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004

「旅の方、このように声をおかけいただいたのも、何かの縁。厚かましいお願いというのはわかっています……ですが、もはや私には頼れる人もおらず……どうか……あの人を救ってください」


 伏せがちだった顔がそっとあげられ、頭上に広がる空のような蒼穹の瞳が俺たちを見る。同時にクエストの開始を告げるアイコンがインフォメーションのどこかに上がったはずだが、それはほとんど目に入らなかった。


 このNPCはクエストの出発点としてここに立ち続けていて、予めプログラミングされた以外の言葉を話すことも、反応を返すことも無い。今の言葉だって、俺たち以外のプレイヤーに対して何度もかけられてきたもののはずだ。

 だけど、それでも。その瞳に宿る深い悲しみの色や、口元に浮かぶ諦めかけたような微笑みを見るだに、心がざわつくのを抑えることはできなかった。

 

 PCネットゲームも俺は何タイトルもプレイしてきたが、やはりクエストイベントにちゃんと感情移入出来るようになったのは仮想現実が実現してからだと思う。NPCは本当に、人と変わらないような表情で、人と同じように語る。

 そっと横を窺えば、ネージュも、そしてカンナも真摯な瞳でNPCの少女をじっとみつめていた。


 アンジェリカは語る。


 彼女は元々、ある国の姫君だったのだという。彼女には恋仲にあった騎士が居た。彼は王国でももっとも優れた騎士であり、王の十二勇士の一人に数えられていた。

 しかし、ある時隣国との決戦に出陣した彼女の父である国王は、手痛い敗北を被ってしまう。自身も手傷を負い、命からがら逃げ延びた王だったが、彼を逃がすために、姫君の恋人であった騎士とその配下の戦士達は殿をつとめ、国境の城へと籠城した。

 姫君は彼の帰りを待ち続けた。しかり、その城が一体どうなったのか知らせもなく、そして逃げ延びた国王も戦傷が元で命を落とし、王国の命脈は絶たれてしまった……。

 

 姫君の身分も喪った彼女は、ただ、彼の帰りだけを頼りにして、生き続けて居るのだという。


 彼女は俺たちに願う。おそらくは彼が未だに守り続けているのであろう城に赴き、彼を救い出して欲しいと。


 最後に、アンジェリカは目的地となる場所の名を指し示してくれた。


「……彼が守る城の名は、カンディアンゴルトと言います。どうか、お願い致します、冒険者の方々」


 それを最後に、アンジェリカはもう何も語らなくなった。

 もう一度正面に向き合っても、どうかお願い致します、と、弱々しい笑みとともに同じ言葉を投げかけてくるだけ。

 後ろもつかえている。俺たち3人は並んで、元来た道を戻り始めた。何人も後に続くクエストプレイヤー達。あの子は同じ話を、また何度も、何度もするんだろうか。


「兄様名残惜しそうだね。好みの子ともっと話していたかった?」


 そんなことを言う妹に渋い顔を向ける。


「そういうんじゃなくてね、ただ」

「気持ち悪い人ですね」


 カンナに蔑みの言葉を重ねられて、俺はがっくりと肩を落とした。


「別にいいですけどー……」

「ああ、ユキちゃん拗ねないで冗談だよ-。でも拗ねてるユキちゃんも中身が兄様ってことを思い出さなければ可愛い」

「うるさい」

「……まぁでも、ちょっと浸ってしまったのはわかります」


 思わずきょとんとしてしまう。歩みを止めた俺にカンナは振り返って、小首を傾げてみせた。


「どうしたんですか?」

「いや……カンナさんの口からボクのことを擁護するような言葉が出てくるなんて」

「擁護とかじゃ全くなくてですね……話の内容はきっとローランの歌か何かを下敷きにした良くある話なんでしょうけど、やっぱりあんな顔をして話されたら、それは入り込んじゃいますよね、っていうことです」


