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012

 広間の中央にイベントフラグが設置されており……そしてこの城の主が、恐らくこのイベントのボスとして俺たちの前に立ち塞がる以上、広間はボスフロア扱いなのだと俺は考えていた。

 銀剣の仕様として、ボスフロアの扉は閉じられており、その扉を叩くものがあると一定時間開かれる。その間にボスの出現シーケンスが行われ、戦闘が始まると閉じられる……つまり、戦闘途中からの追加参加は許されないというのが銀剣のボス戦の基本的なルールになる。


 最後の階段を上りきり、しかし、俺が……俺たちが立ち止まったのは、閉じられた扉の前に、大勢のプレイヤーがたむろしていたからだ。


「これは……」

「うわ、このイベントそんなに人気なの?」


 ネージュの声にスタートポイントとなっていた姫君の前の行列を思い出した。クエストとはいえボスである以上、一定時間おきに復活するはずだが、その順番をパーティーごとに待っているのだとしたら、さもありなん。


 だが。


「いや、それにしては雰囲気がおかしいような……」


 たむろしている集団が大きく二つに分かれている。一つは、扉の前にたむろする30人近いグループ。よく見ればその全てがクロバールの人間のようで、さらにそのほとんどは同じレギオンエンブレムを掲げている。チェスの駒を描いた、気取ったエンブレムは戦場では見飽きたものだ。【聖堂騎士団(テンプルナイツ)】。クロバール共和国最大にして、最強とも称されるレギオン。

 もう一つの集団は、国もレギオンもばらばらで、扉の前の集団からは随分距離を取っている。二つの集団の状況は、遠目にも友好的とは言いがたい雰囲気だった。


「聞いてみよ!」


 こういうときはコミュニケーション能力が無駄に高い妹が頼もしい。外側でたむろするひょろりとした背の高い、魔法使いと思しき男にネージュは駆け寄っていった。


「すみません、これボス待ちなんですか?」

「あ、う、うん……? いや、ボス待ちと言えばボス待ちなんだけどね……」

 

 ネージュの姿を見るなり、少し頬を赤らめておどおどと話す魔法使い。リアルでも魔法使いっぽいとか失礼なことを少し考えてしまった。まぁ、このまま順当にいけば魔法使いの道を歩んでしまいそうな俺としても馬鹿にはしていられない。というか、リアルで女の子に話しかけられたときの俺ってあんななのかな……。


 ちらりと横を見ると、カンナはいぶかしげに見返してきて、それからにっこりと微笑む。


「リアルで初めて話しかけたときのユキ、あんな感じでしたよ」

「そうですか……」


 暗澹たる気持ちになったが、そもそもカンナさんは人の心読みすぎでしょう……。


「何かあったんですか?」


 問いを重ねるネージュに、男は目を宙にしばらく彷徨わせてから、諦めたように声をひそめた。

 その声は俺たちの耳には届かなかったが、次第に険しくなるネージュの横顔に、どうやら馬鹿なことを考えてる状況じゃ無いなと思う。


 しばらくして男に感謝の言葉を告げて、きびすを返すネージュの声がプライベートモードで届く。その声も随分、剣呑だった。


「……【聖堂騎士団(テンプルナイツ)】がこの広間封鎖してるんだって」

「封鎖……ですか? なんでそんなことを」


 少しばかり、俺自身もその言葉の意味を理解するのには時間がかかった。耳から入った言葉が頭の中で回って、久々に覚える、頭の芯が痺れるような感情。

 眉をひそめるカンナに、俺はふうとため息をついた。


「ボス戦では良くあることだよ。戦争メインの銀剣ではあんま聞かなかったけど、ボスって基本レアアイテムとかドロップするでしょ、だから特定メンバーで独占しようっていうの。前やってたゲームでは良くあった」

「……それはわからないでもないですけど、こんなこと……クエストが台無しじゃ無いですか。別に私たちは、そりゃアイテムも目的の一つですけど、それよりも……」

「そうだよ、身勝手であったまくる!」

「考え方の違いだね」

「考え方って……」

「考え方だよ。フィールドPKもルール内の銀剣なら、この程度ルール違反でもなんでもない」

「それでも……」


 カンナと言葉を交わしながら、意識の底が冷えていくのを感じた。

 色んな人が色んな目的でプレイするMMORPGに正しいことなんて存在しない。それはリアルと見まごう仮想現実世界でも同じこと。マナーとか、あるいは倫理とか道徳なんて言葉で他のプレイヤーを縛ろうとしたって無駄なことだ。

 

 ……無駄なことのはずなのに、正しさなんて、その程度の曖昧さのもののはずなのに。


「あ、ちょっと兄様?」


 俺は、グレートソードを携えたまま、ゆっくりと集団へと歩み寄った。魔法使いの男の方じゃ無い、まわりにいる連中のことなんか意識の外にあるように仲間内で何やら談笑を繰り広げる聖堂騎士団(テンプルナイツ)の方へと。


