018
――しまった!
クエストの手がかりと、トークに気を取られすぎた。
注意を取り戻した途端、首筋のあたりに刺すような焦燥が沸き立つ。
辺りを取り巻く、両の手でも足りないモンスターの気配。
「カンナ!」
草むらをかき分けた向こう、カンナはゾンビやら骸骨やらに囲まれていた。腰を抜かしたままの少女は、立ち上がれる様子も無い。引き結んだ口元が恐怖に震える。
先ほどの様子から見てもこのアンデッドどもは低級モンスター。まともにやりあえば負けるはずもない。
だが、あのクエストアイテムが引っかかった。死蝶の鱗粉のフレーバーテキスト。まるで出来の悪いゾンビ映画か何かのような演出。
いつもよりも一段と身を低く縮めて、大剣を肩に背負い込む。
視界の真ん中にとらえたターゲット。それはへたり込んだ黒髪の剣士の……わずかに上。
「……狼の牙っ!」
光の尾を引いて加速を始める大剣に体を預け、左手を延ばした。
「カンナっ!!」
疾く流れ去る景色の中、一瞬のすれ違いざまにカンナの腕を捕まえる。現実でやったら肩の関節でもはずしそうな所業だが、ここは許してもらうしかない。
アンデッドの群れをスキルの勢いに任せて強行突破する。愛剣の帯びたスキルエフェクトが弱まるにつれ、流石によろめいた。
「大丈夫? 走れ……そうにないね」
未だに凍り付いたままの少女。そんなキャラじゃないでしょカンナさん。なんて、言葉は流石に飲み込んだ。だが、後ろを振り返れば、アンデッド特有の鈍い動きとは言え、こちらをターゲッティングしたモンスターたちは刻一刻と迫りくる。
「もう、後で怒らないでね!」
事態を打開するため、致し方なく、本当に心から致し方なく、俺はカンナの華奢な体を抱き上げた。
こんなパニック映画みたいな展開のクエストだとは予想できたはずもなく、お互い南国リゾート風の水着姿。あちこちで肌に直接触れる柔らかくて暖かい感触が、平常心に揺さぶりをかけてくる。
煩悩を振り払うために頭の中で般若心経を唱えながら、俺はひたすら地面を蹴った。
行き先が決まっているわけではない。浜の方へと戻る道はアンデッドの群れにふさがれてしまった。
虎穴なのかはわからないが、ひたすら島の中心方向へと進むしかない。
◇◆◇
「少しは落ち着いた?」
「……はい、すみませんでした」
なんか謝られるって新鮮。だが、むしろ落ち着かなさを覚えて俺は後頭部を掻いた。慣れって怖いですね……。
どれくらい走ったのだろう、モンスターの群を振り切ったのを確認して、俺は周囲への警戒が効きやすい岩場のくぼみに、カンナを下ろした。
無残に抱きかかえられているうちにある程度の平静は取り戻したのか、自分で立った黒髪の剣士殿だったけれど、それからふらふらと岩場の隅に行って膝を抱え込んでしまった。
「どうしたのさ、カンナ」
「……自分が情けなさ過ぎて」
「まぁ、怖いの苦手なんだし仕方無いと思うけど……」
カンディアンゴルトでは何度となく聞いた、『怖くなんてない』といった類いの反論も返ってこない。抱きかかえてしまったこと――それも、いわゆるお姫様抱っこスタイルで――に対して怒られることも無く。
いや、助けるためには仕方無かったんだから、それで怒られるなんていうのも本来理不尽だとおもうのだけど、あまりにしおらしいカンナに対しては今ひとつ調子が狂うのだった。
「で、やっぱりあれ、感染系のクエストアイテムだったんだ」
『そうだったみたいだね。うちの方はジークが何の考えも無く触っちゃってねー……』
『悪かったって……』
どんより体育座りのカンナは一先ず放っておくしかなく、ふぅとため息一つ、俺はリモートのトークへと意識をやった。
相手は、レティシアとジークのチーム。向こうも状況は落ち着いたようだったが、どうにも万事問題なしとは行かないようだった。
『死蝶の鱗粉』。例のクエストアイテムによって、レティシア達は違う分岐へと進んでしまったらしい。
「で、どうなの。肌が紫色になって腐ってきたりした?」
『ユキちゃんを噛みにいってあげようかー?』
「いえ、遠慮致しますが……」
一瞬後ろからレティシアに首筋を噛まれるユキちゃんの年齢制限付き系絵面が浮かんだけれど、健全高校生であるところの俺は即ブラウザバックした。
『なんかね。一応脳裏に響く言葉に抗うことができないみたいなフレーバー貰ったけれど、特段見た目にも行動にも変化は無いよ』
「これでクエスト失敗でたたき出されたりってわけでもないんだねぇ……一体どんなクエスト分岐なんだろう」
『わからないね、まだクエスト全体が前に進むにはフラグが足りないみたい』
「……結局この島の謎解きをするしか無いってことか」
体育座りカンナさんを横目に見て、ため息をつく。普段なら頼もしい魔法剣士殿が、まさかこんなことでの戦力外。
かといって、ここに置き去りにするわけにも行かず……さっきみたいにゾンビ達に囲まれたら、カンナが一人で対処するのはほぼ不可能と言って良いだろう。クエストとしてそういう展開も織り込み済みっぽいとは言え、仲間がゾンビにされるのを放っておくのは気分が悪い。あと、そんな展開になったらカンナさん二度と立ち直れなくなっちゃうかもしれないし……。
日は傾こうとしていた。人工の灯りなんて一つとして無い島では、夜ともなれば星明かりぐらいしか頼りに出来ないだろう。
なんとも言えない心細さを、俺はため息と一緒に吐き出した。
大変間を開けてしまいすいませんでしたorz
見捨てずに待っていてくださった方々ありがとうございます。
「ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている」ですが、活動報告で書かせていただいているとおり、書籍化に向けて現在改稿の詰めを行っているところです。
近々具体的な発売予定日や、絵師さんについてもお伝えできるかと思いますので、ご期待いただければ嬉しいです!




