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011

「いっそのことあっちにまで斬り込んじまうってのはどうだ?」

「いいねそれ」


 盛り上がる男子(中身)2人に、女子3人は顔を見合わせてはぁとため息をつく。


「数の不利を補うために隘路で戦うとかそういう話じゃないのかな?」

「いやいや、そこで敢えて攻め込んでこそ相手の意表を突けるというか」

「意表を突かれるような頭もなさそうだけどね……」

「とにかく突っ込みたいだけじゃないですか」

「カンナだってそういうの割と好きでしょ?」

「べつに私はそういう無謀なのは……」


 俺の言葉に、カンナは、しかし、なんだか後ろめたげに目を逸らす。

 その反応についつい口元が緩んでしまった。

 

「あー、幽霊船に乗り込むのなんて怖くて駄目かな」

「……怖くないです」

「船長の幽霊とか、もっとおどろおどろしいのいっぱいいるかもしれないよ?」

「怖くないです」

「カンナだけこっちに残ってて貰っても全然構わないんだけど」

「怖く無いって言ってるじゃないですか! 良いですよ行きましょうよ、さぁ早く!」


 顔を紅潮させてまくし立てる黒髪の少女に、俺は満足して深々と頷く。


「よし、それじゃ行くとしようか!」

「……兄様、後がとても怖いと思うんだけど、やっぱり馬鹿なのかな」

「馬鹿なんじゃないかなー、前々からそうじゃないかとは思ってたんだけどねー」


 俺は今を生きる人なのだ。明日は明日の風が吹く。そうやって何度も暴風雨になぎ倒された経験については忘却の彼方においやることにした。


 作戦は簡単だ。ジークに敵を引きつけて貰っている間に、他の3人の援護を受けて、俺が橋のたもとの位置を確保。大剣の突進スキルで一気に海賊船に突っ込みながら、道を開く。


「お願い、ジーク!」

「おう! お前らの相手はこっちだ! 戒めの軛バインディング・ヨーク!!」


 地鳴りを奔らせるジークの横を掠めて、俺達は駆け出した。

 ジークの張った網に収まらず追いすがってくる敵を、ネージュが続けざまに矢を射かけて撃ち倒す。

 敵の次の壁を破るために詠唱を始めるレティシアを守るのは、俺とカンナの役目だ。


「闇には光を。光は灯より。灯は火。光は火より生まれ来る……」

「やぁっ!!」


 不滅の刃(デュランダーナ)が雷光のようにひらめき、魔力に引かれて襲い掛かってきたカトラスを過たず弾き返す。

 怖がっている割に動きはいつも通りのカンナに安心したような、ちょっとつまらないような気持ちを覚えながら、俺は大剣を下段に薙ぎ払って骸骨のむこうずねを砕く。


 エフェクトに輝く古木の杖を、レティシアは高々と掲げた。


「楽園の東を守る煌めく剣! 浄火イグニス・エンピュリウス!!」


 圧縮された詠唱で撃ち出される火と聖の多重属性魔法。アンデッド系の二大弱点属性を同時に叩きつけられて、燃え滓さえも残さず大量の骸骨兵が消滅していく。

 ぽっかりと開いた空洞のような空間が、俺の目指すべきポイントだ。甲板を一際強く蹴って、そこに躍り込む。

 

 目標は、今もなお新しい骸骨海賊どもを吐き出し続ける、幽霊船から差し渡された板の細い橋。当然手すりや柵なんてものは備わっておらず、ターゲッティングをミスれば、踏み外して海に転落なんてことにもなりかねない。


 フォーカスを絞る。息を深々と吸いながら体を倒す。身を低くしてうなり声を上げ、今まさに獲物に飛びかかろうとする猟犬のように。

 周囲から骸骨が一斉になだれかかってこようとしたその瞬間に、俺はスキルをコールした。


狼の牙(ウォルフスファング)!!」


 清冽の剣(オートクレール)が青白い尾を引いて、骸骨の群れをかき分けて突進する。

 突きだした切っ先に触れた敵を跳ね上げ、一層加速する体は半ば浮かぶように船縁を乗り越え、橋を渡り切る。


「とうっ!」


 幽霊船の船縁を乗り越えた段差から、両足で制動をかけるように着地した。数メートルの距離を、ぼろぼろになった甲板を靴で削りながら停止する。なんとか成功といったところか。

 顔を上げた。

 まるで数十年の時を移動してしまったように、朽ち果てた甲板の風景。あちらこちらに穴の開いた甲板に、無秩序に転がった樽や木箱。その間をうろうろと目的もなく骸骨が徘徊している。