 闖入者の存在に気付いたらしい、薄っぺらい笑いを顔に貼り付けて、細剣を腰に下げた男がこちらに向き直る。


「あー、悪いな。ここ、通せないんだわ」

「こっちはクエスト進めたいだけなんですけど……どうして通してもらえないんですか?」


 一応初対面の相手なので礼儀は守って、丁寧に問いかけた。


「このクエストの報酬、キャラ強化に役立つからさ、クロバールの人間以外通すなって方針になっててな」

「……へぇ、でも、それじゃ純粋にクエストやりたいって人に対してひどくないですか?」

「そう言われても、ルール違反とかしてるわけじゃねえしな。別に通れないわけじゃないんだぜ? 俺ら聖堂騎士団(テンプルナイツ)のメンバー全員倒せりゃだけどな」


 全く面白くも無いことを言って、男はへらへらと笑う。


 冷えた胸の底に熱がわき上がってくる。黙っている俺の姿を、諦めた……あるいは聖堂騎士団(テンプルナイツ)の偉容に怯えたと見なしたのか、男は俺の後ろに視線をやった。

 

「あ、そっちの人はクロバールだからいいぜ、通って。アグノシアの連中とのパーティーなんて解消しちまえ」


 振り返った、俺はどんな顔をしていただろう。カンナはそのくっきりした眉をつり上げて、薄造りの唇を噛んでいた。


「……カンナ、念のため聞くけど」

「そんなこと、聞くのさえ失礼だと思うんですけど」

「そっか……ごめんね」


 冷えた声がすぐに返ってきて、少し笑ってしまった。


「あと、もう一個ごめん。ここはユキのやり方で行かせて貰うよ」

「ユキの……って?」


 よくわからないという風に眉をひそめるカンナの後ろでネージュが深々とため息をついて、肩をすくめる。流石付き合いの長い妹様は、よくわかっているようだった。

 システムウィンドウを確認する。広間の扉に浮かび上がったイベントフラグとその下の情報をみやり、

 俺はその笑顔のままに、男に向き直った。


「それじゃ、お言葉に甘えて」


 脳裏で稲妻のように抑制していた意志を閃かせる。緩から急へ、右足を踏み込み、脇構えからグレートソードが自分でも捉えがたい速度で一閃した。

 

「へ?」


 武器を構えてさえも居なかった細剣使いは、やはり未だそんなにスキル熟練度も高くない、いわゆる低レベルだったんだろう。

 グレートソードは巨大とは言え、メイスや斧のような砕く物ではなく、歴とした斬るための武器だ。防具も薄い脇腹に食い込んだ青光りする刃は、男の体を真っ二つにして、綺麗に反対側に抜けた。


 ヒットポイントゲージが瞬く間に消えて無くなり、男は床の上に無様に倒れ伏す。

 一瞬の静けさががあって、ざわめきが広がり、騒乱の域に達するまでほとんど時間はかからなかった。


「ど、どういうつもりだよ! てめえ! 何で攻撃してくんだよ!」


 戦域フィールドとは異なり、対モンスター戦のダンジョンフィールドではデッド状態を解消する復活アイテムがあり、死体の状態でも他プレイヤーとトークを行うことは可能だ。床に這いつくばったまま間抜けに怒声を上げる男を、俺は見下ろした。


聖堂騎士団(テンプルナイツ)のメンバー全員倒せば通れるんだよね? 私は通りたいんだよ、ここをさ」


 正しいことがプレイヤーによって違うなら……そこに自分のやり方を決める判断基準は一つしかない。国のためだとかレギオンのためだとか、勝つためにだとか、そんな自分が正義だと声高に叫ぶための理屈は一切要らない。気に入るか、気に入らないか、今の俺にはそれしかない。そして、気に入らないものはこの剣で片をつける。それが、俺が守ると決めたユキのプレイスタイルだった。


 クエストの物語の続きを見るがために、NPCとの約束を果たすために、大して勝ち目の無い戦いを仕掛ける。そんな俺の行動は端から見れば狂気の沙汰なんだろうか。薄気味悪いものでもみるように、遠巻きに俺たちを取り囲み、攻撃を仕掛けてこない回りの連中の反応がそれを物語っていた。


「ふざけんな! ぶっ殺してやる!」

「ふうん、どうぞ、やってみてよ」

 

 独りわめき続ける男に、俺はメニューウィンドウを操作し、一つのアイテムを使用する。


神酒(ネクタル)


 デッド状態を解消するアイテム。安くも無いアイテムだが、それを、俺は這いつくばる男に対して使用した。

 天から光の舞い降りる神々しいエフェクトが男を包み込んで、その体を起き上がらせる。


「あ……え?」


 何故自分が復活させて貰ったのか、理解できずに呆然とする男に、俺はグレートソードを頭上高く振りかざした。


「出来ないなら黙ってろ三下ぁっ!」


 再度の一撃が、脳天から股下まで突き抜け、またもヒットポイントを喪った男はどうと派手な音を立てて床に倒れ込んだ。


「レスキルとか正気か……あいつ」

「あったまおかしいんじゃね。屑PK野郎が」

「あれ、大剣使いのユキだろ……戦場でも頭おかしい奴だよ」


「……お褒めに預かり光栄の至り」


 周囲から浴びせられる罵声に、精一杯不敵な表情を作って、俺はグレートソードを肩に担ぐように構え直した。

 今まで戦場で散々相手を煽って罵られてきた身だ。こんな程度屁でもない。リアルで栂坂さんに踏んだり蹴られたりした痛みに比べれば。


 ただ、少しだけ……俺を囲む輪の外側に居るはずのカンナが、どんな顔でこの状況を見ているのかだけが心の隅に引っかかった。


屑のユキさん本領発揮。

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