 少し夢見るような調子で、空を仰ぐカンナに口元が緩んだ。


「うん、そうだね」


 そこには確かに物語があって、あの姫君はその物語の中を確かに生きてきたんだと思うことが出来る。作り物のプログラムなんかではなくて……。


 小道を抜け出して、目映い太陽の下へと戻ってくる。

 砂漠の国の青空の下、せわしげに行き交うターバン姿の人々の波を見ると、さっきまでのイベントが少し夢のように思えて、思わず目をしばたたかせた。

 もちろん、夢なんかではない。メニューから広げたマップにマーキングされたクエスト目的地のアイコンを確認する。


「さて、カンディアンゴルトか……霧の港から歩くのが早いかな。ここの港からも確か定期便も出てたはず」

「カンディアンゴルト……」


 ネージュがもう一度地図上のアイコンをじっと眺めて、それから言葉を続けた。


「行き先、カンディアンゴルトってことはさ……やっぱり」

「……ああ、あのお姫様は……もう生きてないんだろうな」


 妹が感じている疑問、それは俺も、クエストの説明を受けていた時から少し感じていたことだった。

 姫君の言う勇士が、いかな覚悟で城に籠もったとは言え、その王国が滅びて、今に至るまで城に籠もり続けているなんていうことがあるんだろうか、と。

 答えをくれたのは、姫君が伝えてくれた行き先の地名だ。


 カンディアンゴルト。

 プレイヤーの間では、確かに城と言われてはいる。

 ユリオン大陸の南端、アグノシアとラプラスの中間、険しい山脈に張り付くように築かれた、廃墟となった古城であり、アンデッド系モンスターのはびこる上級ダンジョンの名前。

 俺にとっても印象深いダンジョンだった。ユキのグレートソードは非売品でクエスト入手した品だが、入手クエストの舞台も、カンディアンゴルトだったからだ。

 そのクエストで、カンディアンゴルトがこのようになった由来も聞いている。

 かつて、今の6カ国が成立するより遙かに前、国同士の大きな争いがあり、カンディアンゴルトには敗勢となった国の殿の騎士達が籠城した。

 騎士達は勇戦したが、それでも衆寡敵せず1人、また1人と打ち倒されていき、ついに城門が打ち破られ、敵国の兵士達は城へとなだれ込んだ。

 しかし、城へと攻め入った兵士は1人として生きて出てこなかった。まだ指揮官であった王国の勇士とその友が、城の中に生き残っていたはずだが、何十、何百と攻め入った兵士は1人として戻ることがなく、代わりにおびただしいまでの血が川となって城門から流れ出してきたのだった……。

 

 恐ろしくなった敵国の指揮官はその城を避け、結局王国は滅ぼされることとなったが、それ以降も何人もの人間が城に踏入り、そして消息を絶った。いつからかカンディアンゴルトは何人たりとも生きて帰れぬ血に呪われた城と言われるようになったのだと言う。


 つまり、カンディアンゴルトを巡る戦いがあったのははるか昔のこと。あの姫君の王国が滅びたのも古の昔だった言うことになる。人なんて到底生きていられない、遠い遠い昔の……


「そうわかっちゃうと悲しいね……アンジェリカさんの願い、救って欲しいって……このクエストを達成しても、叶わないなんて」

「でも、幽霊になってまで、長い間同じ人のことを思い続けるなんて……ちょっと、素敵ですね」


 そう呟くようにカンナは言って、それから頬をわずかに赤らめた。同時に、俺の方を睨み付けてくる。


「またそうやって人を馬鹿にしたような目で見て」

「ええ!? いや、全然見てないですから……被害妄想激しすぎでしょう……」


 冤罪も良いところだ。


「それに、そういうの女の子なら素敵って思うの当然なんじゃないの? カンナは普段クールそうなイメージだから、ちょっと意外と言えば意外だけど」

「女の子なら、とか女の子じゃない人から言われても」

「あ、はい……」


 ネカマですみません。生きていてすみません。

 たまには、俺も本気で落ち込んでみせた方が良いんだろうかとどんよりと地面を見ていると、背中を優しく妹に叩かれた。


「兄様の同級生の人って聞いてちょっと期待したんだけど、まだ先は長そうだね……元気出して」

「何言ってるのお前……?」


 時折良くわからない突飛なことを言い出す愚妹にはやはり、黄色い救急車をつけた方が良いのではないかと思いつつ、まぁ、確かに落ち込んでいても何も進みはしない。空を仰いでのびをして、それから、これからのことを考える。


「早速カンディアンゴルトに向かうで、2人は大丈夫かな?」

「私はここに来る前に補給も済ませてきたので、大丈夫です」

「私もー、ばっちし!」

「結構長丁場になりそうだけど、トイレとかも大丈夫?」

「……死んだ方が」


 また少し頬を染めたカンナに睨み付けられて、俺は慌てててをぱたぱたと振った。だってダンジョンの真ん中でトイレ行きたくなったらこまるでしょう……女子のデリカシーは本当にわからない。それともトイレっていうだけでそんな恥ずかしい有様なのカンナさん? ボトラーなの? すみません失言でした。


 結局カンナはログアウトしなかったので、きっと大丈夫ということなんだろう。俺はそう解釈した。


「それじゃ行こう。どんな結末になるかはわからないけどさ、姫君の願いを叶えに」


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