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003

 放課後に街に繰り出すなんて、なんてリア充。

 

 ……なんて。

 校門を出たところで所在なく佇む俺と栂坂さんに、そんなウェーイ感の欠片もあるはずもなく。二人して、目立たないように、小さくなって、校門をくぐって帰宅の途につく連中をやり過ごすばかりだった。


 同級生と一緒に放課後に遊びに行くなんて、それも女の子込みで、きっと青春極まりない絵図なんだろうなぁなんて他人事のように評価しつつ、思うにリア充というのは、そういう問題じゃ無いのだろうと思う。

 

 リア充っていうのは、たぶん、自分のことを肯定的に捉えられることで、きっと回りの世界も自分のことを肯定的に見てくれると思うことで……自分の幸せが世界にとっても幸せだと無意識に確信できることで。

 

 あるいはそもそも世界がどう思うかなんて考えないことで。


 だから、SNSとかで自分のなんでもないことを公に出来るんだろうし。


 うん、これ倫理の小論文とかに書いたら良い点とれるかな。無理だろうな。


 益体の無いことに頭を使いながら、どうにも自分と同じような精神構造をもっているんじゃないかと最近疑っている同級生のことを横目に見る。

 

 栂坂さんは、片手にぶらさげた傘を手持ちぶさたにもてあそんでいた。朝の天気予報では、にわか雨が来るかもと言っていたが、結局入道雲はそこまで膨らむことは無く、頭上には青い空。


 ……ふと、栂坂さんはその傘をきゅっと握りこむと、何やら小さく振り回し始めた。

 右脇後ろに引いたかと思うと、地面を擦るようにくるりと回し、向こう臑を守るように斜めに構える。

 その動きが気に入らないといわんばかりに眉根に皺を寄せて、体を捻って逆脇に引き込んでみせる。


 すっと小さく鋭く息を吸う、真摯な横顔に黒髪の魔法剣士が重なる。

 明らかに、片手剣の構えと剣裁きだ。


 捻りこんだ体軸の反発で、弾くように剣を撃ち出す。全力の横なぎを繰り出すには流石に自制心が働いているのか、脚の周りをくるりと回す程度の動きだったけれど、そもそも剣じゃなくて傘だったけれど。でも、視線はきっちりと高く、相対する敵を見据えて。


 ……その過程で俺とばっちり目が合った。


「……っ」


 ばっと弾かれたように傘を後ろ手に隠す栂坂さん。いや、傘は何も悪くないですよ? 傘自体はね。

 少し陽も傾いてきたし、同級生の顔が赤みがかって見えるのも、致し方ないことかと。

 

「な、なんですか……。言いたいことがあるなら言ってください……」

「……いや別に。あれだよね、サラリーマンのおっさんとかも駅のホームで傘でゴルフスイングの練習とかしてるもんね。何も悪くないと思うけど」


 だからそんな世界の終わりみたいな顔しなくても。


「う……く……じゃあ、そんな呆れたような顔しないでくださいよ」

「うん、まぁ。ほんと栂坂さん、ちょっと前までそんなことする人だとは露ほども思わなかったのになって……」


 普通の同級生として相対してきた時間に比べれば、ネットゲームを介して生まれた関係はまだまだ短いものだ。

 それなのに、この印象の変わりよう。


「私は四埜宮くんがくされ廃人だって前から薄々気付いてましたけどね!」


 張り合うようにふんと鼻を鳴らす栂坂さんには、もう苦笑いするしかなかった。


「栂坂さんは、何で詰まってるのさ。居眠りするぐらい、銀剣やりこんで」

「決めつけないでください。銀剣のやり過ぎだって」

「違うの?」

「違いません……」

 

 流石に抗弁に勢いは無く、しおらしく俯いて、黒髪の同級生はぼそぼそと呟くように応える。


「なかなか、強くなれないなって」


 そんな、嘆くでも無く、不平をのべるでもなく、ただ自分の力の至らなさにため息をもらす栂坂さんに、俺は、そうだね、と。

 

「……難しいよね、強くなるのって」


 今では大剣使いとして、それなりに戦えているけど、昔は俺もなかなか強くなりたくてなれなかった。

 栂坂さん――カンナと同じように片手剣を獲物にしていた頃、そして、まだ、レギオンマスターとして、真っ直ぐに銀剣をプレイしていた頃のことだ。


 一朝一夕で、体に染みついた動きを変えられるわけがなく、戦場で見かけた強い人の動きを真似てみても空回りするばかりで。

 本当、強くなるのって難しいと思っていた。


 だから、栂坂さんの気持ちはすごくよくわかるつもりだった。


 この戦争で、カンナは、彼女なりの目標を果たさないとならない。

 クロバールの追っ手を振り切り、あるいは打ち倒して、亡命を成功させること。


 そのためには、まだ強さが足りないと、そう思っているんだろう。


 ……まぁ、でも、現実で剣裁きの練習、それも自室とかじゃ無くて公道でやるようになったらそれはもう末期だと思いますけどね!


「……同意するようなこと言いながら、馬鹿にしてますよね、やっぱり」

「いや? そんなことないけど」

「だって、なんか顔が。こう、やけに上からと言うか、俺はわかってるみたいな顔して……」


 それはね、きっと俺も昔やったことあるからだと思うの……。

 やだなぁ、こんな似たもの同士。


「何校門の前でじゃれあってるのかなー、ずるいぞ」


 なんとなく空を仰ぎかけた、そこに後ろから投げかけられた声。

 

 何か帰る前に千早センセに報告することがあったらしい藤宮さんが小さく手を振る。裕真も一緒だ。


「お待たせしてごめんね」

「別に、今来たばっかだし」

「何待ち合わせの定型文みたいな返ししてるんですか……」


 栂坂さんの呆れたような突っ込みは聞こえないことにした。


「とりあえず商店街かなー。特に決めずにぶらぶらっていうのも楽しいよね」


 そんなことを言ってにっこりと微笑む藤宮さんに、俺は栂坂さんの顔を見て、それから裕真に視線を送って……ため息をついた。


 そういう経験があまり無いので、楽しいかどうかの判断も正直あまりつかないんです。


「お任せします」


 そんな甲斐性の無いことぐらいしか、言えないのだった。 

 

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