015
「そう警戒しないでくれ。雑談したいだけだよ」
思考回路が切り替わったのが、顔に出てしまっていたらしい。
「すみません。でも、少しばかりは警戒もしますよ」
相手はクロバールの大手レギオンの幹部、さらにいうならあの戦いの当事者だったというのだから、身構えるなというのは無理な話だ。
あと、ユキちゃん女の子なんで、いきなり胡散臭い海パン一丁のヒゲおっさんが隣に座ってきたら警戒しますし。なんなら通報しますし。
俺の引き気味な反応に、レオハン氏は苦笑を浮かべた。
「今日は純粋にイベントを楽しみに来ただけだよ。国だのブリュンヒルデだのは関係ない」
「ガランサス……さんに誘われたって言ってましたね」
「誘われたというか、無理やり引っ張ってこられたというかだな。彼女はどうにも私が先の敗戦を気に病んでると思い込んでいるらしく……いや、全く気にしていないと言えば嘘だがね。正直なところ痛恨のミスがあったわけでもなく、お恥ずかしい話だが、どこをどうしていれば勝てたのか全くわからなくて、むしろ開き直っている」
そんなことを言われて、見上げた。若干高いところにあるレオハンの顔は飄々とした表情を湛えている。持ち上げられてそれは悪い気持ちはしないものだけど、それで素直に喜ぶほどお人よしではいられなかった。
「答えを知りたいって感じですか?」
俺の問いかけにヒゲ貴族殿は、どこか偽悪的ににやりと笑った。
「折角自分を打ち負かした相手と話せるんだ、手品のタネを知りたいと思うのは当然じゃないか。もちろんそれで、アグノシアの戦術の秘密を聞き出したぞ、なんて騒ぎまわる気は毛頭ないから安心してくれたまえ」
「そうは言っても、騒ぎ立てる人はいるものじゃないですか」
「まぁ、それは否定できないな。口さがない人間というのはどこにでもいるものだ」
個人的には、このちょっと胡散臭い見た目の敵国幹部に、悪い印象は持ちえない気はした。
ただ、ゲームの中でも敵国の人と仲が良いというだけであらぬ噂を立てる人も居る。事実無根のことでさえ、さも本当であるかのように触れ回る人も居る。
そこまで考えて、俺は頭を振った。
――ブラッドフォードにあんなことを言われたせいで、無駄に神経質になってるな……。
「……そんな人たちに憚って、楽しい話が出来ないというのもつまらないですよね」
別に気にするほどのことでもない。
作戦に、『必勝の手』なんていうのは存在しない。定石を知っているからといって将棋に勝てるわけではないのと同じで、その場その場での状況にあわせた最良手をとれるかどうかとはまた別の話だ。過去の戦いの正解にどれほどの価値があるというのか。
「……結局、中央丘陵を守れれば勝てる。そう誰しもが思っていたのが出発点なんだと思います」
「……というと?」
ぼそぼそとしゃべりだした俺に、レオハンは意外そうに眉を動かした。だが、話をさえぎる気は無いらしい。俺はふっと笑って、言葉をつないだ。
「確かに中央丘陵は要地ではありましたけど、突き詰めて考えれば、あそこを守ることは戦争の勝利に近づくための手段でしかないです。本当は別に積極的に攻め込んで相手を殲滅しても良いし、普通のマップで戦うように、平たく戦線を敷いても良かった。でも、あまりにジルデールが難攻不落になったために、丘陵を守ることしか、誰しも考えられなくなっていた。相手は丘陵を落とすために策を仕掛けてくると思い込んでいた。それは本当のところは、自分で選択の幅を狭め、相手に主導権を渡すことに他ならなかったんです」
なんとなく、偉そうなことを言っているなという若干の後ろめたさがあって、砂地に指を走らせた。しかし、こういうことを話し始めると、普段はろくずっぽ円滑なコミュニケーションも取れないくせに、やけに口が滑らかになるのは、悪い癖というかオタク気質というか。
