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004

 まだ窓の外は明るいのに、カーテンを閉めて。

 居間に敷き詰められたタオルケットやら毛布やら。

 雪乃は見慣れているから良いとしても、同級生達の寝間着姿は新鮮だった。

 そういえば女の子は寝間着の時下着はどうしているんでしょうね……色んな説がありますけど。

 

「兄さまがろくでもないことを考えてる顔してるね」

「俺の頭の中は戦争のことでいっぱいだよ」

「凄い棒読み感ですね……」

 

 栂坂さんにじっとりした視線を浴びせられて、首をすくめた。

 手元にはVRインターフェース。銀剣の世界に……一ヶ月の戦争に飛び込む準備は出来ていた。

 どこかそわそわ落ち着かない感じの裏には、きっと、少しの不安がある。現実でも24時間は短い時間じゃない。ゲームの中では、ましてや一ヶ月。それだけの時間を血で血を洗う戦争に費やすことに、どこか落ち着かなさを覚えるのは、仕方無いことだろう。


 だけど俺達は銀剣の世界に行く。色んな事を楽しんで、悩んで、色んな事を費やしてきた。もう一つの世界が、確実にそこにある。


「何、四埜宮くんは感慨に浸った顔をしているのかな」

「いや……いよいよ決戦だなって思って」


 藤宮さんがくすりと笑う。


「まだまだこれからが本番なのに。終わってからならまだしもさ」

「兄さまはロマンチストだから仕方無いのです」

「何わかった風なこと勝手に言ってるの?」


 やけに得意げに言う雪乃に、俺は精一杯嫌な顔をして見せた。


「ま、準備とか頑張ってきた場に臨めば、そういうのはあるさな」

「裕真は優しいな……なんで美少女じゃないの?」

「言うことがいちいち気持ち悪いんですよね、四埜宮くんは」

「ほんの軽い冗談なのに……」


 相変わらず、同級生の女の子から気持ち悪いと言われるダメージは計り知れなかった。

 軽口をかわして、それでも、どこか落ち着かない不安は、少し紛れた気がした。


「それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 俺の言葉に、みんなこくりと頷いた。


 柔らかい床の上に横になって、VRインターフェースを被る。

 隣は栂坂さんだ。不安に手を繋いでと求めるとか、そんなキャラじゃ無いのは知っている。そんな仲じゃないこともわかってる。

 ただ、少しだけ視線を傾けて、目が合った。

 それだけ。

 視界が覆われる。見慣れたタイトル画面に向かって、俺はコネクトコマンドを呟いた。



 ◇◆◇


―アグノシア帝国 帝都エクスフィリス

 雪華月 19の日


 降り立つのは、すっかりホームとして定着してしまったユミリアではなく、かつてのホーム。今はもう亡い、キャメロットのホーム。しばらく、作戦会議とかが立て込んでいて、レティシアと一緒にエクスフィリスの中央議事堂に缶詰になっていた。


 今日のエクスフィリスはいつにも増して忙しない。

 次々とログオンしてくるプレイヤー達。装備の点検、消耗品の購入。システムウィンドウとにらめっこしながら道具屋と向き合っているのは、きっとどこかのレギオンの輜重担当だろう。


――――みんな、準備は大丈夫? 最後の最後で準備不足で戦いに臨むなんて、報われないからね。最後の確認、しっかりやろう。


 レティシアのそんなネイショナルチャットが流れる。


――――最強ともてはやされるクロバールと正面切って戦えるのはみんなのおかげ。みんなと一緒にこの戦いに臨めることを、誇りに思うよ。私たちは悪しき侵略者からアグノシアを守る。戦おう。


 エクスフィリスを行き交っていた人も、足を止めて中空を仰いで、どこか誇らしげにしていた。

 クロバールに勝てるんだろうか、そんな不安に苛まれていた時期はもう過ぎて、みんなもう覚悟が出来ているんだろう。あとは全力で戦うだけだと。


 レティシアはやはり凄い。かつてレギオンマスターをしていた自分もあんな言葉を喋れていたらと思う、だけどそれはどこか穏やかな痛みを伴う感傷に過ぎない。

 今の自分はもうレギオンマスターでもなく、ただ戦いに臨む、一人のプレイヤーに過ぎなかった。

 それで良いのだと、思えた。


「へい兄さま」


 少し遅れてログインしてきたネージュが隣に立つ。


「ゲームの中で兄さまって呼ぶなって何度言ったらわかるの。ユキちゃんは美少女なのに」

「姉さまって呼んで欲しいの?」

「それは何か違うんだよね……」


 相変わらず無駄に快活な雰囲気を放つ妹とくだらない会話を交わしつつ、自分もストレージに蓄えた消耗品やら装備やらのチェックを行った。

 愛剣――――清冽の剣(アルタキエラ)も問題ない。この長い戦いでも、ずっと戦場をともにしてきた相棒はきっと俺を助けてくれるはずだった。


「頑張ろうね、兄さま」

「うん。全部叶えるよ、全部」


 何が、とは問い返されなかった。


 裕真――――ジークもレティシアとともに、ラウンドテーブルの最後の準備に奔走しているんだろう。


 そして――――ただ一人アグノシアに居ない仲間は、今何を思ってクロバールの首都にいるんだろう。


 俺と雪乃はエクスフィリス中央広場の階に腰掛けて、その時を待った。


 かちりと時計が進む。


 その瞬間、鐘の鳴るような荘厳な音とともに、システムメッセージが空を覆い尽くした。


――――宣戦布告。

    クロバールはアグノシアにその全てを賭けて、戦いを挑む。

    今この時より、クロバールとアグノシアは全面戦争へと突入する。

    一月の後、この地に残るのはどちらの国か。


 俺とネージュは立ち上がって、空を睨んだ。


 だけど、突然俺の視界を一つのメッセージウインドウが覆った。


――――一人の少女が救いを求めている。

    あなたは手を差し伸べますか?


 唐突すぎて、何のことかわからないメッセージ。

 それでも……頭に浮かんだのは、カンナのことだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 表紙の二人良いですね、踏まれたい。
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