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002

 戦争中心に回る銀剣だが、折角これだけ作り込まれた世界。スキル・アイテム取得の手段として豊富なクエストも用意されている。

 

 クエストにはネイショナル・クエストとグローバル・クエストとの二種類があり、ネイショナル・クエストは、6カ国それぞれの国ごとに用意されたクエストだ。当然他国のクエストを受けることは不可能で、クエスト内容も戦争と密接に結びついている。例えば敵国での密偵任務を終えた兵士達を迎えるためある戦域を突破したり、あるいは敵地を移動中の輸送部隊を襲撃したり。国からプレイヤーへの指令という側面が強い。

 一方グローバル・クエストは所属国家に関わらず、全プレイヤー共通に設定されたクエストになる。ユリオン全土を舞台にして、戦争ともあまり関わりなく、ファンタジー色豊かなグラディウス・アルジェンティウスの世界を満喫出来るような作りになっているのが特徴だった。


 グローバル・クエストは、国家間の戦争がメインテーマの銀剣本来のゲームシステムから言えばどちらかと言うと傍流のシステムと言えた。おそらくプレイヤーVSプレイヤーを好むヘビー層のユーザーだけでなく、ライト層のユーザーの取り込みを狙ったシステムなのだろう、などと長年のゲーマー暮らしでねじくれてしまった俺などは考えてしまうが、そんな下衆の勘繰りは置きざりに出来るくらい、グローバル・クエストの数々は良く作り込まれていた。


 何だかんだで俺もシステム・アップデートがある度に、追加されたクエストは大体チャレンジしてしまう。クエストで手に入るアイテムがなかなか良いものだという、実利的な面も当然あるのだけど。


 今回、雪乃がプレイしたいと言ったクエスト、【剣の王】は、先日のアップデートで追加された大規模グローバル・クエストの一つだ。


―ブライマル自由都市連合 盟約市アル=ニグロス

 花咲月 28の日

 

「ここのバザールの南端だってさ」


 ゲーム内メニューからアクセス可能な公式フォーラムを横目に見ながら、そう後ろの雪乃……ネージュを振り返る。

 クエストが実装された際にはクエストのスタート地点も秘密にされていて、その探索から楽しみにする連中もいるのだが、もう前回のアップデートから一週間になる。今更そこに拘る部分でもないので、カンニングさせて貰ったというわけだ。


 ブライマル自由都市連合はユリオン大陸外縁の島嶼部にある交易都市の連合国家で、ここは強力な商業ネットワークを背にユリオン大陸の6国家どこからも独立を保っている……身も蓋もない言い方をしてしまえば、プレイヤーが所属国家を越えてふれ合える場所として用意されたフィールドだった。

 アル=ニグロスは砂漠と岩山からなる島に築かれた港町。イメージとしてはアラビアなのだろう。行き交うNPCは皆ターバンで頭を覆っていた。鮮やかな赤煉瓦や、タイルで彩られた建物の間には帆布がさしかけられ、すれ違うにも窮屈なほどに露天の並ぶ、バザールの風景。


「おー、この果物美味しそう……」


 得体の知れない……もちろん食べられはするだろうが……熱帯産と思しきカラフルな果物に興味を示す妹を俺は横目に睨んでその手を引っ張った。


「寄り道しない、さっさと行くよ」

「あーもう、ユキちゃんせっかくのデートなんだから良いじゃん寄り道したって!」

「だからユキちゃんはやめてって。あと何がデートか」


 相変わらずゲームの中だと脳内お花畑度が上がる愚妹にため息をつく。ずんずん歩く速度は緩めない。付き合っていたらそれこそ日が暮れてしまう。


 行きかう性別も年齢も様々な人々の間を縫って、 薄暗く、東洋のスパイスの匂いが立ちこめる神秘的なバザールを抜ける。

 さしかけられた帆布が途切れるその少し手前に、注意していなければ普通に見落としてしまうだろう横にそれる小道があった。


 こういうの、クエスト探索者の連中は良く見つけるよなぁ、そう思いながら、ほとんど壁にへばりつくように小道に入ると、そこは住居の中庭で……涼しげなオアシスの緑に囲まれ、佇んで居たのは、砂漠の街には相応しくない白い肌をした少女の姿だった。

 

 砂に汚れたヴェールの下から覗く雪のように白く儚い容貌、長い睫毛が悲しげに伏せられている。


 NPCを示すグリーンカラーで頭の上に浮かぶネームは、アンジェリカだ。


「間違いないな、この子だ」

「兄様の好きそうな子だね」


 相変わらずろくでもないことを言うネージュを横目に睨み付けた。そうですよ、儚げな子が好きですよ俺は。お前みたいのじゃなくてな。


 少女と三人だけで対面となれば雰囲気も出るんだろうが、そこはMMORPGの残念なところで、既に先客のプレイヤーが何人も順番待ちをしていた。クエストが出て一週間経つのでこれでも大分空いた方のはずなのだけど。