「だが、最終的にははやりあそこを守っていることが正解には一番近いのではないのかね?」
レオハンの問いかけに、こくりとうなづく。
「それはもちろん。ですが、それは他に選択肢もあるんだぞと、相手に警戒させてこそ。例えば、あの戦いが始まった時、1割程度の戦力でもクロバールが丘を降りて仕掛けてきていたら、こっちの戦術の幅は大幅に狭められたはずです。下手に中央丘陵を放棄はできないし、敵を防げるだけの戦力を中央に残しておかなければならないとなったら、戦いの行方も変わったかもしれません」
「ふむ……」
「今回はちょっと事情があってジルデールを攻めましたが、ジルデール死守に相手がこだわるなら、極論を言えば、その周囲のマップを落としてしまえば良いんです。そうすればジルデールは価値を失うわけですし……結局、戦術にせよ、戦略にせよ、主導権を握り続けることが……」
ふと、自分の語りの長さを振り返ってしまい、言葉が途切れる。
レオハンは、随分とびっくりしたよう顔をしていた。
「……なんかすみません」
「いや、驚いた。ユキさんは、そういうことを専門で勉強でもしているのかい?」
「独学・・・・・・というか特に勉強とかもしたつもりもなくて、こういうの考えるの好きで、戦争に勝ちたくて、色々調べたりしてただけで」
「なるほど……勝てないわけだな」
「そんな……」
照れくさく、慌ててぱたぱたと手を振っていると、砂を踏みしめる音が後ろでした。
「折角の無人島イベントだっていうのに、何小難しい話してるの。お仕事のこと忘れないと、気分転換にならないよ?」
空に溶け込むような、蒼穹の色をした髪が視界の隅に揺れる。見上げたそこに居たのは、剣の巫女とそれからカンナ。二人で何か話していたんだろうか。
すらりとした肢体にビキニスタイルの水着。この世界で敢えて可愛くもないアバターを選ぶ人なんていないのかもしれないが、剣の巫女も間違いなく美少女ではあった。
もっとも、最初にあんな派手にやり合った関係上、単純に見とれるという気持ちにもなれなかった。まぁそれを言ったらカンナともどれだけバトったことか知れませんけど。
「ユキは何、ガランサスのことばかり見てるんですか」
うん、でもね、絡んでくるのは大抵カンナさんの方な気がするの。
「なんだよぅ、話しかけられたら見るでしょ。カンナの方見ればいいの?」
「そんなことは言ってませんけど……」
「カンナは、そんな大剣使いのことなんて放っておけばいいんだよ」
カンナがちょっとよろめいたのは、ガランサスがその手を握って引き寄せたからだ。
……付き合いの長さでいったらあちらの方が長いのは間違いないし、それに女の子同士で、そんなことも特に躊躇ないのかもしれないけれど。
なんとなく……いや、『そんな大剣使い』呼ばわりされたんだからむっとする権利は俺にもある。
「カンナは今日は私たちとクエストに来たんですけど」
「たまたまね」
「結構、一緒に遊んでますけどね」
「でもセクハラネカマには辟易してるんじゃないかな」
え、そうなのかな……と、ちょっと先ほどの自分の所業を思い出して不安になってしまう。
カンナの方をそっと窺って……思いっきり目があってしまって、慌てて視線を逸らした。
一応……そんな嫌そうな顔はしていなかったような。珍しく困った顔をした、黒髪の同級生。
「モテるネカマは辛いな?」
そんな突拍子もないことをレオハン氏に言われて、俺はなんとも言えない表情になった。
なんだろう、モテるネカマって……モテててるならこうさっきの砂浜でもそのまま……。
ぶんぶん、と頭を振った。露骨な煩悩を振り払って立ち上がる。
「と、とにかくそろそろクエスト進めないといけないんじゃないかな!」
「あー……もう兄様はへたれなんだから……」
「何が!」
いつの間にやら戻ってきていたネージュを全てのうっ憤を込めて、睨みつけておいた。




