016
既に島の奥へと足を踏み入れている連中もいるはずなのだが、特段クエストに動きは見えない。
地図やインフォメーションウィンドウにも、何らクエストの手がかりは無く、俺達はとりあえず、何組かにわかれて、島を可能な限り広く探索することにした。
「グー、チョキ、パー!」
チームは三つ。相変わらずやけに威勢の良いネージュのかけ声とともに決まったチーム分けの結果は、果たして俺にとって幸いだったと言うべきなのかどうなのか。
「カンナ?」
「……なんですか」
「いや、静かだからちゃんとついてきてるかなって」
「この程度の茂み、なんてことないですよ、ちゃんと前見てないとそっちこそ危ないですよ」
そんな、相変わらず無表情なままに鼻を鳴らす黒髪の少女に、俺はため息をついた。
俺・カンナ、レティシア・ジーク、そして、剣の巫女・レオハン・ネージュ。割と順当に分かれたというべきか。ネージュは知らない2人とチームだけど、あいつだったら大丈夫だろう。心配なのは俺について余計なこと言わなきゃ良いけどっていうぐらい。
……なんだろう、直前の剣の巫女とのやりとりのせいか、いつもよりカンナのことを気にしてしまう。それに、カンナもなんだかいつもより無口な気がして……正直気がそぞろになっていることは否めない。
なんとなくもやもやとした気分だった。別に言い争いというほどのことはしていないはずだったし……なんだろう。
「おごっ」
「いわんこっちゃない」
ぼんやりしてるうちに、名も知らない南国の樹に額をぶつけて、俺は間抜けな声をあげた。
島の中に大分踏み行ったはずだが、まばらな樹と背の高い草の森が続くばかり。とはいえ、それほど複雑な地形なわけでもなし、樹にぶつかるなんて注意散漫以外の何物でも無い。
「どうしたんですか、ユキ。ほんと、なんか落ち着き無い気がしますけど」
はぁ、と明らかに呆れたため息を吐くカンナを、ちょっとむっとして振り返った。
「別にそんなことないし」
「ありますよ」
「カンナだってなんか普段と違わない? 普段はもう少し話すような」
「……別にそんなことないですけど。どうせ私は無口ですし」
人の目を見て話せないのは何か後ろめたいことがある証拠って、小学校とかの頃言われませんでしたでしょうか。カンナさん。――栂坂さんはどんな小学生だったんだろうな。今と、あんまり変わらなかったのかな。
いつまでも視線を逸らさない俺に業を煮やしたのか、カンナは俺の肩を掴んで無理矢理前を向かせる。
「ほら、早く探索進めないとクエスト終わらないですよ」
「……絶対カンナこそ何か誤魔化してるし……」
俺のぶつぶつとした呟きも、黒髪の剣士殿は露骨に聞こえないふりをした。
これは問い詰めても無駄だろなぁと思い。前を向いてまた、ゆっくりと草むらをかき分ける作業を再開する。
どうもこの島には、普通のモンスターは存在しないようだ。俺達のパーティーも、それから他のパーティーからもモンスターに遭遇したという報告は無い。と、なればこの島には何が隠されているのだろう。ありがちなところで古代遺跡のダンジョンとか、海賊のお宝とか。
後者かな、とも思う。幽霊海賊船とのバトルから始まったクエストなのだから、それが話に絡んでこなければ若干期待外れという所だ。
と、ふと俺は足を止めた。
「ふぶっ」
背中にぽふっと、カンナが突っ込んできて、やっぱりそっちだってどこか上の空なんじゃないかと思う。
もっともそれを言ったところで黒髪の剣士殿は否定するだろうし、口には出さないけれど。
「ど、どうしたんですか急に立ち止まって」
「いや、その木立の先に誰かいるなと思って……」
俺の言葉にはっとカンナは息をひそめる。おそらく他の参加者とかなのだろうけど……俺も念のため身を低くして、草むらの影から覗き込んだ。
しかし、そこに居たのは、プレイヤーではなく……先ほどの客船で見かけた船員の1人だった。つまり、NPCだ。
「船員さんですね」
「これは収穫かな?」
「でも、ちょっと様子がおかしいような……」
カンナの言うとおり、船員は樹の一つにもたれかかって、がくがくと震えていた。
明らかに何かがあった……あるいは、何かがある気配なのだが、だからといって、いや、RPGならだからこそというべきか、放っておくという選択肢は無い。
「あの、大丈夫ですか?」
こういう時ばかりはやけに思い切りの良いカンナさんは、俺に先んじて、そのNPCへと話しかけた。
「あ、ああ……」
「……?」
安堵した顔をする船員さん。だが、その眉間に一瞬苦悩というか絶望というか、そういう類いの負の感情が皺を刻んだのを、俺は見逃さなかった。
近寄って助け起こそうとするカンナの目の前で、ぐりん、と船員さんが白目を剥く。
「え……」
「カンナ! トラップだよ!」
呆然とするカンナを突き飛ばして、俺はストレージから大剣を引き抜いた。
「あ、ああ……あああああああああ!!」
昔ながらのRPGでも良くある話だ。普通の人だと思って話しかけたら人の皮を被ったモンスターだった……だが、仮想現実世界でやられると、なんというかその凄絶さは割と言語に絶する。
どろどろと皮膚が崩れ落ちて、見る間に人の姿は喪われる。姿を現したのは、俺達が船の上で戦ったのと同じ類いの、骸骨戦士だった。