表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/131

007

「ユキが居なくなった……?」


 それが、戦場に出る前で良かったと言うべきだったのか。

 抜群の回転を誇るはずのレティシアの思考は、その瞬間確かに停止していた。


「そうなんです! 宣戦布告のシステムメッセージを隣で見ていたはずなのに、急にかき消えるみたいに居なくなっちゃって……」


 ネージュの焦った声も、もしかしたら初めて耳にするものだったかもしれない。


「ログアウトした、わけじゃないですよね」

「フレンドリスト見ても、ログインはしたままなんです。だけど、トークも通らないし、居る場所も分からないし」

「まるで戦場で分断されている時みたいだね」


 言ってから、馬鹿なと思った。

 宣戦布告時点で、全てのプレイヤーは自国の都市に戻されている。

 どれだけユキが戦意に燃えていようとも、一人クロバールの前線を抜くなど、不可能な話だ。


「何かあったのか?」


 怪訝そうに見下ろしてきたジークに、手振りだけで返事をして、レティシアは一頻り考えを巡らす。だが、答えの出ようはずもなかった。


「……とにかく、何かわかったらまた連絡ください。こちらも思いつくことあれば伝えるので」

「お忙しいところすみません。お願いします」


 クラスメイトの妹とのトークが終わり、レティシアはため息をついた。


 そこはラウンドテーブルの会議場だった。

 週一度のレギオン会議の他は、雑談の場ぐらいにしかなっていないそこに、多数のレギオンメンバーが詰めている。

 中央に広域モードで展開された兵棋盤には、動き出した戦況の様子が刻一刻と映し出されていた。とはいえ、宣戦布告が為されたばかり、大きな動きがあろうはずもない。ジークも未だ手持ち無沙汰の感がある。


「ユキがいなくなったって……」

「はぁ?」


 ジークが間抜けな声を上げる。

 若干苛立ちを覚えつつ、レティシアは眉間に指をやった。


「さっぱりわからないなぁ。どうしてユキはいつもこう予想しない面倒ゴトを引き起こすのかなぁああ?」

「怒るなよ……いや、俺もさっぱり状況わからないんだが」

「ネージュから。ログインはしているみたいなんだけど、急に姿が消えて居場所もわからないんだって」

「宣戦布告の不具合か?」

「ユキだけが?」


 そんなことが起これば、ラウンドテーブルや他のレギオンでも騒ぎになっているはずだ。会議場は戦争に臨む軽い緊張感が漂いこそすれ、まだ穏やかなものだった。


「ユキがいなくても、アグノシアの作戦は回るからいいんだけど……」

 

 大手レギオン所属でも、レギオンマスターでもない。そんなユキが戦線の指揮官を割り当てられるはずもなく。作戦を決めてしまった今、ユキは一兵卒として戦場に挑むに過ぎない存在だった。


 だけど。


 あの大剣使いの少女、昔のレギオンマスター。この戦争の中心にユキはいなければならないはずなのに、と、どこかでレティシアは願っていた。


 

 ◇◆◇


 そっと、扉を閉める。木戸の軋みは思ったよりもずっと大きく響いて、俺は肩を震わせた。

 

「ごめんカンナ……」


 ついつい謝ってしまったのは、お小言カンナさんにまたどやされるかと思ったからなのだけど。

 先に建物の中に入っていたカンナは、振り返るでもなく立ち尽くして。

 細い体がぐらりと崩れる。

 

「……っ!?」


 慌てて伸ばした手が、辛うじてその背中に届く。

 

「大丈夫!?」

「ご、ごめんなさい……きっと、少し休めば大丈夫……」


 きっといつもなら俺の助けなんて振り払うはずなのに、カンナは苦し気に目を閉じてそのまま俺の手に体重を預けてきた。

 裏通りに立つ一軒の建物、民家なのだろうか。とにかくも奥に据え付けられたソファを見つけて、俺は黒髪の少女をそこに横たえた。

 熱は無い。眉根は苦し気に寄せられているけれど。


「疲れた……のかな」


 ここにたどり着くまで、どこかふらつくようだった、カンナの足取りを思い出す。

 まだ、宣戦布告のなされた夜は明けないまま。ゲーム内時間でも2時間ぐらいだろうか。普段なら戦争で軽々とこなす時間だ。何ならカンナと出会ったとき、ユキとカンナは一晩通して戦い続けていたわけで。

 だけど。


「……心細かったよね」


 追われる状況は心を消耗させる。ディオファーラに急に放り出された俺も、随分神経を使った。実際に追いかけられ、追い詰められていたカンナならそれはいかばかりだったろうか。屋根の上から落ちてきた少女の身体を抱き留めたときの泣きそうに見えた目。どこかふらついていた足取り。

 

 寝かせる時に乱れたカンナの黒い髪を撫でつけながら、その頭をしばらく撫でててしまって。それから自分の行いに気づいて慌てて手をひっこめた。


 もっと小さかった時だ。ネージュ――雪乃が風邪を引いたときに同じようにしてやったことが何度かあった。

 その時雪乃は喜んでくれた気がしたけれど、カンナは妹じゃない。妹属性でもさっぱり無いと思う。なんだろうこの同級生、クーギレ? そんなクールでもないな。キレキレかな。


 まだ表情には苦しげな様子があるものの、穏やかな息を立て始めたカンナに、ふぅとため息をつく。

 

 俺も俺で間違い無く疲れている。

 ソファから少し離れた隅の椅子に身体を投げ出した。


 何一つ作戦通りに行きやしない。

 戦争なんてそんなものだとわかっているつもりだった。それにしたって、あまりに予想だにしなかった展開に、変な笑い声が漏れた。

 

 クロバールと戦いながらカンナを迎えにいくはずだったのに、今やクロバールの首都にカンナと二人きり閉じ込められている。


 これからのことを考えるには、疲れすぎている。

 ひとまずは休もうと思った。

 この全面戦争期間中は、脳が睡眠状態になっても接続が切れることは無いように設定されているらしい。

 銀剣の世界で初めて見る夢はどんなだろうかと、ぼんやり思いながら。

 

また間があいてしまいすみません。お待たせ致しました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