006
「今日の兄様のご予定はー?」
「銀剣やる」
「そんなこと言わなくてもわかってるよ、その銀剣での予定を聞いてるの」
ちゃんと質問に答えたはずなのに、雪乃から非難がましい視線を向けられて、俺は肩をすくめた。おかしい、雪乃だって最近は銀剣ばっかりのはずなのに。四埜宮家は俺達の代でだめかもしれないね。
「また作戦会議?」
「いや、今日は色々あって……息抜きクエストだってさ」
夕食も終わって、俺の部屋でのことだ。最近雪乃が以前にも増して俺の部屋にずかずかと入り込んでくるようになり、兄としてはプライバシーが侵害されること甚だしい。睨み付けてみても、妹はけろりとしたもので、図太さって生きて行くにあたって大事なのだなぁと思い知らせること頻りである。どこかにユキちゃんみたいに繊細で可愛い女の子居ないものですかね。
「クエスト! いいなー」
「心配しなくても雪乃にもお誘いかかってるよ。栂坂さんからは『四埜宮くんは来なくてもいいですけど、雪乃ちゃんにはちゃんと声をかけてくださいね』って言われたぐらい」
「……なんというか相変わらずだねぇ、兄様達は」
あんなことあったんだからなー、もうちょっと何かないのかなーと、ぶつぶつ不満そうに呟く雪乃のたわごとに聞こえないふりをしつつ、俺は仮想現実インターフェースを手に取る。
「というわけであちらでな」
「ちなみに色々って何があったの?」
「……色々は色々だよ」
目を背けて、俺はさっと仮想現実インターフェースを被った。
「あ、ちょっと兄様! もう!」
ぶーたれる妹の声が、くぐもって聞こえたが、俺は無心でベッドに寝転がり、銀剣の起動画面に集中した。
……言えるわけが無い。デートまがいに女子二人と服選びをしたあげく、ちょっと道行く他校の女の子に気を取られていたら、なんだか藤宮さんがとってもおかんむりだったなんて。
でも、本当にこっちの方を見ていた気がしたんだけどなぁ……あれはどこの学校の制服だったっけ。
「兄様! 人の話を聞きなさい!」
「ぐふぅぉおっ!?」
うーんと首を捻りながら、銀剣のロード完了を待っていると、突如腹部に重い衝撃を受けて俺は目を白黒させた。
「お前殺す気か!」
仕方なく銀剣の世界への道行きから逆戻り。現実の視界には、俺の軟弱な腹の上にボディープレスをしかけたクソ妹の姿。
「兄様が人の質問に答えないからー」
「ちょっと、死んじゃう。ほんとにやめて」
むくれ顔で雪乃がじたばたするたび、夕飯の中身が喉の方にせりあがってくる。
しょうがないなぁ、と、上半身のばねだけで俺の上から飛びのくあたりさすが元陸上部だけど、その反作用でとどめを刺されかけたことだけはここに明記しておきたい。
「で、何があったの?」
「う、うぐ……じゃ、あっちでな」
「……兄様のいかがわしい本コレクションの写真を佳奈さんにこっそり送っておいてもいいんだけどなー」
「ちょっと待って」
「黒髪文学少女特集、とかいい感じじゃないかなー」
にやっと唇の端をもたげる愚妹にさぁっと血の気が引く。
――へぇ……四埜宮くんはこういうのが良いんですね。気持ち悪い。
いつも通り床に引きずり倒された俺を栂坂さんはごみでも見るような目で見下ろして、厚手の黒タイツで包まれた足で……。
いや違うそうじゃなくて。
何かと潔癖そうな栂坂さんのことだ。そんなことしたら一週間ぐらいは口を聞いて貰えないんではないか。
「わかった、話す。洗いざらい話すから。つか何人の部屋勝手にあさってるの殺すぞ」
「隠すところもうちょっと工夫した方がいいよ兄様。母様も知ってるからね」
もうやだこの妹。金貯めて部屋に鍵つけよう。
はぁと溜息を吐いて、俺はベッドの上に身を起こした。
「今日の放課後、息抜きにって誘われて裕真、藤宮さん、栂坂さんでちょっと街にでかけたんだよね……」
「兄様が女の子とデートなんて……成長したなぁ」
どれだけ俺のこと馬鹿にすれば気が済むんだろう。確かに俺は思春期を迎えてからこの方、ゲームの中以外で女の子とは全く無縁だったのは確かだけれど……だけど、それを言ったら雪乃だってなぁ。
「デートじゃ無くて単なる息抜きだけどな……そんでさ、ショッピングモールの方行ったんだけど、そこでなんか俺の方をやたらと見てくる他の高校の女子が居たんだよな。でちょっと気にしてたらなんか藤宮さんがお怒りで」
「デート中に他の女の子にうつつを抜かすとか兄様いきなりレベル高すぎでは」
「俺の話聞いてた? 殺すぞ?」
デートじゃ無いって言ったし、俺は何もうつつを抜かしていなかった。大体、顔を見たのも遠くから一瞬で、どんな顔立ちだったかもはっきり覚えて居ないというのに。
「それで償いに銀剣デートというわけでですな、なるほどぉ」
うんうんとしたり顔で大げさに頷いてみせる愚妹に思い切り冷たい視線を浴びせかける。なんなんだろうね、雪乃は。なんでも恋愛方向にもっていきたがる思春期女子脳という奴だろうか。
雪乃はまず兄の心配をする前に自分の相手を見つけてきなさい。でも、ろくでもない奴だったら父さん許しませんからね。まず銀剣で俺とまともに勝負できるぐらいの腕前が無くては困る。
「納得したならもういいな。ログインするぞ」
無駄な疲労感を抱えながら、インターフェースを手に取り直した俺に、流石に今度は雪乃も素直に頷いてみせた。
「了解! 私もすぐ行くから置いてかないでね!」