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009

「……聞いてない。こんなイベントだなんて」

「……私も聞いてません」


 メルドバルドの大桟橋には、大型の帆船が横付けされていた。

 既に大勢集まっていた他のイベント参加者に続いて俺達も乗り込み、間も無く帆船は出航した。


 通常の定期便移動は視界がブラックアウトする一瞬の間に、行き先の港に入港するところまでワープする仕様なのだけど、今回は船上の時間もイベントの一部らしい。晴れ渡った南洋の空の下、船は波をかき分け大海原のまっただ中だ。


 広い甲板と強い陽射しにテンションを上げた人達が騒ぎ回る中、しかし、俺とカンナさんは今ひとつ落ち着かなく隅っこに縮こまっていた。もっとも同じ隅に逃げ込みながら、背中を向け合って一定の距離を保っているあたり、相変わらずの俺とカンナさんなんですけど……。


「何2人とも恥ずかしがってるのー、まぁカンナはわかるけれど、ユキはらしくない。可愛い自分が大好きなんじゃなかったの?」

「なんかそう改めて言われると忸怩たる思いを感じるけど、露出が多すぎるのは流石にはばかると言いますか……」


 太陽を背にこちらを覗き込んでくるレティシア。惜しげ無く晒された柔らかい線を描く肩の上を、銀の髪が流れ落ちる。ラベンダーカラーのパレオが陽光に翻り……俺達が縮こまっている理由がそこにあった。


 ……このイベント、ロサディアールへのリゾートツアーへの参加というのが導入の流れらしく、船に乗り込む時に水着への着替えを強要されたのだった。男女の区別無く、もちろん中の人の男女の区別もあるはずもなく。平等に。


 夏と言えば海! 夏と言えば水着! というのは、いつの時代もネットゲームのイベントテンプレではあるのだけれど。


 陽射しの下の、白くて柔らかそうな自分の腕。赤系の水着を選んだものの、流石にこう、扇情的に過ぎる気がしたので、上から半袖のパーカーを羽織った。それが逆に可愛いというかなんというか……はぁ、ユキちゃん可愛い。


「ユキが一番水着選びに時間かけてた癖にねー、カンナ?」

「口では言いながらユキは自分の格好に悦に入ってると思いますよ。私は違いますからね。その……普通に恥ずかしいだけで……」


 カンナさんには本当、すっかり見透かされている感じがして、怯えた視線を背中越しにやった。しかし、目が合った瞬間に強烈ににらみ返されて、慌てて目を背ける。


 黒髪の同級生は、なるべく布地の多い水着を選んだみたいだった。ネージュによれば、タンキニというらしい、タンクトップとショートスカートを組み合わせたような白地に控えめな花柄をあしらった水着は、見た目だけは穏やかな印象のカンナに良く似合っていた。

 

 ちなみにジークは、迷彩柄の短パン一丁で相変わらず蛮族感丸出し。ネージュはスポーツタイプというのか、競泳にでも向いてそうなのを選んだのは流石陸上部出身というべきなのか。


 まぁそれにしても陽射しに照らしあげられた甲板の上は女の子が多くて、目の保養にはとても良い感じだった。


「なんだかんだ言いながら口元がにやけていますよ、兄様」


 じと目のネージュに、こほんと咳払いを返す。


「わかってるよ、大半の中身はおっさんだもんね」

「そういう話でも無いんだけどな……」

「そうだよ、中身ちゃんと女の子な子が居るのにね」


 海風に翻る銀の髪を抑えながらレティシアはそんなことを言って、俺はなんとも答え難く、ただ顔が微妙に熱を持つのを抑えることはできなかった。

 クラスで一番の美少女委員長殿の水着姿。ユキよりも色素が薄い真っ白な肌、すらりとした手足。華奢な首筋からその、それなりにボリューム感のある胸元まで。そんなのドキドキしないはずがないのに。

