾かれるように立ち上がったオルランドは、振り向きざまに縦一文字の切り下ろしを放った。
切っ先が霞むほどの一撃。スキルでさえ無いはずなのに、俺の突進を上回る速度をもったそれが、頭上から迫る。
――相打ち……か。
発動したスキルの軌道は変えようが無い。勝ちを奪えないのは残念だったが、俺の心にはこれほどの相手と対等に切り結べたことへの満足感が満ちていた。これが一度限りのクエストだというのが本当に悔しい。また、何度でも、何度でも挑んでみたいのに……。
キィンッ!
……だが、オルランドの刃はいつまで経っても落ちてこなかった。
狼の牙は確かに獲物を捉え……オルランドの厚い胸板を鎧もろとも刺し貫いていた。見開いた俺の目に映ったのは、俺の頭上すんでで交差した二本の剣。一本を握るのはオルランド、そして……辿った先にあったのは、口元を引き結んだカンナの顔だった。
自分でも驚いたような、後悔するような苦悩の宿る揺らぐ瞳。
「ごめん……なさい、どうしても……体が動いてしまって」
「……良いんだ、これが良い」
心臓を貫かれ、ヒットポイントゲージを喪って。しかし、それでも、オルランドは笑っていた。
「消えゆくのみの俺が、お前のようなまだ先のある騎士の命を奪って良いはずが無い。だが、戦いに夢中になって手加減など思いも寄らなかったところを、お前の仲間が止めてくれたのだ」
笑って、天を振り仰ぐ。
「しかし、やはり仲間とは良いものだな……。もしオリヴィエがこの場に居たら、危急の時は同じように助けてくれたことだろう……そのような仲間さえ、俺はこの城の主としての責務と名誉に囚われるあまり失ってしまった。どうか……お前達にはそのようなことが無いように……」
その表情、その言葉は、俺の心のどこかに棘のように突き刺さった。これは本当に、クエストとして作られた物語なんだろうか。まるで、オルランドは俺の記憶を見透かしたように……そして、二度と間違えるなよ……そう忠告してくれているように、俺には感じられた。
グレートソードが、オルランドの胸から滑るように抜け、騎士は地面に倒れ伏す。最後の力で差し上げられ、天井を仰いだ瞳には何が映っているんだろうか。
「オリヴィエ……こんな俺でも、また一緒に戦ってくれるか……」
「あの人は、最後の言葉で、あなたを助けてくれって言ったんだ……きっと、待ってくれているよ」
「有り難いことだ……」
「……それに、もう一人あなたをずっと待ってた人が居るんです。あなたのことを助けてくれって、私たちがここに来るきっかけになったのは、アンジェリカさんにお願いされたからで……」
カンナの言葉に、オルランドは目を見開いて、それから本当に幸せそうに笑った。
「そうか……。俺は幸せものだ」
閉じられた騎士の目は、二度と開かれることは無く、その体は燐光となって天に召されていく。
俺達は、光の消えていく先を、しばらくの間見守っていた。
それから、視線を仲間の方に戻して……少し躊躇して、後頭部を掻きやった。
「……カンナ、ありがとう」
言わなければいけないとわかってはいたのだけど、どうしても気恥ずかしい。ぼそぼそと小声で告げたそんな言葉に、カンナは表情の選択に迷うように視線を彷徨わせて、それからそっぽを向いた。
「お礼を言われるようなことじゃないです。私も勝手をしただけですし」
それに対して応える言葉も無く、微妙な沈黙が流れる。
重たい空気を打ち破ってくれたのは、やはり、頼りになる妹だった。
「早く手紙を姫様に届けてあげよう! きっとオルランドさんも待ってるだろうし……あと、そのアイテム拾っていかないとね」
ネージュの声に、改めて気付く、床に静かに残された白銀の剣。オルランドは愛剣を残して消えていった。
「それはカンナが使いなよ。良いよな、ネージュ?」
「もちろん賛成! 片手剣なんか持ってても倉庫の肥やしだし、どうせそんな名剣、譲渡不可で売れたりもしないでしょ?」
「売れたら売るんでしょうかね……」
ぼそりと呟いた俺の脇腹に即刻肘鉄が入れられる。
「カンナさんに気を遣わせないための言葉だって、なんで兄様はわからないのかな!」
「わ、わかってますよ……わかってるから茶化したんですよ」
わざわざ1対1モードで言ってこなくても……。
カンナはおずおずと、剣を拾い上げた。機能美と装飾美の絶妙なバランスを保った、流麗な片手剣。触れずともその重み……単なる重量ではなく存在感とでも言うべきものが伝わってくる。
「不滅の刃……攻撃補正250、破壊不可 凄い……」
「んなっ……」
カンナが読み上げたその性能に妙な声が漏れてしまう。店売りの片手剣の攻撃補正は最上級のものでも180に過ぎない。攻撃補正250は両手剣を通り過ぎて、大剣に迫る補正値だ。どう考えて伝説級武器に属する代物だろう。
よもや、グレートソードは負けちゃいないだろうな、などと心配になって、ステータスウィンドウから自分の武器を確認する。そこで俺はもう一つの変化に気付いた。
「武器の名前が変わってる……」
単に【グレートソード】というどちらかというと固有名詞と言うよりは武器カテゴリの名前を与えられていた愛剣は、いつの間にか【清冽の剣】と名前を変えていた。攻撃補正も記憶にあるものより高くなって300。なんだろう、夢でも見ている気分になって頬をつねってしまった。ゲームの中なので痛みは無い。当たり前です……。
「ローランの歌で、オリヴィエの愛剣と歌われる剣の名前ですね」
「ほ、ほう……」
相変わらずのカンナさんの博識ぶりにたじろぎつつ、今一度実体化させた剣を眺めやった。形は変わっていないようにみえるが、確かに刃の輝きが増したような……気がする。きっと、あの男の願いを叶えることが出来たから剣が真の姿を現してくれたんだろう。そう、思う。
それにしても、すさまじいクエスト報酬だった。一応最後に姫君からも報酬があるはずだが、この二つの武器の片一方だけでも、激レアものだというのに。
「……ねえ」
「はい?」
「うん?」
小首を傾げてみせるカンナとネージュに、俺は悪い顔で耳打ちした。
「このクエストは、絶対誰にも言わないようにしよう」
「……はぁ」
「折角いい話でここまで来たのに、兄様はどうしてそう……」
「な、なにさ! レアアイテムは独占したいのがMMOプレイヤーとして当然でしょ!」
俺の抗議に返ってきたのは、凍り付くような冷たい視線と、盛大なため息だった。