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014

 俺たちの目的は聖堂騎士団(テンプルナイツ)を皆殺しにすることではなくて、クエストの最後のフラグであるボスバトルに臨むことだ。

 だから俺は、次のボスポップまでの時間を計っていた。リザキルで戦闘狂を演出して、聖堂騎士団(テンプルナイツ)をひたすら殺すことが目的だと思わせ場と陣形をかき乱し、そしてボスポップとともに大剣スキルの突進力を生かして、とにかく広間の扉まで飛び込む。


 そう、後で行動の理由を説明したら、カンナとネージュから胡散臭そうな目でみられたのだけど……絶対聖堂騎士団(テンプルナイツ)皆殺しにするつもりでいたでしょうとか、リザキルはやりたかっただけでしょうとか。うん、リザキルはやりたかっただけ。


 とはいえ、ここまでは、想定通り。


 ただ、これは最後の一手が賭ではあったのだ。


 ……剣に手をかけた、一人の騎士。


 兜はひしゃげて床に転がり、鎧も数え切れない傷でぼろぼろに傷んでいる。しかし、そうであってさえ気品を感じさせる容貌の男は、鋭い眼差しで広間を睥睨した。俺とあちらのリーダーがもつれるように飛び込んだことで、2つのPTがボス戦への参加PTと認識されたらしい。この場には、おそらくは聖堂騎士団(テンプルナイツ)側の主力と思しき、10人ばかり。そして、俺、カンナ、ネージュ。

 後ろで鉄の扉が閉ざされる音が鈍く響き、広間は薄暗がりに覆われる。


「……おい、ここのボスって巨大な鎧の化け物じゃなかったのかよ」

「そうだよ。ここのボスは【レアンダールの剣の亡霊】 ……なにこれ? Wikiにさえこんなの載ってないんだけど……」

 

 会話を聞くに、ボスの姿さえ、【英雄の友】クエストをクリアしているかどうかで異なるらしい。聖堂騎士団(テンプルナイツ)のパーティーの中に動揺めいたざわめきが広がる中、リーダーの男……【Madao】……はふんと鼻を鳴らしてみせた。


「ボスの姿が変わったところで、この人数で倒せない相手じゃあるまい。むしろ、知られてもいないクエスト分岐に案内してくれた、こいつらに感謝するべきだろうな」

「感謝したなら後は静かに見ててくれると有り難いいんだけどね」

「残念ながらお前らの冒険はここで終わりだ、こいつは俺達がいただく」

「随分と悪役じみた台詞なことで。フラグ立ってるよ」


 ちゃんと実力があってこういう悪の華的なプレイをする奴は嫌いじゃないが、素直にここでやられてやるわけには、絶対いかなかった。


「ボス部屋に踏み込めたのは良いんですけど……ここで手詰まりとかないですよね?」


 そう、俺が例えボス戦の扉を開き参戦権を手に入れたとしても、必ず後を追って聖堂騎士団(テンプルナイツ)のPTも突入してくる。他の連中がなだれ込まないように、半分が封鎖に回るとして、それでも俺たちの数を大幅に上回る敵のプレイヤーがボス戦に参加することは予想できた。そうなれば、ボス戦が始まったところで、俺達はなぶり殺しにされるだけだ。


 だが、俺はこのクエストの流れから、ボス戦で何らかのイベントが必ず発生すると踏んでいた。それは理論的な分析の結果というよりは、物語の必然であるように俺は思っていた。このクエストのボスであるはずの男は、親友の愛剣を携えた俺を目にして、何かの行動を起こさないはずはない……。


「……なあ、お前、その剣の元々の持ち主はどうなった」


 ……果たして。

 

 男の眼差し、そして、聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中の視線も俺に集中する。

 俺は真っ直ぐ男を見返した。とてもNPCとは思えない、その目の色、威圧感。干上がりかけた喉を鳴らして、俺は口を開く。


「私が倒した。そして、その人から頼まれたんだ。あなたを救ってやってくれって」

「救う? この俺をか……はっ、オリヴィエもしばらく会わないうちに随分偉くなったもんだ」


 嘲笑うように言って、しかし、男は顔を伏せた。


「そうか……オリヴィエも死んだか。もはや、ここに残るのは俺だけになってしまったんだろうな……」


 ……もちろん、そんなのはプログラミングされた仕草と台詞にすぎないなんてことはわかっている。こちらの言葉に応える言葉のバリエーションも、言語学習AIの用意した揺らぎに過ぎない。

