013
「狼の牙!!」
叫んだ俺が、先陣を切る。
清冽の剣とともに一条の彗星となって、突進する。
続いたのは、ジークとカンナ。
青白く燃え立つ髑髏の眼窩が忙しなく動き回り、カトラスを携えた6本の腕が鈍い風切り音を立てながら宙を切り裂く。
「くぅっ!」
渾身の一撃は、やはり中空で迎撃を受けて、弾ける衝撃に俺は顔を顰めた。片手斧を振り上げたジークも、不滅の刃の寒々とした輝きも、アルキペリオンの本体まで届かない。
だが、それぞれの迎撃はやはり腕2本ずつ。6本の腕は俺達3人の攻撃を受け止めることに費やされた。
最後の一人の影が、視界を掠める。
傾いだメインマストの、ほとんど垂直に近いような傾斜を難なく駆け上がり、檣楼を蹴って巨大な骸骨のさらに頭上に躍り出た剣の巫女。青い髪が翻り、2本の剣が陽光を反射してきらめいた。
「やああああぁぁっ!!」
ガランサスの体がコマのように回転する。スキルなのか単なる連撃なのか判然としない。ただ、アルキペリオンの巨体と交差しざま、両の手の延長のように縦横無尽に奔る2本の剣が、数え切れないほどの斬撃を骸骨の体の上に刻んでいく。
クリーンヒットだ。
本当、ジルデールではやられかけた身ながら、その剣技は見事と言うほか無い。
受け身を取って着地しながら、にっと笑い、俺は声を上げた。
「レティシア、ネージュ、やっちゃえ!」
「言われなくても! 炎の嵐!!」
「炎の矢」
「―――ッ!!」
魔法と矢。二つの炎の雨に打たれて、レイドボスが苦悶にのたうち回る。
「行けるね!」
ネージュの声に頷き、それからそれぞれの立ち位置でアルキペリオンを囲む仲間達と、視線を交わし合う。
「よっしゃあああ、俺達も行くぜっ!!」
一方で、俺達が攻勢によってアルキペリオンを押さえ込んでいる間に、客船側から戦いの行方を見守っていた他のプレイヤー達も、幽霊船の側に渡ることに成功しつつあった。
「下手に大勢で囲むと逆に危なそうだけど……」
パーティーチャットでそっと囁かれたレティシアの言葉は、果たしてすぐに現実になった。
「うおおおおっ!」
「それじゃ駄目だ! みんな、一旦今っ!!」
集団を組んで一斉に突っ込むパーティーの存在を見て取って、俺は咄嗟に叫んだ。クールタイムのギリギリ終了した狼の牙をもう一度撃ち出す。
ジーク達も続くが、アルキペリオンの攻撃は俺の反射より速かった。
「ぐあぁっ!?」
突っ込んだ奴らが振り出したのは、相手の出方を試す程度の強度の低いスキル。俺の懸念した通り、巨大な2本のカトラスは、それらに容易く衝突で打ち勝って、挟み込むようにパーティーを根こそぎ切り飛ばした。中にはHPを全て喪って、その場に倒れ伏す奴もいる。
他の奴らへの攻撃に向いた分、カンナと剣の巫女がHPゲージを削り取ることに成功しはした。だが、自由を残した手が1組ある状態で一斉攻撃を受けたことで、怒りに身をくねらせるアルキペリオンのカトラスが赤い輝きを発した。
「うわっ!?」
竜巻のように回転するカトラスが甲板の上を薙ぎ払う。俺は咄嗟に仰け反って回避に成功したが、少なからぬ連中が胴を薙ぎ払われて深刻なダメージを食らう。
「……違う攻撃パターンだな」
「近接ダメージを与える時は、全部の腕を行動拘束してからじゃないとこうなるのか……きついなぁ」
「どうするの、大剣使い? 4人だけでタイミングそろえた方が効率的だと思うけど」
ガランサスの1対1のチャットに、だけど俺は。
「そうは言っても、私たちだけで、なんていえないよ。せっかくのイベントなんだからさ」
笑って、そう返した。
中にはイベントクエストの報酬だけ貰えれば良い、という人もいるのかもしれない。負けてイベント再トライになるぐらいなら、手出ししないで結果を待つという人もいるのかもしれない。
だけど、強いボスと戦ってみたい、イベントの全てを楽しみたい。そう思う人を拒む権利なんて、誰にも無いと思うのだ。
「……そう」