――こりゃ本格的にお化け屋敷だな……カンナ大丈夫かな。


 そんなことを考えながら剣を構えなおす傍ら、客船の方は事態の進展に気付いた連中がざわめきを上げていた。


「誰か海賊船に乗り込んでったみたい!」

「大剣使いじゃない? あのスキル」

「やるぅ! 俺たちも行こうぜ!」


 そんな風に言われるのは悪い気はしないものです。

 それに、俺たちだけでは流石に海賊船の制圧はおぼつかない。あとが続いてくれるのはありがたい。

 そう思った瞬間、俺が渡ったのとは異なる板の橋の上で爆発かと見まがうほど派手に、打ち砕かれた骸骨が宙高く舞い上がった。


 わっとさらに高まるざわめきに押されるように、粉塵の向こうから小柄な影が飛び出す。

 俺より優雅に、氷の上を滑るように弧を描いて甲板の上に降り立ったのは、長い蒼穹の髪をした女の子。

 そのどちらの手の先にも剣の鋭い輝きが宿る。


「うげ」


 いつぞやのカンナじゃないが、俺はそんな言葉を喉元で飲みこむのに失敗した。


「どうもこんにちは。大剣使い。ここで会ったが百年目」


 そんなさらりと物騒な台詞と一緒に、片方の剣の切っ先を突きつけられて俺は目を白黒させた。

 説明するまでもない、ジルデールで剣を交え引き分けのまま相手……ただし、あのまま1対1の戦いが続いていたなら、間違いなく、負けていたのは俺だったろう。


 剣の巫女(ソードダンサー)、バーサーカー。ガランサス。


「うおおお、剣の巫女(ソードダンサー)! 戦ってるところ初めて見た!」 

「豪華なメンツだなー、今回のイベント」

剣の巫女(ソードダンサー)って、大剣使いとジルデールでなんか決闘したっていう話じゃん。もしかしてここでリターンマッチ!?」


――いやいや、しないしない。


 心の中でぱたぱたと手を振る。夏空眩しいイベントのせいか、みなさんノリが軽いのがなんともはやだ。

 ……もっとも、あちら様はやる気なのかもしれないけれど。


 幽霊船の上でPKバトルを派手に繰り広げる未来図に若干げんなりした俺に、後ろから声がかけられる。


「あらあら、ユキはどこでもモテモテだねー」

「……なんかレティシア最近そういうことしか言わなく無い? 何かあった?」

「別にー。剣で愛を語らいたいならご勝手にどうぞー」

「いやいや……」


 いつも通りというのもなんだけどにこにこと怖いレティシアに困惑しつつ、ふと、一番遅れて幽霊船へと降り立ったカンナに俺は目をやった。


 あちらに立つ剣の巫女(ソードダンサー)に目をやり、それから俺の方を見て、困ったように目を伏せる、黒髪の少女。


――あれかな、もう一回カンナは渡さないとかここで宣言すれば……いやいや。


 身動きがとれず硬直する俺、一層構えを鋭くする青髪の二刀使い。


 なんとも行き詰まりかけた事態を急転させたのは、しかし、どの当事者でも無かった。


 幽霊船が突然ぐらぐらと揺れる。

 地震か、大波かと辺りを見回して、甲板に突き立てた大剣を支えに次第に大きくなる揺れをやり過ごそうとした。


 ギッ、バギッ


 しかし、無情にもぼろぼろに朽ち果てていた甲板が派手な軋みの後に割れて裂ける。


「やばい、早く客船に戻らないと……!?」

「違うよユキ! あれは……!」


 レティシアが指さす先に傾いで倒れゆくメインマスト。だが、それは朽ちて倒れたのでは無く……それを押しのけるように、巨大な影が姿を現す。

 

 ぱらぱらと木屑をあたりにばらまきながら顕現したそれを、俺は喉を鳴らして見上げた。


――ENCOUNTER!!


 派手なシステムエフェクトとともに、中空にヒットポイントゲージが展開する。

 船の横幅ほどもある顎が開き、虚ろであるはずのそこから、切り裂くような咆哮が一面を打ち据える。


「レイドボス……!!」


 イベントの進行ゲージ的に、中ボスといったところか。


 ちょうど俺と剣の巫女(ソードダンサー)の間に割って入るように、幽霊船の甲板を引き裂いて現れたのは、メインマストを上回るほどの背丈の、巨大な骸骨だった。


 

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