 だからといって、この目に映る、この世界を前にして、これが作り物だなんて考えることは出来はしなかった。

 男の言葉に滲む諦めに似た悲哀の色も、その、疲れたようなため息も。

 

「薄々感づいてはいたよ。もう俺が守るべきものはとっくの昔に全て喪われてしまったんだろうとは。ならばせめて……最後は、戦いの果てに、我が友を倒した者の手で、友の剣で息絶えたい。叶えてくれるか、名も知らぬ騎士よ」


「ああ……」


 俺はグレートソードを頭上高く振り上げる。

 

 戦いの幕が開く気配に、聖堂騎士団(テンプルナイツ)が動く。Madaoの目配せに従い、素早く重騎士達が俺達と騎士の男との間に展開する。戒めの軛バインディング・ヨークによるライン拘束戦術だろう。戦争でも至極普通に使われる、戒めの軛バインディング・ヨークの効果範囲を繋ぎ、重騎士を倒さない限り決して突破できないラインを築き上げるものだ。


「邪魔するな……!」


 唸りにも似た声が口の端から漏れる。あざ笑いの色を浮かべた聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中に、しかし、次の言葉を返したのは俺ではなかった。


「騎士の戦いを邪魔する無粋の輩には退出願おう。俺の手で首をはね飛ばしてやりたいところだが、もはやこの身に残された時間にはそれさえ惜しい。失せろ」


「な……! くそっ……!」


 大きくなるざわめきとともに、聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中が一人、一人と淡い光を残して消えていく。イベントによる強制転移だ。今頃広間の外か、あるいはカンディアンゴルトの外にまでたたき出されて呆然としているに違いない。

 泡のはじけるような効果音を引いて、最後の一人が消える。俺はカンナとネージュと顔を見合わせ、そしてため息をついた。


「……なんとか、なったね」

「……実はあんまり考えてませんでしたよね。ほとんど偶然上手くいっただけで」

「うるさいな」


 聖堂騎士団(テンプルナイツ)の連中には、会う度に雑魚の上に無粋な諸君とでもご挨拶してあげるとして。

 果たして……漸く望んでいた戦いにたどり着けたのだ。同時に、俺は男と会話するうちにわき上がった抑えがたい衝動に、カンナとネージュに向き直った。


「カンナ、ネージュ……ごめん、こいつとは1対1でやらせて貰ってもいいかな」


 そんな俺の勝手な願いに、カンナはわかってましたと言わんばかりに肩をすくめて見せた。


「わかってます。こんなの……こんな話、私たちは手出しできないですよね」

「全く兄様は変なところでロマンチストなんだから。しょうがないねぇ」


 やれやれ、とため息をついたネージュを軽く睨み付ける。


「ここまでこれたのはなんだかんだでユキのおかげなんで……ユキのやりたいようにやってください」

「……カンナからそんな優しい言葉聞けるなんて……」

「殺しますよ?」


 今度はこちらが睨み付けられて首をすくめる番だった。

 俺達の様子に、オルランドが苦笑を漏らしたような気がしたのは、錯覚だったろうか。


 俺はグレートソードの柄を強く握りこむ。

 心の中で、【英雄の友】で戦ったオリヴィエという名らしい男にわびる。随分時間がかかってしまった、ほとんど忘れてしまっていた、すまない、と。

 そして、漸く、約束を叶えられる時がきた、と。

 

 


