003
あれ……何か悪いこと言ったかな、と悩んだのも束の間。
「一人で何か悪いんですか」
若干ひくついた口元に、とってつけたような冷めた流し目。そのカンナの態度に、俺の疑問は氷解する。
ああ……うん、あれだよね。人間って自分が負い目に思ってるところに過剰反応しちゃいますよね……。
「あ、あー……あの、別にそういう意味で言ったんじゃなくてですね」
「そういう意味ってどういう意味でしょう」
とりあえずフォローが必要と思ったのだが、俺の言葉はどうも逆効果だったようで、カンナの目はさらに細まるばかりだった。
「あーいや……うん……その、ね。気にしない方が良いと思うよ。一人でいるのも悪いことじゃないし……元気だして、ね」
しばらくの考慮の結果、俺は至極優しさと思いやりに満ちた言葉をかけたつもりだったのに、次の瞬間、額に強烈な衝撃を受けてのけぞった。リンゴだかなんだか、結構固い果物系のアイテムを投擲されたのだと理解するには、少し時間を要した。
額をさすりながら見返す先には、堪忍袋の緒が切れたらしい、眉を逆立ててまた眦を潤ませたカンナさんのご尊顔。
「ば、馬鹿にしてるでしょう、してますよね!」
「し、してないよ!」
当たり前の優しさを向けただけなんだけど……。言葉って難しい。
―何だ何だ喧嘩か。
―女の子同士? 何か痴話喧嘩っぽくない?
しかし、困ったことに俺たちの騒がしいやりとりに、NPC待ちで暇なプレイヤー達がなんだなんだと野次馬根性でざわめきだした。
つい辺りを睨み付けてしまう。なんでこう世の中の人は、赤の他人のやり取りにやたら興味があるんでしょうね。
「あ、ほ、ほらカンナさん。周りの迷惑になるしおしゃべりはプライベートでやりましょう!」
気を利かせたネージュがメニューを操作して、PT申請をカンナに飛ばしてくれる。こういうところ俺と違って人付き合いの上手い妹は、よくできた奴だと思う。
目の前に上がったポップアップにカンナは少し逡巡したようだったが、俺のことを一睨みして、それを承諾した。
「ゲスでヘンタイのユキさんと同じPTなんて心外なんですけど」
「ほんとダメな兄でごめんなさい。妹としても時々うわぁって思うことはあるんですが」
「あれ……悪いの私? 私ただ、今日一人で来たの? って訊いただけだよね?」
割と本気で首を傾げてしまう。ちなみに、一応ユキさんは女の子なのでゲームの中では一人称は『私』なのだ。
「う、うん……それ自体は悪くないかも知れないけど」
「言葉自体は悪くないよね……でもそれでカンナさんが怒ってしまったということは、つまり、カンナさんが実はぼっちだったのが悪いと言うことにうごっ」
先ほどと同じリンゴのようなモノが、先ほどと同じポイントに過たず命中してくらくらした。なんだよ、投擲スキルレベル実は相当高いんじゃないのこの人……。
「誰がぼっちですか!」
「……違うの?」
「違いませんよ! 何か文句有りますか……」
あ、カンナさん泣いちゃいそう……。
「ねえ、兄様わざとやってる……?」
ちょっと呆れた風なネージュの声に、俺はぽりぽりと頭を掻いた。
「いやぁ……ついつい、半分くらいノリと勢いで」
残り半分ぐらいはリアルで踏んだり蹴られたりしたお返しというか。
「そういうところがゲスで最低だって言ってるんです……」
「そうだよ、兄様!」
中身も女子な女の子二人に睨み付けられて、中身が男子なネカマとしては怯まざるを得ない。
それにしても、と横目でむくれているカンナの様子を窺う。
カンナ……栂坂さんがそういうことを気にする人だとは思わなかった。いつも教室では悠々自適に本を読んでいるタイプの人だったので、一人で居る方が好きなのかなと、そう思っていた。
まぁ……一人で居る方が好きでも、ずっと一人で居るのが良いという人はいないのかもしれない。俺だって、ソロプレイがメインとは言え、裕真も雪乃も居なかったらここまで銀剣をプレイしているかは怪しいところなのだし。
「まぁ……なんだろ。【剣の王】のクエストって、結構ダンジョン難しいらしいし、ボスも強いらしいし、一人じゃ厳しいんじゃないの?」
「……そういう噂は確かに聞いてましたけど、良いストーリーのクエストだっていうし、報酬も良いって言う話だったので、とりあえず進められるところまで進められれば良いかなと思って」
「だったら折角なんだし一緒にやりませんか! ほら、もうPTも組んじゃいましたし」
ぽん、と手を叩いたネージュに俺もカンナも、え……という感じの少し引き気味の眼差しを送った。珍しく反応が一致したな。
「あ……れ。今のは明らかにそういう流れじゃなかったのかな……?」
ネージュは困ったように小首を傾げてみせる。恐らく、一般の人的な話の流れとしては、雪乃の解釈が正しいんだろうが、あいにく俺もおそらく栂坂さんも社交性とはほど遠いところに居る人種だ。残念ながらそういうあるべき文脈とかと外れて適当なことを言っているだけだったりする。沈黙に耐えられなくて思いついたこととりあえず話してたりとか。
「兄様にしては上手な話のもっていきかた、って感心してたのに損したな……」
そんなことをぼそりと言うネージュに、小声で囁く。
「悪かったなダメな兄で……あと、普段俺の話し方まずいと思ってるなら教えてくれよ……」
「いやー、ダメだしばかりで兄様傷つくかなって……」
むしろその言葉に傷ついたのだけどね。
俺はため息をついて、それから現実よりだいぶ長くて柔らかい髪に覆われた後頭部を掻きやった。
「まぁ……良いんじゃないかな。私とネージュだけだと若干不安もあったし、3人でやることに特に不都合も無いし……」
「そうですね……パーティーにユキさんが居ることを忘れれば、問題ないかも知れません」
「それ、私のこと全否定されてると思うんだけど……」
嫌われたもんだなぁと思う。ちなみに、いきなり踏んできたり、人のことぼっち呼ばわりした奴が同じパーティーに居たら俺なら即蹴り出します。カンナさんは心広いよね。
「はい、それじゃもう決まり! ほら、順番きちゃいましたよ!」
そんな押せ押せなネージュの言葉。狙っていたのかと思ってしまうくらい、ちょうど良いタイミングで俺たちの順番がやってきた。NPCに話しかけた時点でクエストのフラグはキックされる。このPTでクエストを受けることを承諾すると言うことだ。俺たちの後ろにも他のプレイヤーの列は出来ているし、逡巡している時間なんてありはしない。
「不本意ですけど……よろしくお願いします」
相変わらず目つきの悪いカンナの言葉に、俺はぽりぽりと頬をかきつつ。
「う、うん。よろしく。ちなみに、私のことはユキで呼び捨てでいいからね。こっちも呼び捨てにさせて貰ってるし」
「私のこともネージュでお願いします!」
なんでネージュこと雪乃はそんなに嬉しそうなんだろうな。俺としてはクエスト終わるまでにあと何回罵り倒されるだろう、ということを予想するだに胃が重くなるのだけど。
すみません、私用で少し忙しく更新が空いてしまいました。
週末は取り戻すべく頑張ります!