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014

 今回は本当に気絶したわけではなかった。

 ただ、イベントの場面遷移の演出とは言え、五感を遮断されると、気絶とはいかないまでも眠ってしまったのではという気になってくる。

 瞼の裏に瞬く星。落ち着かなくその軌跡を追っている時間は、随分長く感じられた。

 実際にはほんの数分にも満たないはずの時間の後、ゆっくりと体の感覚が戻ってくる。


 耳に届くのは、押しては返す穏やかな波の音。潮の匂い。

 目を開けば、相も変わらず真っ青な眩しい空。背中に触れるのはさらさらとした砂の感触だ。


「どこかに流れ着いたってところかな――っ!?」


 独りごちて左右を見回そうとして、俺は息を詰まらせた。

 

 伏せられた長い睫毛、小ぶりだけどよく筋の通った鼻……少し苦しげに半開きにされた、艶やかな唇。

 すぐ側に……それこそ身じろぎしたら触れてしまいそうな距離に、女の子の顔があった。


――カ、カンナ……!?


 一緒に海面に落ちたのだ、一緒に流れ着くのは当然といえば当然なのかも知れないけれど。

 最後まで握っていた手はそのまま。隣り合って流れ着いただろうカンナの華奢な体は、俺の腕にぴったりと寄り添って……布地の多い水着とは言え、そこここで直に触れる肌が今さらに感じられて、心臓がとんでもない勢いで早鐘を打ち始めた。


 いつも怒ってばっかりいるような黒髪の同級生の、穏やかな寝顔にも似た顔は、びっくりするほど綺麗で。


――触ってみたい。


 その柔らかそうな頬とか、唇とか。

 

 そんな不埒な衝動に囚われて身じろぎした逆側の肩に、しかしむぎゅっと恐ろしく柔らかい感触が押しつけられて、俺は硬直した。


「何してるのかなぁ? ユキ?」

「レ、レティシア……?」


 耳元に息を吹きかけるように囁かれた声。問題ある行動を見咎めたのは、見られたならこうなんだか一番問題のありそうな人で。いや、それ以上にレティシアは一体どんな体勢で俺に囁きかけていて、俺の肩口に押しつけられているのは一体どの部位なのか……!?


「ん……んぅ……?」


 そして、俺が固まっているうちに、目の前で睫毛が震え、閉じられていた目がゆっくりと開かれた。

 ハシバミ色の瞳がぱちくりと瞬き、一瞬の間の後、その頬が真っ赤に染まり、眦がきりきりとつり上がる。


「お、おお、おはようカンナ」

「おはよー、カンナ」


 俺の動揺たっぷりの挨拶と、俺の肩口越しの太平楽なレティシアの挨拶では、当然カンナの突沸した怒りを収めることは叶うはずも無く。


「――――っ!!!!」

「うぐふぅうううう!!」


 真夏の空の下に、とても女の子アバターの口から漏れたとは思えない断末魔が響きわたったとかなんとか。



◇  ◆  ◇


「はぁ、青春ですねぇ、ユキちゃん」

「あー、ほんとうらやましいうらやましい」


 砂浜にぐったりと横たわった俺を見下ろして、そんな無慈悲な言葉を投げ下ろすネージュとジーク。


「私の方向いてくれたら、色々考えなくもなかったんだけどなぁ?」

「何言ってるんですか! 何されたかわかったものじゃないですよこのヘンタイに!」

「良いじゃない、女の子同士なんだし」

「女の子じゃないですよ! こんなのネカマです。ク、ズ、ネ、カ、マ!!」

「あー、やっぱりネカマなんだ大剣使い」

「こらこら、リアルの性別のことは言及しないのがマナーではないかね?」

「どうせネカマです……でも可愛いよね?」

「黙ってください」

「はい……生きていてすみません」


 そこに居たのは、同じパーティーの面々に、剣の巫女(ソードダンサー)、ガランサス。それに、意外だったのは、先のジルデールで敵方の指揮をとっていたという、ブリュンヒルデのレオハンが一緒の地点に流れ着いていたことだった。

 ガランサスとパーティーを組んでいたのだという。先ほどのレイドボス戦では一人猪突する剣の巫女(ソードダンサー)においていかれ参戦を逃したが。ジルデールの敗戦の景気付けと、ガランサスに誘われたということだった。


「まぁ……なんというか、お見苦しいところをお見せしました……」


 余裕でシステムインフォメーションに浮かんだPKアラートをキャンセルし、2割ほど削れたHPゲージをみやってため息をつく。流石に武器は使われなかったものの、半殺しにされるとはこのことか。

 まぁ今回ばかりは言い訳のしようもなく俺が悪いので致し方ない。間近のカンナの寝顔と、素肌の感触と、それからレティシアの……。その、この体に劣情に反応する箇所がなくて本当に良かったと思います。


 状況を確認する。

 流れ着いた先はイベント専用マップのようだった。ワールドマップを開いても現在地を指し示すアイコンは表示されること無く、各種情報ウィンドウにも現在地は、ただ『無人島』とのみ書き記されていた。


 島に流れ着いたのは俺達だけではないようで、遠く見渡せる浜にも転々と、パーティー単位で纏まった人の姿が見える。おそらくは、イベント参加者全員この島に辿り着いたのだろう。


「幽霊海賊船との戦闘から無人島漂着なんて、ありがちなシナリオだねー」

 

 レティシアの辛辣な評価に苦笑いしながら、あたりを見渡し、それからアイテムストレージを確認した。


「ありがちな流れなら、ここに隠された海賊のお宝を手に入れに――なんてところだけど、特に宝の地図もないしね」


 特段見える範囲に変わったことはなく、イベントのフラグなども立っていない。何かの謎を解かなければ、この無人島から脱出することは叶わないということらしかった。


「探検が必要みたいだけど?」

「……ちょっとばっかり休んでからにしません? 私さっきの戦闘でちょっと疲れちゃった」

「賛成だな。ちょっとぼーっとしたい」


 ジークの声に頷く。集中を要する戦闘は、やはり頭の体力を消費する。波の打ち寄せる音が静かに響く青空の下は、ぼーっとして疲れを癒やすにはもってこいの場所に思えた。


「ちょっと泳いできちゃおーっと!」


 休もうと言い出したネージュが、海に向かっていくのを呆れの眼差しえ見送りながら、俺は体を起こした。

 はぁとため息をつく。


「……先日のジルデールは、見事だった。あなたが指揮官だったのだろう?」


 そんな俺の隣に、腰を下ろしてきたのは、鼻の下に蓄えられた口ひげがちょっとばかり胡散臭い貴族感を漂わせた、レオハンだった。

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