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ネットゲームで対戦相手を煽ったら、何故か同級生の女の子に踏みつけられている  作者: 紫花
同級生に踏みつけられたことってありますか?
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009

「ちょ、ちょっと待って、ね。話せばわかる! 話せばわかるから!」


 ……こうなるってわかってはいたんだ。

 あんなことしちゃだめだって、わかってはいたんだ。

 だけど、やったときのドキドキというか高揚感というか、自分じゃ無い自分になってる感じが、つい……歯止めが効かなくて。


「ねぇ、四埜宮くんは馬鹿なんですか? 馬鹿なんですよね。昨日私がなんて言ったか覚えてますよねぇっ……!?」


 ……翌朝、俺はまたも旧校舎の教室に追い詰められていた。

 段ボール箱が片付いて大分スッキリした教室だったが、逃げ場は無く。黒板の前まで追いこまれて、さらに後ずさろうとしたところを、襟元を捕まえられる。

 そして足払い。


 なんだか時間遡行でもしたようなデジャヴを覚えながら、俺はほこりっぽい床に背中から落下した。


 

 満足な戦いを繰り広げて、ぐっすり眠ることが出来た俺は、爽やかに登校し、クラスに入った瞬間立ち上がった栂坂さんを認識して、速攻逃げ出した。


 そう、こうなることは十二分に予想が出来た。予想は出来たのだけど、あそこで踏まないという選択肢を選ぶことなんて出来ようか。

 またあわよくば座られて太ももを押しつけられたかったとかそういう不純な動機では決して無く。煽っていくのがユキさんのスタイルなのだ。そう、生き様という奴。

 今日を全力で生きる。明日は明日の風が吹く。


 で、明日の風が吹いた結果がこれというわけだ。風というか暴風も良いところだ。



 床に伸びた格好の俺に、栂坂さんは先日の恥じらいなんて完全に忘れたように、馬乗りになってくる。きりきりと逆立てられた眉はより鋭角で、つり上げられた口角は笑みの形というよりは、般若とかそういうものを思わせた。折角の可愛い顔が台無しだよ、なんて台詞を吐ける度胸は俺に有ろうはずも無い。


「次踏んだら許さないって言ったはずですけど。忘れっぽいんですか? 三歩歩くと忘れる鶏なんですか?」

「いやぁ……こうなんというか人間、衝動には抗えないって言うかなんていうか……」

「四埜宮くんは本能的に屑タイプだってことで良いんでしょうか」

「そういうわけじゃないと思うけど……ほら、こう『年貢の納め時ですね』なんて決め台詞を言われた後に返り討ちに成功しちゃうと、嬉しくて嬉しくてぐえええっ!」


 襟元を締め上げ荒れて悲鳴を上げた。いや、その全く煽るつもりとか無くて、単にユキさんの心情を淡々と述べただけなんだけど、もしかして俺って性格悪いんだろうか。

 栂坂さんの顔はもう怒りやら羞恥やら色んな感情が入り交じって真っ赤だった。あ、その涙目たまらんです……なんて言ったら今度こそ本当に命を失うことになりそう。

 代わりに俺は、


「そういえば魔法剣付与で剣に口づけするのってスキル発動条件じゃ無いと思ったけど、あれって演出?」

「うるさい黙って死んでください」


 たまらんです。罵られるのがじゃなくてね。


「もう最低ですっ……! 大体なんなんですかあんな可愛らしい女キャラ使って。キャラメイクに何時間かけたんですか? ゲスでネカマのヘンタイさんなんてほんと気持ち悪いですね」

「そ、そういう個人攻撃は良くないと思うんだけど……」

「自分の体使ってどんないかがわしいことしたんですか?」

「し、してないからね!」


 何この言葉責め大会。

 だけど、そういうことをしていないのは本当だ。してないというか、銀剣の賢明なる開発者の方々は、衣装のパージで下着まではパージできないようにちゃんと作り込んでいる。下着姿をじっくり眺めたことが無いかというと……装備を変える時に下着姿になってしまうのは不可抗力だから仕方ないのだ。うん、仕方ない。銀剣は青少年向けの健全なゲームなのである。