 前に並ぶプレイヤー達の後ろ姿をぼんやりと眺めて……俺は、うげっという言葉を慌てて喉元で飲み込んだ。


「どうしたの?」

「いや……なんでもないよ、なんでも」


 視線が砂漠の国のからっとした青空に泳ぐ。


「えー、ちょっとそういう思わせぶりなのやめようよユキちゃん。なんでもない人はそんな顔しないでしょ」

「生まれつき思わせぶりな顔なんだ」

「なんなのさー」


 ネージュがわたわたと騒いだせいで、目の前のプレイヤーが何事かと振り返る。肩口の黒い髪を揺らして。


「うげ」


 ……あちら様は、飲み込むのに失敗したらしい。


「……どうも、よくお会いしますね」

 

 なんだか、そんな言葉でしか表現できない。因縁とか色々複雑すぎて。


 さらさらの絹糸のような黒髪の上に浮かぶ白のプレイヤーネームは『Kanna』だ。


 ずっと視線を泳がせ続けるユキさんだったが、好奇心たっぷりに覗き込んでくる妹の視線に耐えきれず、とりあえず必要最低限の紹介をすることにした。


「えっとね……知り合いのカンナさん」

「ユキさんにはお世話になってます。色々と」

「最低限ラインを明らかに割り込んだ紹介なんですけど……」


 じっとり冷ややかな眼でみつめてくる愚妹。本当に空気の読めない奴ですね。


「ちょっとね、色々あってね」

「ユキちゃんがネカマプレイでだました人とか?」

「ねえ、何でそういう根も葉もないこと言って私のこと陥れようとするの? 何か恨みでもあるの?」

「うわ……気持ち悪い……」


 気持ち悪い、に情感が籠もりすぎていて流石に俺も泣きそうになった。


「ごめんなさいね、兄はちょっと可愛い女の子な自分が好きなだけで、人をたぶらかしたりしようっていう悪気はないんです。許してやってください」

「……ねぇ、それフォローしてるつもり?」

「どっちにしても気持ち悪い人だっていうのは良くわかりましたけど……って兄?」

「はい、申し遅れました!」


 タイミングを計っていたんだろうか。待ってましたとでもいわんばかりに、妹は人好きする笑顔を浮かべて、自己紹介をする。


「ネージュと言います。一応ユキの妹です」


 ぺこりと頭を下げるネージュを少しぽかんとしてみやって、それからカンナは胡乱げに俺の方を見上げた。


「二垢じゃないですよね?」

「仮想現実型のゲームでそんなこと出来ないってわかって訊いてますよね。人を貶めるためだけの質問やめていただけます?」


 複数アカウントの同時ログインが可能だったPCネットゲーム時代は、相性の良い職業のキャラを2キャラとも自分で動かしてレベル上げをするということが廃人連中の間では行われていた。いわゆる二垢というやつ。垢はアカウントの略。

 当然仮想現実で同時に2キャラクターを動かすなんて不可能なので、仮想現実型のゲームがメインストリームになるにつれ消えていったやり方だ。それを知ってるということは、カンナも本当に、根っからのネットゲーマーらしい。


「じゃあそういう契約関係とか?」

「なんですか、契約って」

「パパとかそういう類いの」

「私のことなんだと思っているんでしょう……」


 流石に傷ついていると、ネージュが横からわたわたと手を振った。


「あ、あの一応ちゃんと妹です。気持ち悪い兄なんて誤解されるのも良く解るんですが」


 フォローしてくれると思った俺がバカだったよ……。

 だが、妹の言葉を、カンナは信じる気になってみたいだった。俺の砕けたグラスハートは横に置いておくとしてね。

 

「本当に妹さんなんだ……ごめんなさい、挨拶が遅れて。カンナって言います。その、ユキ……さんの同級生です」

「同級生! 兄様に同級生がいるなんて!」

「何かおかしくない? その発言?」


 同級生なら30人ぐらいちゃんと居る。親しい人がほとんどいないだけで。


 クエストのスタートアップを受けた人が小走りに元来た道を戻っていく。行列の減った分だけ、俺たち三人は前へと進んだ。


「ユキさん達はクエストですか?」


 そんなカンナの問いかけに俺は頷く。


「そ、たまには妹孝行もしてやらんとと思って……カンナもクエスト?」

「そうですよ。たまには戦争以外も、と思って」

「今日は一人で来たの?」

「……」


 ……俺は至極普通のことを問いかけただけのはずだったんだけど、やけに空気が冷たくなった気がした。

評価とかブックマークとか増えていて本当にありがとうございます! こんな小説でも読んでいただけることが次を書く勢いに。

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