010
「漸くクエストらしくなってきたね!」
甲板の上に広がる、先ほどまでとは別種のざわめき。
もっとバカンス気分を楽しみたいなんて不満の声は少数で、戦う気満々な人ばかりなのは流石銀剣というところか。気の早い人はもう武器を実体化させていたりもする。
……うちのカンナさんとか。
「そういうところは流石」
すっと伸ばした華奢な腕の先に、青白く煌めく不滅の刃。俺のことを見返してくる真っ直ぐなハシバミ色の瞳。さっきまでは見るだけで怒ってたくせに、とは言わないでおこう。
「……戦いになるなら恥ずかしがってもいられないですし」
「良いんじゃない」
「ユキは水着姿に剣っていうのもなかなか良いんじゃない、と言っております」
「言ってません」
「終わったら覚えておいてくださいね」
やっぱり最後には睨みつけられる羽目になるのはどうしてなんだろう。というか、今回は余計なちゃちゃを入れたネージュが悪い。後でひどい目に遭わせてやるからな、エロ同人みたいに!
水平線の上には、ようやく俺でも船らしきものと視認できるぐらいに薄ぼんやりとした影が浮かび上がりつつあった。
「帆船……かな? 例の髑髏マークとか書いてあるのかな」
「あるある! 一番大きい帆にでかでかと。船員さんもあれみて海賊だって判断したんだろうね」
自分から海賊であることを主張するのは、善良な船を襲ったりするのに不利な気もするんだけど、どうなんだろうか。
「でもなんだか、随分ボロボロの船だね」
レティシアの感想に俺は答える術もなく、ただ自分の視力の及ぶ範囲にまで相手が近づいてくるのを待つのみだ。
薄ぼんやりだった影はゆっくりと大きくなり、そのディティールを現してきた。空に高々と突き立つ黒く塗られたメインマスト。掲げられた旗は黒地に白抜きの大髑髏。見まごう事なき、イメージ通りの海賊船だ。
だが、帆の端々は破け、マストにつながる策具はあちらこちらで破断して、海風に蛇のようにのた打ち回り、確かにレティシアの言う通り難破船か何かという趣があった。
もちろん、難破船では有りえない。帆はしっかりと風を捉え、舳先はまっすぐ突き刺すようにこちらの航路を指向している。蹴立てる波は高く、人を大勢載せて船足の重い客船では、回避するというのは不可能だろう。
「大砲とかないんですかね、こちらも、あちらも」
「戦争でも火器とかないからなー、こっちの世界にはないんじゃないかな」
そんなどうにも緊張感の無い会話を交わしているうちに、舷側を見せて並走するまでになる相手。
「飛び道具が無いなら、もう一番原始的な戦いになるしかないよね」
衝突が近いことを予感して、俺は愛剣を実体化させた。武器を手に取ると、やはり頭の回路が切り替わるような気がする。
深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「矢なら届くかも」
そうネージュが弓を構えかけたその時、相手の舷側に煌めいた金属の光に、俺は声を張り上げた。
「伏せて!」
反応の遅れたネージュの肩を掴んで無理やり伏せさせる。鋭い風切り音とともに、短めの矢が頭上をかすめていく。樽の後ろに身を隠したレティシアが首を傾げる。
「石弓兵かなぁ」
「活躍したのはガレー船の時代だっていうけどね。予備射撃があることぐらい予測できたのに、油断したなぁっと!」
間断なく降り注ぐ矢の何本かを剣で打ち払う。周りの連中も似たようなもので、先手を取られて床に伏せるばかりだ。
衝撃が船を襲う。接舷されたと思うのもつかの間、鉤爪付きの板の橋が食い込む耳障りな音が響く。鬨の声は無い。矢の雨が止んでようやく立ち上がった俺たちの前に、荒事にしては恐ろしいほど静かに、細い橋を伝って敵が姿を現した。
「……なるほど夏らしくていいじゃない」
「ひぇっ……!」
ああ、そういえばカンナさんはこういうの苦手だったなと思いだす。
乗り移ってきたのは、海賊は海賊にしても、既にその肉は朽ち果ててむき出しの白い骨を晒す、骸骨の群れだった。
虚ろな眼窩の奥には青い鬼火が燃え立ち、声を発するべき喉はもう無く……それでもその体からはおどろおどろしい殺気ばかりが立ち上る。
「カ、カンナ……?」
レティシアがカンナに控えめにしがみつかれて、困惑した声を上げた。委員長殿はこの子がホラー嫌いなのご存じなかったでしたっけ。
まぁ骸骨の海賊なんて、ホラーというよりは冒険物のアトラクションな気がしないでもないのだけど、苦手なものは苦手なんだろう。
「夏の海に幽霊海賊船、良いじゃねぇか、盛り上がってきたな」
「先手必勝と参りますかっと! カンナは無理しちゃだめだからね?」
「だ、大丈夫ですよ!」
相変わらず意地を張る黒髪の剣士殿を横目に、俺は大剣を脇に構えて右足を大きく踏み出した。
なんだか剣を振るうのさえ結構久々な気もする。一つの戦場を動かして勝利する達成感も良いものだけど、愛剣を操る爽快感はやっぱりいいなぁって。
「死神の鎌!」
光り輝く清冽の剣のスキルエフェクトに推されるように、俺は骸骨どものど真ん中へと躍り込んだ。
前衛と思しき骸骨海賊は所詮雑魚の類だ。死神の鎌が直撃した数体はばらばらと崩れ落ち、砂塵の如く風に吹かれて消えていく。
敵の数は多く、すぐに俺の周りを骸骨どもがまた幾重にも取り巻く。
右に振り切られた大剣を頭上にもたげて、俺は続けざまに強撃を繰り出した。
スキルをつなげて、目の前を塞ぐ髑髏を片っ端から粉砕していく。だが、何度斬り砕いても、その度に新しい海賊戦士が、その穴を埋めるようにせり出してくる。
スキルレパートリーを使い果たして行動が途切れた瞬間に、周りから一斉にカトラスを突きだされてたたらを踏んだ。
「とっとっ……!?」
「燃え立て! 炎!!」
追撃を浴びせられる寸前、しかし、火柱が何本も吹き上がり、死にぞこない共を火葬にかける。
取り巻く壁の一角が崩され、レティシア達が小走りに駆け寄ってくる。
「もうユキはこういう時はほんと後先考えないんだから」
「たまにはひどい目にあった方が反省するんじゃないですか」
「いやー、すみません……ところでカンナは骸骨に囲まれて平気」
「黙ってください」
とりあえず仲間たちと合流したものの、さて。
「これ、ひたすら倒すしかないのかなぁ」
「どうだろうな。どんだけ骨を積み込んできたんだかあの海賊船」
辺りをうかがってみても、どこもかしこも乱戦状態。少し相手が数を減らしたと思うのも束の間、すぐに海賊船から新しい連中が乗り込んでくる。
板の細い橋を揺らして骸骨の群れなだれ込んでくる景色に、俺は軽く顎をなでて、唇の端を釣り上げてみせた、
「……入り口をふさげばまだマシになるかな?」