012
0時台はまだ昨日なので毎日更新セーフです(何
見上げた敵は、異形という言葉そのもののような外観だ。
巨大な体の半分は海賊船に埋もれ、骨盤から上が甲板から生えるように突き出している。どう考えても足は船底を突き破っているように思えるが、元々上半身しか存在しないモンスターなのかもしれない。
腕は6本。それぞれの手に馬鹿でかいカトラスを握りしめ、血祭りにあげる獲物を狙っている。
名前は――ロサディアール海の悪夢アルキペリオン。
「レイドバトルかぁ……あんまり得意じゃ無いんだよなぁ」
「流石ソロプレイヤーですね」
そんないちいち棘のあるカンナの台詞にむっとして振り返った。
「そういうカンナは得意なんですかー」
「私はレギオンイベントに良く参加していたので」
「レギオンイベント頼りなあたりがねー」
「何か文句有りますか?」
「というか、カンナあのボス大丈夫なの?」
「あそこまでいくともう単なるモンスター枠なんで平気です……と、というか別に怖がってませんし!」
今一つ戦いに集中しない会話に苛立ったわけでもあるまいが、アルキペリオンが上腕2本を高く振り上げ、俺たちも流石に神経に緊張を走らせた。
だが狙われたのは俺たちではなかった。
「―――ッ!!」
耳障りな叫びともなんともつかない騒音とともに、巨大な剣が客船と幽霊船をつなぐ板の橋の上を薙ぎ払う。
「ぐあぁああっ!」
幽霊船側に渡ってこようとしていた奴らが回避もままならずに、中空に掬い上げられるように吹き飛ばされた。流石に一撃死ということは無さそうだったが、まとめて甲板に叩きつけられた連中が起き上がることもままならない様子に、息を呑む。
「ユキ、来ますよ!」
そして、二撃目のターゲットは今度こそ俺たち。
「くっ!」
全力で後ろにとんだ鼻先を鉄さびた嫌な臭いがかすめる。直撃は免れたものの、剣撃の起こす風圧に姿勢を崩されて、俺は片手をついた。
ぎしぎしと軋みをあげながら剣を振り回す化け物骸骨の向こうで、剣の巫女も飛びのいて距離を取り、戦い方を模索しているようだった。
「苦手だのなんだのも言ってられないね」
「そうだよ兄様。まだイベント始まったばっかりなんだから、こんなところでゲームオーバーじゃつまらないでしょ!」
そんなネージュの言葉に、俺はうなづいた。
「攻撃は基本広範囲スタイルっぽいから、巻き込まれないように前衛は分散しよう。レティシアと、ネージュは十分遠くから仕掛けて。相手が他に攻撃手段もってないか注意しながらね」
「了解!」
「私は……ちょっとガランサスと話してみます」
「……お願い」
元所属レギオンの友達。
こんなクエストの場でばったり出くわして、気まずい部分もあるだろう。でもちゃんと話してみるというカンナに、ちょっと眩しいような気持ちを覚えながら、俺は甲板の上を走り出した。
「ジークは客船側! 私は逆から仕掛けるよ!」
「おう、ふっとばされて海に落ちんなよな!」
「そっちこそ!」
戦争では連携しなれたジークと言葉を交わしながら、巨大な敵の姿をうかがう。
腕は阿修羅像の如く6本だが頭は一つしかない。外観から判断する限り……。
「こっちだ化け物!」
言葉を解するとも思えないが、そう叫んで、俺は跳躍する。頭上に構えた大剣をスキルエフェクトに煌めかせた。
頭蓋骨が軋みを上げてぐるりと廻り、眼下の奥の青白い炎が俺を見据える。
「強撃!!」
交差されたカトラスが清冽の剣とぶつかって火花を散らした。
俺の攻撃は完全に防がれる。だが、反動の衝撃を空中で殺しながら、俺は声を張り上げた。
「ジーク!」
「行くぜぇぇえっ!! スラムチャージ!」
ちょうど真後ろ、反対側からジークが盾に全ての勢いを載せての突進を見舞う。
敵の注意は完全に俺の上にある。その攻撃に敵が気付く術は無く、クリーンヒットとなる未来を俺は確信した。
だが――
