021
『これ、ゾンビになってる人と、なってない人、出会ったらどうなるんだろうねぇ』
「さぁね……敵対可能状態になってるとかはありそうだけど、強制的に殺し合いとかは出来るはずもないしね」
『ユキには、ついつい手が滑って大魔法撃っちゃうかも』
「なんでレティシアは私にそう厳しいんでしょう……」
レティシアに限らず俺の周りの女の子はなんでこう厳しいのかな。やっぱりユキちゃんがネカマだからかな……。もっとネカマに優しい世界になって欲しい。
イベントが新たなフェーズに進んだせいか、先刻追い回されたゾンビたちの姿は見当たらない。俺たちは早足になって道を急いだ。
「レイドボスかなぁ? 兄様」
「どうだろうね、船の上で戦ったばっかだけど、ボスてんこ盛りみたいなイベントもあるしね。ボスだったら頑張ろうね、カンナ」
「……なんで私名指しなんでしょう」
軽口を叩きながら、林を抜ける。
果たして、俺達はそこで、『黒幕』の底意地の悪さを思い知ることになる。
「祭壇……か?」
俺達は遅い方だったらしい。
人垣に囲われた向こうに見えたのは、荒削りの石柱。歴史だか何かの資料集で見た中南米の古代文明を彷彿とさせる作りの建造物の上で、イベントアイコンが瞬いていた。
――よくぞ来た、我が忠実なる僕たち。そして愚かなる彷徨い人共よ。
頭の中に声が響き渡る。
美しい南国の夜空を汚す染みのように中空からにじみ出たのは、毒々しい赤紫のローブを纏った巨大な人影だった。
魔術師、あるいはゾンビや骸骨を操るのだからネクロマンサーだろうか。そんないかにも禍々しさと威圧感を帯びて浮かび上がる映像に、心拍が上がる。
目深に被られたフードの奥で、赤い光が妖しく煌々と輝く。
「ボス?」
「いやヒットポイントゲージが無い……イベントが進めば出現するのかもしれないけど、まだ、わからない」
――貴様らには我が計画の血肉となって貰う。生きてここより戻れると思うな!
すわ戦闘かと、俺も愛剣を両手に構える。だが、人影を中心に迸った衝撃波のようなエフェクトともに上がったアラートに、目を見開いた。
「戦場モード……っ!?」
「ゾンビ相手にフラッグポイントバトルをやれってこと?」
剣の巫女がぼそりと呟いた疑問に、俺は地図と周囲の景色を見定めた。
「いや、違う……これは、確かに銀剣プレイヤー向けのイベントだよ」
視界に入る限りのプレイヤーの頭上には陣営を示すアイコンが灯っている。ただ、それは戦場で見慣れた五ヵ国の紋章ではない。赤と青の見慣れない二つの紋章旗。
そして、マップ上、島の片隅の入り江のようになった地点に目的地のイベントアイコンが新たに示されていた。
―撤退戦!
ロサディアールの古の魔導師 カイレシアが仕掛けた罠。
君たちはこの罠から逃れ、ロサディアール市に迫り来る危機を伝えなければならない。
だが、カイレシアの秘術によって操られた仲間達が、君たちの前に立ち塞がる。
入り江の船を奪って一人でも多く、この島から逃れろ。
『なるほどねー、ゾンビ側と人間側に分かれて戦争しろってことか』
レティシアの声に、相手に見えるわけでもないが、俺は頷いてしまう。
レティシアとジークはゾンビパウダーの罠にかかってしまっている。つまりいつもは心強い味方の二人は今日は敵側と言うことになる。
「人間の未来のためにお手柔らかにとお願いしたいところだけど」
『ユキは撤退戦とか好きそうだよね』
「まぁ、困難なシチュエーションには燃えるところはありますけれど」
『私、追撃戦とか大好きなんだよねー』
うふふ、とほわんほわんとした口調なのに背中に冷たいものの走る、レティシアの言葉。
瞬間、魔法のエフェクトが弾ける。剣戟、怒号。
「どうする? ユキ」
「とりあえずここを抜けないと、こんな状況じゃ作戦も何もあったもんじゃないよ! 行こう!」
あちらこちらで偶発的に……あるいはやけくそ的に始まった戦闘を横目に、俺はきびすを返す。
レティシアに見つかっていないことを願うばかりだ。




