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009

 ベッドの上に体を投げ出し、ふう、とため息を漏らす。

 昼食を取りながら母親と言葉少なな会話を交わし、PCで作業をしていると、約束までそれほど時間は無くなってしまっていた。


 壁にかかったレトロなデザインの時計を見て、間に合ったことをほっとすると同時に、何やら、偶然会った同級生とのクエストプレイを楽しみにしているようで、むっとする。

 

 人のことを踏みつけてきた最低な【グラディウス・アルジェンティウス】のプレイヤー。ネットでついついその名前を検索してしまった。ヒットしたページのほとんどが匿名掲示板で、大概が怨嗟や罵倒の声であふれていた。


 戦場でまともに活躍できている奴の中でほぼ唯一と言っていい大剣使い。大剣なんていうピーキーな武器を好んで使う奇人。戦争の勝ち負けなんて関係無くやりたいことしかやらない迷惑なソロプレイヤー。マナーを守らないゲス。どうせチートでも使ってる。エトセトラ……。


 それがまさか現実のクラスメイト、それも時折話す目の前の席の男子だなんて思いもしなかったけれど……。


 何度か剣をあわせた時の印象、それにネットでの評判……そこから導き出されるたがの外れたろくでもないプレイヤー像と、現実での姿、一緒にパーティープレイをしての印象が全然重ならないのが、不思議ではあった。


――現実の姿とネットの姿なんてみんな違うんだろうけど……私だって……。


 それに、どちらにせよ人のことを踏みつけてきた最低な奴という点については疑う余地も無いのだ。


 鼻を鳴らして、眼鏡を外して枕元へ置く。代わりに被るのは目をすっぽりと覆う仮想現実インターフェース。


 小さい頃からゲームが好きだった。空想したとおりの景色と、剣と魔法の冒険の世界。そんな世界に連れて行ってくれるゲームが。

 仮想現実技術が発表された時にはもちろん飛びついた。

 知らない世界を冒険したい、想像の翼を広げた先に行きたい、そんな願いを叶えてくれる、魔法の王冠。


 目の前に映し出された、青い空を背景にしたログイン画面。栂坂佳奈は、静かに、コネクトコマンドを呟く。


 背中を支えるベッドの感触が消え、全身を浮遊感が包み込んだ。



 ◆◇◆


―中立領 打ち捨てられた古城カンディアンゴルト

 若葉月 1の日


 足下でぴしゃりと水音があがり、ふくらはぎの辺りまでを湿った感覚が満たした。

 

 目を開けば、ログアウトするまでと寸分変わることのない景色。薄暗く広大な地下宮殿の風景が広がる。

 あたりを見回して、石塊の上に腰掛けたカンナの姿を見つけた。

 片膝を抱えて、何か物思いにでも浸る表情の魔法剣士に、片手を上げてみせる。


「早かったね」

「別に。今来たばかりですけど」


 何故か不機嫌そうに睨み付けられて、俺はたじろぐ。何か悪いことしたっけな……と思い出すが、思い当たる節がありすぎてよくわからなかった。

 

――だけど、大体やらかしたことはその場で反撃を貰っているから、今更引きずることなんて無い気もするし……。


 髪をかき回しながら頭を悩ませる俺に向かって、カンナは勢いよくため息をついてみせた。


「妹さんはどうしたんですか?」

「ん、あ、あぁ。もうすぐ来ると思うよ、居眠りでもしてなければだけど……」

「一緒だったんじゃないんですか?」

「ご飯食べたら後はそれぞれ自由行動だよ。そんな始終一緒に居るようなもんじゃないし。いや、でも居眠りしてたら厄介だなぁ……あいつ、人の部屋にはずかずか入ってくる癖に、私が部屋に入ろうとするとキレるんだよね……」