剣の巫女が納得したのかはわからない。ただ、否定では無い返事に、俺は立ち上がると、声を張り上げた。
「近接攻撃を仕掛ける時は最大強度のスキルじゃないと押し負けてやられるよ! あと出来れば、攻撃をしかけるタイミングは同時が望ましい。私がタイミング計るから、良かったら合わせて貰えると助かります!」
「わかりました! あんなの何度も食らったらたまったもんじゃないもんね」
「ジルデールを攻略した腕前を信じるぜ! 大剣使い」
ぱらぱらと上がるそんな声に、ちょっと気恥ずかしく頬を掻いた。え、なになに、あの人有名人なの? なんて声も聞こえるけど……まぁ、何を偉そうにとか、そんな声を浴びなかっただけマシという所か。ユキちゃん気弱なので、そんなこと言われたら心が折れてしまいます。
「……良いよね、みんな」
「もちろん。この場でのリーダーはユキ、だからね」
パーティーチャットでのおずおずとした問いかけに、レティシアはさも当然とでもいうようにそう返してきて、もう一度頬を掻く。
「頑張ろう!」
愛剣を肩に担ぎ、そう呼びかける。突き下ろされるカトラスに、砕かれた甲板の破片を飛んでかわしながら、弧を描くようにアルキペリオンの回りを廻る。
「今っ!」
俺の声に、4人でやった時ほど完璧なタイミングでは無いけれども。一斉に鬨の声が上がり、環を締め上げるように何人ものプレイヤーが一斉に巨大なレイドボスへと躍りかかった。
……タイミングのずれによる危機になんどか見舞われながらも、即席のレイドパーティー? は、アルキペリオンのHPを削っていき、おそらくは最後の一撃を残すところのみになった。
断末魔とでもいうが如く、凄まじい勢いで振り回されるカトラスをかわして、俺は最後の合図を放つ。
「いっけえええっ!!」
弾けるスキルエフェクトと、魔法。俺の強撃もカトラスのガードをかいくぐり、そのあばら骨の辺りを切り裂くことに成功した。
レイドボスの長いHPゲージの、残された赤い部分も急速に縮み、真っ黒になって四散する。
弓なりに仰け反り、金切り声を上げてその巨体は爆散するものと思った……しかし、その予想は裏切られた。
振り下ろされたカトラスが、甲板を切り裂く。
「なんだよ、最後っ屁かぁ!? もう死んでるじゃねぇかよ!!」
盾を翳して憤慨するジークの声を、轟音が遮った。
アルキペリオンの攻撃に耐えかねたとでもいうように、幽霊船が軋みをあげる。耳障りな破砕音は、アルキペリオンが出現した穴から、裂け目が拡大していく音だった。
レイドボス出現前の勘違いでは無い。今度こそ本当に幽霊船は真っ二つに裂けようとしていた。
「やばい、今度こそ、本当に戻らないと」
かけだそうとした瞬間、大きく傾いだ甲板が俺達の足を掬う。
急速に傾く船。急傾斜になった地面の上では立つことも能わず、プレイヤー達は1人、また1人と甲板を滑り落ち、そして遠い海面へと飲まれていく。
「レティシア!」
膂力に劣る銀髪の少女が足を滑らせたのを、俺はぎりぎりでその手を取る。
「ユキ、掴まってください!」
船縁に手をかけて、もう片方の手を伸ばしてくれたのはカンナだった。重力に逆らいながら、腕をなんとか差しのばして、カンナの手を掴む。
だが、無情にも最後の巨大な衝撃が俺達を襲う。
それは傾いだアルキペリオンの死体が横倒しに、客船へと突っ込むさまだった。
再度の轟音と、そして船縁から船腹までを抉られて、幽霊船の後を追うように傾ぐ、戻る先だったはずの船。
「うっ……くっ……!」
そしてカンナも限界を迎え、俺達は海面への自由落下を開始した。
……これは、そういうイベント進行なのだ。間違いなくそうなのだろうけれど。
「このために水着に着替えさせられたのかなぁ」
「ネージュはほんとこういう時無駄に冷静だね!?」
パーティーチャットでそんな暢気なことを言う愚妹に文句を叩きつけて。
水面に叩きつけられる瞬間、俺の感覚は闇に飲まれた。




