006
「ナイスプレイ」
目が合ったからそう言って笑いかける。だけど、魔法剣士殿は少し頬を赤く染めて、目をそらした。
「別にやるべきことをやっただけです」
「そ、そっか……」
俺としてはジークやネージュと交わすいつも通りのかけ声みたいなつもりだったのだけど、難しい。困ったような難しい気持ちが顔にでてしまっていたのか、カンナはなんだか後ろめたそうに口をすぼめた。
「……そんな顔しなくてもいいじゃないですか」
「あ、いや、別に良いんだけどさ……」
「どうせパーティープレイなんてなれていないですよ」
「そ、そんなことないと思うんだけどな。ほら、戦闘中にちょっとぼーっとしてたのだって、カンナのプレイうまいなーって思ってたからだし」
決してオークと女騎士のコラボ的な想像をしていたわけではないのである。決して。仮想現実インターフェースが、頭の中で想像していることまでダダ漏れにさせてしまうようなデバイスでなくて本当に良かった……。
俺の言葉に、カンナはきょとんとしてから、照れくさそうにまた口元をへの字に結ぶ。
「レギオンで一通り教えて貰って、たまに訓練とかありますからね。連携はそれなりに意識はしてます」
「友達とのパーティープレイで慣れてるとかそういうのじゃないのがちょっと寂しいよね……」
「う、うるさいですね! 偉そうに言うユキは妹さん以外にパーティー組む人いるんですか」
「そうだなぁ。ジークとか……ジークとか……ジークぐらいかな……」
「1人だけじゃないですか……」
小馬鹿にしたようなカンナの口調にちょっとばかりカチンときて、俺は鼻をならした。
「0と1には天地ほどの開きがあるんだからね!」
「だ、誰が友達0ですか! フレンドリスト見せてあげましょうか?」
「いるよねー、フレンドリストの数で友達力を証明しようとしちゃう人」
「うるさいです、ネカマのくせに」
「そ、それは関係無いでしょ!」
「ほほー、兄様とカンナさん、案外仲良いんですねぇ」
そんなことをやけににやけた顔つきで言った愚妹を即刻睨み付けた。
「あ?」
「誰がですか?」
「あ、いえ、なんでもないです……ははは」
たじろぐネージュにため息をついて……カンナとの言い争いを再開するのもバカらしく、俺は進むべき方向へと向き直った。
「まぁ……行きますか」
「そうですね……日が暮れちゃいますね」
低く垂れ込めた雲が頂上を覆う岩山、そこに一際高くそびえ立つカンディアンゴルトの尖塔をはるかに仰ぎ見て、また俺たちは道のりを歩き始める。
友達だとか仲間だとか、そんなの難しい話だ。特にこのゲームの世界の中では。
ゲームの中では……仮想現実技術が実用化され、どれだけリアルになってもどこかみんな所詮ゲームじゃないかという気の緩みとでも言うべきものがあるんだと思う。現実では色々我慢して抑えて繕っているものが、ゲームの中では簡単に綻び出てしまうことがあるのだ。
ほら、俺だってリアルではあんなに大人しくて目立たない、品行方正な暮らしをしているのに、ゲームの中だとこれなわけで……それがまさかクラスメイトの女の子にばれるだなんて思っても居なかったわけだけど。
だからゲームの中での人付き合いは現実ほどオブラートに包まれていないことがあって、それ故に色々面倒なことも色々ある。
そんなことが嫌だったいうのも、俺が途中からレギオンに所属しないソロを選んだ理由の一つでもあった。
あ、いやソロを選ばなくてもそんな友達居たわけじゃないんですけどね……。
カンナはレギオンに所属していて楽しいんだろうかなんて、お節介にも少し考えてしまった。
特段レギオンメンバーと仲が良いわけでもなく、それなのにレギオンレベルを上げるためのポイントの上納があったり、上の命令通りに戦争では行動しなくちゃいけなかったり、そんなのは本当に楽しいことなんだろうか。
