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013

 その姿はまるで悪鬼のように見えた。

 ロリコンヘンタイ(シノミヤクン)の趣味が知れる、少し幼い感じに作り込まれたユキという名前のキャラクターは、愛らしい造りの口の端をつり上げて笑っていた。

 今の状況が楽しくて仕方ないと言わんばかりに。わざわざ高価なアイテムを使って蘇らせた敵を足下に打ち倒して、罵倒や、嫌悪、憎悪の視線を一身に受けながら。それなのに、笑っている。

 その表情だけならば、無邪気な少女の笑みにすぎないかもしれないけれど、周りの状況がそれを狂気の沙汰に見せている。

 カンナはその表情を前にも見たことがあった。


――そうだった……あれが、最初に会ったユキのイメージ。


 敵のど真ん中にまで切り込み、ヒットポイントゲージを真っ赤に染めながら、突進技を放った時の表情。カンナの放った稲妻を身をよじるように躱した時の、笑み。


 その時はひたすら憎たらしいと思ったけれど。


――……私は、国とかレギオンのこととか、考えてしまって動けないのに……。


「カンナさん」


 声をかけられてびくりとする。それは呆れて諦めたような顔をした、ネージュだった。

 

「ほんとごめんなさい。うちの考え無しの馬鹿兄が……」

「いいんです。私も殺してやりたいと思ってたところだったんで」


 そんなはっきりした言葉が口をついて出て、カンナ自身もびっくりした。ネージュは目を見開いて、それからにっと歯を見せて笑う。


「私はまぁいつものことなんで……こっそりばれないようにユキのこと支援しようと思いますけど。カンナさんは?」

「私は……」


 視界にちらつく、ステータスウィンドウの名前の横に表示される、国章とレギオンエンブレム。戦いに手を出すことでこれから起こるだろうことに想像が及ばないわけがない。それが、恐らくこの場にたむろしていた全てのプレイヤー達が表立って、あの聖堂騎士団(テンプルナイツ)とことを構えることを躊躇させていたのだ。ましてや、同じクロバール所属のプレイヤーともなれば。


 右手の細身の愛剣をぎゅっと握りしめる。


「そこの人達も、気に入らなかったんじゃないの?」


 はっとして顔を上げた。

 

 何十という聖堂騎士団(テンプルナイツ)の陣列に向き合ったままの後ろ姿なのに、肩越しの声はやけに通って聞こえた。


「大手レギオンに逆らうのが怖い? PKして悪者になるのが怖い?

 簡単なことなのに……気に入らないなら戦えば良いのに」


 ユキの声。ただの無謀なソロプレイヤーの戯れ言。

 だけど、大勢の人に向かって放たれた言葉は気負いもなく、すっと耳に入り込んできて。

 場慣れしている……というんだろうか。その姿は、一瞬、一人で斬り込んでいこうとする孤独な剣士というよりは、自分たちの先頭に立って戦いに臨む指揮官のように、カンナは錯覚した。


――ユキは……。



◆ ◇ ◆


――なんてね……。そうそう簡単に、人は動けないか。


 少しでも状況が動けばと思って投げかけた言葉に反応は無く、自嘲気味に笑って、剣を構え直した。


 俺を中心に組まれた包囲は、なかなか、動きを見せる様子も無い。

 時間を稼いでおきたい俺としては有り難いことだったが、この緊張感を保ち続けるのも、精神力を必要とした。戦いが始まってしまえば、ある程度流れに身を任せてしまえるのだが……。

 

 じりじりと、足がこわばってしまわないよう、わずかに立ち位置を調整しながら、いつか動くその時を待つ。流石に相手は30人規模。人垣には厚みがあった。おそらく最前線に立たされているのは割と経験の浅い初心者組だろう。それだけに動けずに居るのだろうが、そう考えると、後ろに控えるそれなりに熟達したプレイヤーとの戦いに体力もヒットポイントゲージも温存しておかなければならず、さてどうしたものか……。


 と、にわかに後ろでざわめきが起こる。


――動くか……!


 身を翻し振り上げたグレートソードを、しかし、キン、と軽い金属の響がいなした。

 構えから斬撃の動作にうつる一瞬を押しとどめた細身の片手剣。その刀身に沿って視線を移動させると、そこには、真っ直ぐにこちらを見つめる切れ長の瞳。薄造りの口元にはどこか、むくれたような色を浮かべて、肩口の髪が揺れる。

 同級生の女の子。黒髪の魔法剣士殿。


「カンナ……さん……?」

「同士討ちなんてごめんですからね」


 そう言って、魔法剣士殿はくるりとこちらに背を向け、剣を構える。すらりとした背中が、その決意を示しているようで、俺は口元まででかかっていた、いいのか、なんて問いを慌てて飲み込んだ。

 お互いに背中を預けるように……グレートソードを構え直し、肩越しに改めて言葉を投げかける。


「ぼっち実質ソロプレイヤーのカンナならきっと来てくれると思ってた」

「リアルで死にたいんですか?」


 ネットゲーム黎明期の伝説のプレイヤーの名言を思い出しつつ、その言葉が現実となり得る物で有ることを知る俺は首をすくめざるをえない。


「……フレンドリストもいっぱいだし、レギオンにも所属してる私はユキとは違うんですからね」

「うん……ありがとう」


 自分の保身の必要もあったことは認めるが、それでも、カンナの続けた言葉の重みはわかって、俺は素直に感謝を告げた。

 