 うーん、とまた別の悩みに頭を抱えた俺に、カンナはくすりと笑う。


「良いですね、兄妹って面白くて」

「そうかな……カンナは一人っ子?」

「そうですよ」


 そんなシンプルな肯定が返ってきて、特に続ける話も無く、沈黙が訪れる。

 カンナの家庭のことなんて聞いたら、またプライバシーがどうのとか怒られそうだしなぁ……なんて話題探しに苦心していると、空間に燐光が煌めいて、ネージュが姿を現した。


「ごめんなさい! 本読んでたらちょっと夢中になっちゃって……もう、どうして兄様ログインする時声かけてくれないの!」

「部屋いくとキレるでしょ……」

「電話とか色々手段あるでしょ!」

「どうせ『今良いところなのに読書の邪魔しないで!』とかキレるでしょ……」


 理不尽な妹の物言いにげんなりする。ため息を漏らして、また後頭部を掻きやった。


「ま、行くとしますか。まずはここから抜け出す道をみつけないとね」

「あ、ちょっと待ってください」


 俺とネージュは揃ってカンナの方へ視線を向ける。


「ちょっと……休んでる時にこのクエストのこと調べてみたんですよ」

「えー、カンナずるいー」

「きも」


 ちょっと俺の考える女の子同士の会話風な口調で言ってみたのだけど、二文字だけの言葉が胸に深々と突き刺さった。


「すみませんね、ほんとこんな兄で」

「いえ……良いんですけどね」


 こほんと咳払いをして、カンナは言葉を続ける。

 こちらを見返してくる魔法剣士の眼差しは思ったよりも真剣なもので、俺は無意識に姿勢を正してしまった。


「調べてみたんですけど……どうも、まとめのWikiページに載ってるクエスト内容と、これ、展開が違うんですよ」

「……え?」


 思いもよらない言葉に、俺は一瞬、息を止めた。


「私もクエストの攻略法とかを調べる気は無くて……ただ、なんとなくちょっと気になったんです。あの最初に入った広間、クエストの通りに道にしては他のパーティーが全然居なかったなって思いませんでした?」

「そう言われると、確かにそうだね。その時は気にもしなかったけど」


 カンナに言われて、改めて思い出す。人の気配は全くなくがらんどうとした古城の広間。確かにスタートポイントであれほどの行列が出来る人気クエストだ。数パーティーは居てもおかしくはなかった。この地下のマップだって、同じことだ。


「そしたら、攻略サイトでは、カンディアンゴルトの攻略ルートは、城門から騎士団の詰め所に向かってそこから裏道を通って本城に潜入することになってて……あの鎧のお化けのことや、この地下のことなんて、全然記述がなくて」

「……兄様道間違えた?」

「いや、違うでしょ……」


 愚妹の的外れな突っ込みにずっこけそうになりながらも、俺は、気温が1、2度下がったような錯覚を覚えていた。


 このクエストにチャレンジした他の大多数のプレイヤーとは異なるルートに俺たちは導かれていると言うことになる。まさかここまで練り込まれた展開がバグということはあるまい。となれば、必ずどこかにクエストの分岐スイッチがあって、俺たちはそのフラグを立てたことになるはずなのだが……それにしたって、会話の分岐選択肢もなかったし、他のプレイヤーがかすりさえもできないようなイベントをわざわざ起こしにいった記憶も無い。


――他の連中との……違い?


 脳裏にひっかかる、その条件。


「……もしかして、【英雄の友】クエスト?」

「なんですか? そのクエスト、聞いたこと無いんですけど……」

「うん、報酬公開クエストの一つなんだけど、その報酬をほしがる人があんまりにも居なくて、おまけに凄いハードな戦闘クエストだったから、ほとんど攻略されずにマイナークエストとして終わっちゃったんだけど」


 俺は、自分の背丈を越える長さの愛剣をそっと実体化させて、水面に突き立てた。


「クエスト報酬は、これ」

「グレートソードですか……」

「それ、大剣ってほんと兄様以外使ってる人居ないよね、なんでだろう。攻撃力凄く高いんでしょ?」

「高攻撃力の武器だったら刀とか、大きさや射程でいったら槍とかハルバードとか、もうちょい使いやすさとかとのバランスが取れた武器があるからね」

「そんな武器をわざわざ選ぶなんてほんとヘンタイですよね」

「ちょっと待って変わってるとかならわかるけど、ヘンタイって違わない!?」

 

 理不尽な評価に対する俺の抗議は、きっちりと無視された。


「そのクエストの内容、教えて貰ってもいいですか?」


 俺の目を真っ直ぐ見てくるカンナのそんな言葉に、俺は、ため息をついて、身を翻した。


――なんかどうも、ないがしろにされるキャラが定着してきてるような気がするんだけど……。


 ぼそぼそと口の中で、愚痴を呟きながら。


「結構長い話になるから、歩きながら話そうか。どっちにしても出口はみつけないとならないんだろうし」


本日二つ目。一回に纏めろよという話は置いておいて……

誤字指摘等ありがとうございます! なかなか自分の見直しでは気付けず……随時修正しています。

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