ガギィッ
「ちぃっ!?」
甲板に2本のカトラスが突き立ち、ジークの行く手を遮る壁となる。盾は赤さびた剣に弾かれ鈍い金属音を上げ、1ミリたりと敵のHPゲージを削ることは叶わない。
「マルチターゲット型か……厄介な……!?」
歯がみした俺は、次の瞬間視界の両脇に迫る影に、全身を硬直させた。
「ユキ! ガードしろ!!」
ジークの叫びの意味を頭が処理するより速く、反射で体を丸める。未だ俺の体は中空にあって回避は絶望的だ、ただダメージを可能な限り小さくする手段しかとることが出来ない。
「くぅっ」
次の瞬間、体の両脇から衝撃と痺れるような不快な感触が体の中に差し込まれて、うめき声が漏れた。
背中から甲板に突っ込み、肺の空気が押し出される。
「ユキ!?」
「だ、大丈夫っ!」
見上げた視界でアルキペリオンが魔法と矢の乱打を浴びて仰け反る。
俺への注意は逸らされたが、骨の怪物は目を怒りに一層青白く輝かせ、獲物にとびかかる蛇のように上半身をしならせた。
「―――シアァッ!!」
「きゃっ!!」
「レティシアさん!」
ダメージに痺れる全身を無理矢理引き起こす。鞭のようにしなったアルキペリオンのカトラスは遠く差しのばされ、舳先近くの甲板をえぐり取っていた。そこには俺と同じように吹き飛ばされて横たわる銀髪の少女の姿。そのHPゲージは6割近くも削られている。
「最大攻撃範囲がちょうどこの船を覆ってるみたい……一方的に遠距離で削り取るっていうのも、無理かな……」
「戦争より難しいぜこりゃ」
俺の攻撃を受け止めるのに腕2本、ジークへの対処も2本。そして俺への報復が2本。
愛剣を支えに麻痺が去るのを待ちながら、俺は、6本の腕を蠢かせて辺りを睥睨する化け物を睨み付けた。
偶然なのかもしれない、だが、これまでの敵の行動は腕2本セット、相手の腕は6本。つまり最大同時行動数が3なのだとしたら。
俺、ジーク、カンナ。
防御力が低いレティシアやネージュ、後衛にターゲットが向くのが避けなければならない。行動数を封じきって、なおかつ相手の行動阻害効果のある近接攻撃を入れるには、前衛職が4人は必要と言うことになる。あと1人。
視線を巡らせた。その先には、カンナと、そしてその横に立つ、青髪の二刀流使いの姿。
「剣の巫女!」
「……わかってる。私も折角のクエストこんなところで終わりにしたくは無いしね。この剣、一時あなたに預けるよ」
こくり、とその横で小さく頷くカンナに、俺は口元を緩めた。
「ありがとう! みんな、攻撃をかわしながら、聞いて!」
「おうおう難しいこと言うこって」
「できるでしょ。歴戦の重騎士様がさ」
ジークの茶々に、俺も軽く応じて、それから表情を引き締めた。
「たぶんこいつは、マルチターゲット型の行動パターン。ここまで腕2本ずつ必ずセットで行動してるから、同時行動数は3なんだと思う。だから4人同時に仕掛けよう。そうすれば一撃は必ず届いて、相手の行動を潰せるはず。タイミングは私が指示するから!」
「了解」
「おう!」
「わかりました」
「ネージュ、レティシア、私たちが攻撃を入れきったタイミングで遠距離攻撃!」
「はーい!」
「任せて」
いつもの仲間と、プラス、強さにはたぶん申し分の無い助っ人1人。頷きあい、俺は大剣を引き抜き、掲げた。
「それじゃ、行こう!」
甲板を蹴り、間合いを計りながら走り出す。
「……レイドバトルはあまり得意じゃ無いんじゃ、なかったんですか」
そんな1対1のチャットに、俺は心の中で頬を掻いた。
「まぁ……」
四方に散った、黒髪の剣士殿の表情は伺いしるべくもない。ただ、上手い返しを思いつけない俺に、少しおかしそうな声で、カンナは言った。
「きっとユキは、そういう風に出来てるんですよ」
「そいつは、どうも」
鼻を鳴らして、俺は大剣を肩の上に担ぎ上げた。
「行くよ! 今っ!!」