 ……そして、カンナの行動が爆発寸前だったクロバールの連中の導火線に火をつけたらしい。


「あいつクロバールなのに……あの屑の味方すんのかよ」

「手加減無用だな、一緒に殺してやる」


「……殺してやるのはこっちの方だ」


 自分の口元にほの暗い笑みが浮かぶのを自覚する。時間稼ぎも十分。もう我慢する必要も無い。


「……それより、こんな戦いを挑んで、勝算はあるんですよね? 吠え猛って突っ込んで返り討ちなんてかっこわるくて仕方ないんですけど」

「一応策は考えてる。タイミングになったら合図するから、それまで死なないで」


 死なないで、なんてなんか似合わない台詞だなんて思いながら、俺は愛剣を上段に振りかざした。膝を曲げ体を沈み込ませ、もう数え切れないほど世話になったスキルをコールする。


狼の牙(ウォルフスファング)!」


 流石に大盾を構えて守りに入っている重騎士を一撃で屠ることは望むべくもないが、大盾の中央を撃ってすさまじい轟音を立てたグレートソードは、そのまま相手を派手に吹き飛ばす。後ろの連中まで巻き込んで出来た間隙に、俺はそのまま身を躍らせた。


「カンナ!混戦に持ち込んで! 遠距離のタゲ貰いにくくなるから!」

「……了解!」


 敵陣に同じように一足跳びに突っ込んでいったカンナの姿を確認して、得物を横薙ぎに振るい、押し寄せる敵の前衛どもを切り払う。


「魔法使いは稲妻系をメインに切り替えろ!」


 剣戟の派手な音に混じって聞こえた相手の怒声に、俺は内心舌打ちをする。流石に上の連中は戦い慣れているらしく指示は適切だった。出が速く、単一座標を狙って出せる稲妻系の魔法は混戦に入っても味方を巻き込みにくい。


「ぐあっ!」


 だが、詠唱が始められたはずの魔法が発動する前に、方々で悲鳴が上がった。背の高い鎧や盾に囲まれ状況を視認することは望むべくもないが、敵の無秩序なトークがその原因を教えてくれた。


「矢だ! どっからか撃たれてるぞ!」

「誰だよ! どさくさに紛れやがってえええええ! もう全員ぶっ殺す!」


――雪乃……お前という奴は相変わらず……。


 悩むまでも無く、矢といえばネージュが放ったものに決まっているのだが、あいつは一般の方々に紛れ込みながらそこから矢を射ているのだ。ゲリラ戦術とか表現すれば聞こえはいいが、元々参戦するつもりの無い人達を盾にしているわけで、堂々と身一つで戦いを挑む俺よりよほど性格が悪い。いつも兄様は本当に仕方ないねとか偉そうに言う癖にさ……。


 だけど。


 敵の陣列で、今度は派手な炎や稲妻のエフェクトが弾ける。


「魔法まで!」

「やるってのか! いいぜ、聖堂騎士団(テンプルナイツ)の力見せてやる!」


 細かな状況は把握するべくもない。ただ、攻撃を仕掛けたのはネージュばかりでなく、あのたむろしていただけの中にも、武器を手に取った人がいたみたいだった。


 ついつい、唇の端がつり上がる。


「どんな気分? 雑魚どもに刃向かわれるっていうのはさ」


 落ちてきた槍の穂先を受け止め、目の前の男の首元を、大剣の幅広の刃で貫く。


 混乱はこのフィールド全体を覆いつつあった。

 振り下ろされる剣を弾き、躱し、俺はシステムウィンドウに目を走らせる。


――あと少し……!


 カンナは無事だろうか。四方を見回して、黒髪の少女の姿を見つけた。

 攻撃力強化の魔法剣、スルトの剣(レーヴァテイン)の青白い炎を宿した刀身が宙に鋭い軌跡を描く。その光景に、俺は時間が引き延ばされたような錯覚を覚えた。

 実際は数秒の景色だっただろう。

 両側から迫っていた二本の剣を、鋭角を描いたカンナの剣がはじき飛ばす。踊るように髪をなびかせ身を翻した魔法剣士の燃える剣は、崩れた姿勢を相手が立て直すより早く、そのがら空きになった胸を一文字に切り裂く。


 着地したブーツのかかとがカンっと床を鳴らして、また時間は元の通りに流れ出す。


 やはりカンナは強い。今は味方としてこの上なく心強かったが、また敵として戦いたいなんてことを考えてしまう。

 それも……この状況を勝ち抜いてからの話だけど。


「カンナ! 着いてきて! ネージュ! 隠れてないで行くよ!」


 プライベートモードでそう叫び、俺はグレートソードを横に一閃させた。薄くなっていた敵の第一陣が崩れ、その背後の空間が覗く。広間の扉、そのイベントフラグの下に表示されていたカウントダウンがゼロになり、ボスがポップしたことを知らせる。

 扉の前に立ち塞がるように立つ、おそらくはこの集団のリーダーと思しき男に向かって、俺はグレートソードを頭上高くに振りかぶった。


強撃ブローイング・スマッシュ!」


 男の得物は両手剣だった。構えからして前線を張っていた連中とは違う。手練れ相手にたかが強撃ブローイング・スマッシュ一撃で決められるとは思っていない。

 それなりの業物と見える両手剣とぶつかって激しく火花を散らしたグレートソードは、しかし重量差もあって一瞬のつばぜり合いを押し切った。

 俺と男はもつれるように転がり、そして、扉にぶつかって、ボス戦開始のシーケンスを発動させる。


「ちっ!」

 

 重々しく開く扉。暗闇に満ちた広間の奥にほの明るく光るものがある。

 それは一本の剣だった。古びてはいたが、美しく流麗で……そして、異様な存在感を放つ剣。


「……待っていたぞ。この剣の錆に成りはてるのか、それともこのオルランドを倒した男という名誉を手に入れるのか……お前達はどっちだ?」


 松明に青白い炎が灯り、床に突き立ったその剣の柄を握り、悠然と立つ一人の騎士の姿を、照らし出した。

 

なんとか今日中にもう一本間に合いました!

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