 でも、そんな感想を素直に言うのもなんというか。


「うん……良いと思うけど」

「夕方のショッピングと感想変わってないんだけどなー」


 呆れと苦笑の合いの子みたいな顔をされたって、どうしようもない。


「と、というかレティシアはこういうイベント、レギオンのみんなと行かなくていいの?」


 目をそらしながら、そんなことを問いかける。

 俺もマスターをやっていた時には時折イベントツアーとか企画したりしたものだった。本当、昔の俺は何故あんなに社交的だったのだろうか……。

 大手レギオンの現役マスター殿は、ちょっと不満そうに唇をとがらせて見せた。


「色んな事務作業片づけてて忙しかったらね、みんなはみんなで予定立てて他の日や時間帯で行くってなっててねー」

「うちのマスターの不機嫌ぷりっていったらなかったぞ」

「ジークは余計なこと言わなくて良いんだよ?」

「おお怖い怖い」


 船べりに身を乗り出して海を眺めながら、降参とばかりに万歳のポーズをとって見せるジーク。


「そのまま海に突き落としてあげようかな?」

「やめてくれよ、デッド扱いならいいけどこんな大海原を漂流とか目も当てられないぜ」


 本当に、見渡す限り陸は無く、このグラディウス・アルジェンティウスの世界も丸いのだということが見て取れる水平線が果てしなく続く風景。

 俺も立ち上がってジークの横に並んで、船べりにもたれかかる。


「ゲームの中の海は良いねー、潮風でべたつかないし、汚れないし、日焼けで痛くもならないし」

「台無しなこと言うなよ」


 呆れて肩をすくめるジークを見上げて、水平線に視線を戻す。


「ほんと、良い景色ー。イルカとか居たりしないのかな?」


 横に顔を突き出したのは、船に乗る前からテンション上がりっぱなしのネージュだった。いつも通りのトレードマークのポニーテールに、あらわになったうなじが眩しい。


「どうだろうなぁ、鮫型のモンスターならいるかもしれねぇけど」

「もうジークさんもロマンが無い」

「そういえば、このクエストって結局どんなクエストなんだろ? ダンジョン攻略型なのかな、それともモンスター討伐型?」

「まだあんまり情報出ていないみたいなんだよね。イントロダクションも、たまには戦争に疲れた体を休めにバカンスに旅立つことになったあなたたちは……みたいなところで終わってるし。もしかしたら水着姿でひたすら遊びほうけるクエストなのかも」

「なんじゃそりゃ」


 至極普通にそんなことを言う愚妹に胡乱な眼差しを返す。


「私はいい加減普通の格好が良いんですけど……」


 ぼそぼそと呟くカンナさんは、未だに日影に縮こまって両肩を抱いていた。

 そうやってると逆にこう水着の間から覗く鎖骨とかが大変扇情的というかなんというかですね……。


「カンナさん、ユキがさっきからちらちらそっちを盗み見てますよー」

「いやちょっと、そりゃ声がしたらそっちの方見るでしょ普通!」

 

 そう言いながらもついついまたちらちらと伺ってしまった、頬を赤くして、でも眼差しは殺気をはらんでこちらを睨み付けてくるカンナさん。


「わ、わかったよ見ないからごめんって!」


 視界を青い空と海の上に固定する。

 

「もう、ユキちゃんのへたれ……」


 そんなこと言われましても、あのまま見続けたら視線で呪い殺されかねないんで……。

 

 レティシアも揃って、海の向こうをぼんやりと眺める4人。まぁ、ネージュのたわごとではないけれど、こうしているだけでも、戦争のことに囚われきった頭がほぐれていく気はした。


 ほんと、あとスイカ割りと花火でもやれれば今年の夏はおしまいですね……まだ現実は初夏にさしかかったばかりで、家から出る気も全くないわけですけど。


「あれ、あそこに見えるのって他の船かな?」


 ネージュの声に、空の上にぼんやりと漂わせていた視線を向ける。


「どれ?」

「あそこあそこ」


 手でひさしをつくってみても、眉根をひそめてみても、何も見えず。四苦八苦する俺に、レティシアがくすくすと笑った。


「ネージュは弓使いだけあって目が良いからね。ユキに見えるようになるにはもう少しかかるんじゃない? ちなみに私は遠見の魔法でよく見えてるけど」

「これだから魔法使いは汚い……」


 そんなぼやきながらもう少しを待つ俺に、しかし、事態の急転を知らせたのは、上からの声だった。


「おい、海賊船だ! お客さん達戦慣れしてるんだろ!? 悪いが手伝ってくれ!」


 それは檣楼に立ったNPCの船員さんの叫び。


「……なるほど、そういうイベントで来ますか」


 顔を見合わせてにやりと笑い合う。

 血なまぐさいグラディウス・アルジェンティウスの世界のイベントだ。バケーションも戦いの一つも経ないことには、やはり、始まらないらしい。 



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