 騎士は剣を大きく引き抜く。その瞬間、広間の四方の松明全てが一斉に灯り、戦場を明るく照らし上げた。


「我が名はレアンダールの騎士オルランド! この剣に名誉を賭け、いざ参る!」


 相手の得物は片手剣。じりと、その右手が後ろに弓なりに引かれ、俺は突進技を予想してグレートソードを引き気味に構え直す。

 だが、次の瞬間目の前に迫った白銀の軌跡に、俺は目を見開いた。すんでで引き寄せた剣の腹で受けとめたつもりが、次の瞬間弾けた衝撃に吹き飛ばされる。


「ユキ!」

「兄様っ!?」


「くあっ!?」


 背中から列柱の一本にたたきつけられて、肺の空気が抜ける。


「どうした、俺の知っているオリヴィエはこの程度小手調べにもならない奴だったがな?」


 崩れかけた膝を愛剣で支えて、俺はオルランドを見つめ……そして笑った。


 凄まじい速さ。そして、凄まじい一撃の重さ。グレートソードをかけて戦ったオリヴィエには及ばないが、大剣で受けてさえ防ぎきれない技の重みに、心臓が高鳴る。

 それがプレイヤーだろうと、NPCだろうと関係無い、強い相手と剣を交える時の全身が沸き立つような感覚。知略と腕の限りを尽くして、敵わないかもしれない相手に挑む。そして自分の剣が相手に届いた時の、その感覚。追い求める瞬間の中に今居る。笑えないはずが無かった。


「来ないなら行くぞ!」


 台詞が終わらないうちに床を蹴ったオルランドに、愛剣を構え直す。

 

 二度目の不覚はとらない。二撃、三撃と連なる連撃を俺は重心を低く取って防ぎ、下段から跳ね上がってきた一撃を横薙ぎに払ってバックステップで間合いを取る。

 今度はお返しとばかりに、着地の勢いをそのまま膝のバネに蓄え、こちらから一足跳びで斬りかかった。


 グレートソードの重量を載せた一撃は、しかし絶妙な角度に傾けられた剣の上を受け流される。右にそれた勢いを、俺は無理に立て直そうとはせず、回転にかえて背中からの二撃目を見舞う。

 空中で大剣と片手剣が交差し、激しく火花を散らす。

 剣越しに騎士の顔をみやって、俺は思わず笑みをこぼした。


「ふん、漸く火が入ってきたか」

「スロースタータで申し訳ないね」


 そのまま撃ち合いになる。すさまじい速度で四方八方から撃ち出され、弾いてもすぐさま切り返される連撃は、見てからでは決して間に合わないものだった。俺は自分の頭にたたき込んだ戦闘パターンが導くほとんど反射に等しい直感的な反応で、あるいは受け流し、あるいは弾き、その攻撃をいなし続けた。そして隙あらば反撃に打って出、短い間隔で攻守は交代し続ける。

 捌ききれなかった剣の軌跡が体の至る所をかすめ、俺のヒットポイントゲージを削っていく。それはオルランドも同じことだったが、攻撃力と速度に特化した俺に比べ、あちらは体力に勝る。このまま消耗戦に持ち込まれては、不利なのは俺の方だ。


 イエローゲージに突入しかけた自分のヒットポイントゲージを見やって、俺は奥歯を噛みしめた。


 右袈裟懸けの一撃をわざと軽めに振り出す。当然容易くオルランドの剣がそれをパリィするが、俺はその反動を利用して、スキルを起こした。


「でやあぁっ!」

「ぬうっ!」


 俺のスキルを受けるために、すさまじい反応速度で繰り出されたオルランドの強撃が轟音とともにはじけ、俺達は吹き飛ばされるように距離を空けた。


 あがる息、高鳴る心臓。これがバーチャルだなんてとても思えない、現実にも勝る鼓動の音。自然と唇の端が持ち上がり、笑みの形を作る。


「このような戦いは久しぶりだよ。ただ相手を切り捨てるだけの日々の果てにこのような騎士らしい戦いを得られるとは、思っても居なかった」

「あなたがプレイヤーだったら良かったのにな」


 NPC相手にプレイヤーなどと言っても通じまい。だが、俺は心に思ったことを素直に口にした。プレイヤーなら何度でも戦い、遊べるのにと。一度勝とうが、負けようが関係無く、ただ全力を出し切って戦うことを目的に。


 そんな想いだけは通じただろうか。オルランドはふっと口元を緩ませて、そして片手剣をまた右後ろに鋭く引き絞って構えた。


 俺もグレートソードを脇に構える。

 お互い繰り出すのは突進技、そこからの斬り合いで片をつける。あちらもそのつもりだろう。


 鼓動を沈め、息を整える。城の上げる軋みや、遠い稲妻の音を意識の外に追いやり……。

 俺はその時を待った。

 

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