 それなのに栂坂さんが俺を見る目は、完全に性犯罪者を見るものだった。冤罪ですよ……。


「もう現実でも女の子の格好でもすればいいんじゃないでしょうか。似合うと思いますよ」

「ゲームとリアルの区別はつけた方が良いとおもうんだよね……」


 そう、ゲームで踏んだらゲームで踏み返すべきであって、リアルで踏み返すなんてほんと、良くないと思う。


「でも、栂坂さん強かったし、もうちょっとでほら、ゲームの中で踏めるようにきっとなるよ」


 いい加減こんなことをしていても埒があかなそうなので、なんとか許して貰おうと下手にでる。おだててなだめて作戦だ。


「私は絶対対戦相手踏んだりとかそういうことはしませんからね」


 リアルで踏むのは良いんですかね。


「そもそもなんで四埜宮くんは対戦相手を煽ったりするんですか。この前も聞いた気がしますけど」

「え? うーん……こう狙われたりするといらっとするじゃないですか」

「……まぁしますけど」

「いらっとしたら、相手におわかりいただかないといけないですよね。狙い返したりしますよね」

「……まぁしますね」

「倒すだけだとわかっていただけないかもしれないので、こうガシっとぐぇ」


 ガシっと踏まれた。


「それが良くないって言ってるんです。戦って倒し倒されしたら……あとは、良い戦いだったねでお互いを尊重してでいいじゃないですか。別に相手が憎くて戦争してるわけじゃないでしょうし」

「相手が憎くて……ね」


 栂坂さんの言葉が、また心のどこかをなでさすっていく。

 俺だって、銀剣を始めた頃はそんな風にも思っていた。

 俺だって……ちょっと前までは違う戦い方をしていた。違う風に銀剣を遊んでいたけど。


――それじゃあね、ばいばい。


 だけど……まだ、上手く言葉に出来ない。

 ただ、栂坂さんにはなんとなく、ただ、そんな、単純じゃ無いっていうことを、伝えたくて。


「案外みんな、憎いとか嫌いとかそういう風にゲームやってるもんだよ、リアルとそんな変わんないさ。そんな風に潔癖なこと言ってると、そのうち正義に足をとられるよ」


 そんな柄にも無く流れも読まないことを言った俺を、栂坂さんは奇妙なものでも見るように、見下ろした。


「正義……ですか」


 少し考え込む栂坂さん。

 どこかで蝉が鳴き始めている。今日も今日とて快晴でもうじっとりと、窓からの陽射しに汗が滲んでくる。


「って、ちょっと良いこと風なこと言ってごまかさないでください。踏むのが良くないってのは変わりませんからね」


「まぁそうですよね……」


 抗言を諦めた俺の態度に、綺麗な黒髪のクラスメイトはため息を漏らす。栂坂さんはゲームの中のキャラクターとよく似ていた。やっぱり自分に似せて作ったのかな、なんて思う。それを直接訊くことはなんとなく地雷っぽかったので、やめておくけれど。


 特につなげる言葉も無くなると、やはり元々大して親しくも無い二人、流れる空気は微妙になる。


 改めて自分の体勢を思い出したのか、栂坂さんは息を呑んで、弾かれたように立ち上がった。


「……名残惜しそうな顔しないでくれます? ヘンタイさん」

「し、してないと思うんだけどな……」


 自分でも若干自信が持てなかった。ほんと太ももフェチとかになってしまったらどうしよう……。


「とにかく、私は踏んだりとか座ったりとか、そういうの絶対認めないですから」

「うん……まぁ、それはそれぞれのプレイスタイルだろうからね」


 煮え切らない言葉を返す俺に、栂坂さんは唇を引き結んで、


「……次は負けないです」


 そう、歩み去って行く。


――次は負けない。


 ちょっと笑みがこぼれてしまう。好きな言葉だった。

 だけど、そんな言葉を返してくるってことは、また戦場で会うことになるっていうことなんだろう。

 ……また踏んだら、リアルで踏まれるんだろうか。

 そう思うとげんなりする。


 どうも妙なことになったものだと思う。学校生活なんて適当にやり過ごしながら、銀剣を楽しんでいければ良いとそんな風に思っていたけれど。

 これから一体何がどうなっていうのか、全く予想が出来ずに、俺はほこりっぽい床に座り込んだまま、ぼりぼりと後頭部を掻いた。 

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