レギオンの中で意見の食い違いによる衝突とか、身勝手な奴によるトラブルとか、くだらない愚痴とか色々あるだろう。【エルドール】みたいな大手レギオンなら特に。
――まぁ、そんなこと俺が口を出しても仕方ないことなんだろうけどな……。
俺みたいな、煽り上等ソロプレイのゲス野郎が。
カンディアンゴルトに近づくにつれて、景色は急速に荒廃していった。
決して晴れることの無い低く垂れ込めた分厚い雲を繋ぎ止める鎖のように、時折雷光が走り、薄暗い地上を鮮烈すぎる光で照らし上げる。案外幅のある山脈の尾根には、しかし、ごつごつとした岩と、何の金属の鉱脈か、毒々しい色を帯びた水晶のような結晶が至る所に突きだして、冒険者達の進む道を困難にしていた。
そして、カンディアンゴルト。
古の時代の城であるそれは、無骨な軍事要塞としての外見を色濃く残していた。石を積み上げて堅固に組まれた城壁と尖塔は、飾り気など一切無い胸壁がギザギザと魔物の歯のように中空に突き立ち、もはや守る人間も攻める人間も息絶えたはずなのに、そこかしこに煌々と松明の明かりが燃えさかり続けている……。
その様子を望める距離まで来ると、俺の背筋にも若干の震えが走った。
グレートソードの取得クエスト【英雄の友】以来の訪問だが、凄絶とも言えるその古城の姿は、どこか心を打つものがある。
かつてここであっただろう戦……敵も味方も何かをかけて戦い、そして散っていった……そんな物語を、思い起こさせるからだろうか。
基本的には俺はロマンチストなのだ。中二病を引きずっているとか言わないでくださいね……。
尾根の道を真っ直ぐ進むと、カンディアンゴルトの城門が訪れた人の目の前を塞ぐ。既に門扉自体は外から打ち砕かれ、あちらこちらが崩れ、焼けた門の構えのみが残るのみだ。
「……凄いですね」
「カンナはカンディアンゴルトは初めて?」
女の子に初めてって聞くのなんかドキドキするよね。なんかね、なんとなく。
「いつもソロ狩りなので、パーティープレイメインのダンジョンには来ないんです。ごめんなさいね」
まだ言い争いの余韻を引きずっているらしき言葉に、俺は苦笑いを漏らすしか出来ない。
「私も最深部まで行ったことはないから偉そうなことは言えないけどね……グレートソードのクエストは右手の尖塔が舞台だったし。ま、油断せずに行こう。最後に準備はOK? 腐食使ってくる敵もいるから、鎧はコーティングかけておいた方が良いよ」
言いながら自分の装備も最終確認する。耐久度も十分、コーティング剤を使って鎧に腐食耐性をつける。ちなみに腐食効果のある攻撃を食らうと、装備が一部破れたりして年頃の青少年にとっては大変眼福なのだが、中身女子の2人を前にしてそんなことを望んだ日には、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
栂坂さんにリアルで塩酸ぶっかけられたりして……あながち可能性がゼロとも言えないのが恐ろしいところだった。
「……何か変なこと想像してませんよね?」
「全く」
なんでこの人は無駄な勘が鋭いんでしょうね。心を平静に保ち、煩悩を追い払う。南無大師遍照金剛。
……実際カンディアンゴルトは難易度の高いダンジョンだ。余計なことを考えていたらどんな目に遭うかは知れず。心を落ち着かせて、集中力を高める。
「よし、行こう」
瓦礫の山と化している門扉を乗り越える。
その瞬間、絶えていたはずの篝火に青白い火が灯り、本城への道をほの明るく……不気味に照らし出した。
学園ジャンルランクインできたりしました! 読んでいただいてありがとうございます。
流石に毎日更新は厳しくなってきましたが、週4ぐらいは更新していきたく。